60:間話
【side:フィリベール・ド・ブロイ・アザール】
「ヴィヴィアンヌが死んだ」
という知らせに対して
「嘘だ」
と思った。
俺は、ヴィヴィアンヌの婚約者がパスカルからカークランド公爵令息へと変更になって以降ヴィヴィアンヌを避けていた。
パスカルが婚約者だった時のヴィヴィアンヌは
「婚約者が心底から嫌いだ」
と全身全霊で表明していたが…
婚約者が代わってからは
「婚約者を大事にしたい」
と、これまたあからさまだった。
ヴィヴィアンヌの新しい婚約者は身体も大きく顔立ちも大人びていて、とても十五、六歳の少年には見えなかった。
(バルシュミーデ人だな…)
と、誰が見ても判る生粋のバルシュミーデ人貴公子。
(仲が良さそうだ。余り見ていたくはないな…)
と思った。
一方で
「大事にされている。これでヴィヴィアンヌの今後は安心だな」
とも思った。
俺は自分の失恋よりもヴィヴィアンヌの幸福を願ってしまうくらい、いつの間にか本当にヴィヴィアンヌに惚れていたらしい。
カークランド公爵令息。クリストフ・クラルヴァイン。
バルシュミーデ皇国のクラルヴァイン公爵家の次男。
血筋的にも経歴的にも全く傷がない。
将来有望な優良物件。
ヴィヴィアンヌに相応しい。
ヴィヴィアンヌに丁寧に接していた。
ヴィヴィアンヌに好意的だった。
なので
(アイツがヴィヴィアンヌを護ってくれるだろう…)
と思っていたのに…
「ヴィヴィアンヌ嬢が湖で行方不明となられ、『死亡した』と見られています」
と報告を受けて、気が遠くなった。
どうやら凍った湖でスケートを楽しんでいたらしい。
その時に襲撃に遭い、不自然にヴィヴィアンヌの足元だけ氷が割れて、ヴィヴィアンヌが湖へ落ちた。
護衛の傭兵が続いて飛び込み、ヴィヴィアンヌの後を追うと
「目も前で消えた」
そうだ。
「転移魔法が使われたかのように」
それで
「転移魔法は生き物を生きたまま転移させる事はできない」
という常識に照らし合わせ
「ヴィヴィアンヌ嬢は死んだ」
という報告になった。
俺は当然
「…ヴィヴィアンヌの周囲にいたのも、傭兵ですらもバルシュミーデ系ランドル人。つまりバルシュミーデ人だろう?
元々、連中はヴィヴィアンヌを始末する気だったのか?或いは死んだと見せかけて安全を確保してやるつもりなのか?」
と疑った。
しかし
「クリストフ・クラルヴァインが傭兵を湖から引き上げた後、自ら湖の中へ入り、ヴィヴィアンヌを探した挙句、死にかけた」
と聞いた時点で
「…本当に、ヴィヴィアンヌは死んだのだな…」
と理解させられたのだった…。
忙しい時期だった。
バルシュミーデ皇国の皇女達がアザール王国入りし、影達も警備体制の見直しで慌ただしい日々を送っていて、俺自身も王都内の革命派に関する情報を収集するべく動き回っていた。
「何もする事がない状態でショックを受けていたら、何もする気が出ない状態になって二度と立ち上がれなくなっていたかも知れない」
と思うので…
忙しくて、心が麻痺した状態が続いてくれて良かったのかも知れない。
カークランド公爵令息のクリストフ・クラルヴァインは翌日には意識を取り戻したが、再び湖に飛び込もうとしたので、取り押さえられている。
その後目覚めた傭兵の証言でヴィヴィアンヌの死が確定すると、そのまま引きずるようにランドル王国まで連れて行かれた。
学院もアザール王国の学院からランドル王国の学院へ移籍されたそうだ。
もうアザール王国にはいない。
「ヴィヴィアンヌ嬢の遺体の捜索はプロに任せるべきだ」
と説き伏せられ
「温かい時期になったら、またアザール王国に戻ってきて湖を浚って必ず遺体を見つける」
という一心で大人しくしているのだとか…。
(気持ちは分かる…)
遺髪の一房すらも無いなど…
考えれば考えるほど発狂したくなるレベルで心が荒れる。
革命派の悪質なメンバーを闇討ちで暗殺する事で憂さ晴らししていた面もあったかも知れない。
それでも俺は暴れる事もなく淡々と日々を過ごせていた。
そして1ヶ月が過ぎた。
【隠者のマント】を愛用するようになってから、人の気配には敏感になった。
時折
「誰かが見ているのか?」
と視線を感じる。
(そう言えば、人は死後すぐに天へ還るのではなく、地上に数十日留まり残された人達の様子を見守るという言い伝えがあったな…ヴィヴィアンヌも俺を気にして見守ろうとしてくれるのだろうか)
そんな事を考えているとーー
隠し部屋に人の気配が近づいてきた。
不審者だ。
(…ヴィヴィアンヌ以外で隠し部屋を使う人間なんて、俺かリュカか他国の影くらいなモノだからな…)
と警戒しつつ
暗器を取り出して身構えた。
いつでも攻撃できるように
いつでも殺せるように。
それでいて
「偶然、互いに無害な人間同士が遭遇した」
かのように見える無邪気な笑顔を浮かべてみせた…。




