55:間話
【side:ジョシュア・ホリングワース】
父は、俺とクリストフを
「面食いだ」
と評したが、それは自分でも実感した。
ヴィヴィアンヌ嬢の美しさには最初から惹かれていた…。
ただ
「身分違いも甚だしいので完全に高嶺の花だ」
とも思っていたので、彼女との縁は最初から諦めていた。
俺は自分がカークランド公爵令息だと知ってはいたものの…
名乗り出る気が無かったのだ。
父はてっきり俺を憎んでいるものと思い込んでいたのだから。
まさか父が、自分の寝首を掻こうとした妻と、その妻が産んだ子を本気で愛していただなどと…普通は思いつきもしない。
それこそがクラルヴァイン家の男の
「面食い」
「一途」
(悪く言えば「しつこい」とも言える)
という恋愛傾向によるものだと、今では理解できる。
クリストフが婚約者のヴィヴィアンヌ嬢に惚れてるのは傍目にも判ったが…
「カークランド公爵の後継者となったのだから、ヴィヴィアンヌ嬢と身分的に釣り合いが取れる」
と思った時点でーー
俺の方も諦めモードは吹き飛んでしまい
「…何とかポレットとの婚約を無かった事にできないだろうか?」
と考えるようになった。
ポレット・バレーヌ…。
辺境伯の娘とは言え、側室の娘だ。
正妻の娘も同じ歳だし、長女という訳でもないのに…
何故か辺境伯はポレットを後継者に決めてしまい、ポレットの言いなりに、俺をポレットの婚約者に指名した。
色々とおかしな話だ。
ポレットは
「正妻の娘である異母姉に虐げられている」
と話しているらしいが…
オデットは大人しい令嬢で、そんな事をするようには見えなかった。
婚約者の地位を辞退してくれたのは嬉しいが、正直、何が何だか分からない。
「誣告は貴族社会で溢れかえっていて、何が真実なのか、最早分からなくなっているのだ」
というのは、クリストフの感想だ。
「厄介なのは自白剤も嘘発見機も無い社会空間で、更に精神干渉魔法まで使われている場合だ」
とクリストフに言われ
「大衆向けに特定の貴族が悪人だと名指しされ、一旦、それが鵜呑みにされてしまうと、汚名返上は難しいという事だな?」
と問うと
「そうだ」
とクリストフが頷いた。
おそらく、ヴィヴィアンヌ嬢を狙った誣告犯を捉えて、民衆の前で
「ヴィヴィアンヌ嬢を陥れるために嘘を広めました」
と真実を言わせても、信じる者は少ない。
それならーー
「悪者を作り出すのは、どうだろうか?」
と俺は提案した。
「『解毒』『浄化』を使える聖女の如き令嬢を他国へ流出させるのを惜しいと思った者達が、他国への人材流出を防ぐため、有能な人材に敢えて悪辣な濡れ衣を着せて処分しておこうとした」
という背景があった事にして、適当な悪役をでっち上げるのである。
噂には別の噂をぶつけてやろう
と言う訳である。
影として紹介されたブリアックとダヴィドは傭兵ギルドに所属していて、休日は傭兵ギルドで依頼を受けて小遣い稼ぎをしている。
傭兵ギルドは公式のギルドなので闇ギルド(非公式ギルド)とは一見関わりがないが…
毒や新型武器の調達は闇ギルドへ依頼しているという事もあり、闇ギルドとのツテはある。
闇ギルドには「何でも屋」のようなモノもあるので意図的に何らかの噂話を広める場合に利用される。
ブリアックに
「そういう噂を広める依頼は可能か?」
と尋ねると
「可能です。妨害が入る可能性もありますが、噂を流す事自体は手軽に依頼できます」
との事だった。
(「影」という連中はアングラでのツテが広いんだろうな…)
ダヴィドの方は
「ヴィヴィアンヌ嬢の護衛はいかがしましょうか?」
と尋ねてきたので
クリストフがすかさず
「頼む」
と言った。
傭兵職は冒険者と違い対人戦闘に特化している。
護衛も尾行もお手のものの筈だ。
俺達がヴィヴィアンヌ嬢に付き纏うよりも確実に彼女の身の安全を確保できる。
そう思い、俺も
「宜しく頼む」
とダヴィドに頭を下げた。
「ヴィヴィアンヌ嬢はおそらく気配隠蔽魔法を使えます。なので普通の人間が相手なら独り歩きの際の襲撃の心配は全く心配は要りません。
ですが稀に気配隠蔽や認識阻害が効かない人間もいて、そういう人間は大抵、冒険者としても傭兵としても一流です。
ヴィヴィアンヌ嬢の尾行・護衛は私と一流の傭兵とで引き受けさせてもらいます。
私はヴィヴィアンヌ嬢に気付かれる前提のデコイですね。本命の護衛は気配隠蔽されても認識阻害で姿を隠しても見失わずに彼女を護衛し続けるので、御安心ください」
そう言われて安心していた。
その後の報告は驚くべきものだったが…。
「ヴィヴィアンヌ嬢は夜中に女子寮を抜け出して、王都内を徘徊している」
「王都内のアチコチに隠されている呪物を探し回り、解呪している」
「解呪された後、その区画では病気や犯罪が急に減った」
などと言われて
俺もクリストフも
「「はぁぁっ?!」」
と驚愕した。
ヴィヴィアンヌ嬢は楚々とした見かけにそぐわずアグレッシブで有能だ。
襲撃される程の、面識のない庶民からの憎悪。
その原因の根本を彼女が
「呪物の影響だ」
と見做しているらしいのは、彼女の行動から明らかだ。
俺とクリストフは当然
「「彼女を窮地から救うのは彼女自身、という事になるのではないか?」」
と思い、父の元へ出向き、婚約者選びの件でのお願いを変更させてもらった。
一旦、彼女とクリストフとの婚約を白紙に戻し、俺とクリストフの双方が求婚。
彼女自身に選んでもらう、という事にしていただいた。
計画としてはーー
長期休暇の間、俺もクリストフもヴィヴィアンヌ嬢もランドル王国のカークランド公爵邸で過ごす。
その間に
「婚約の白紙」
「自分の意志で選んで欲しい」
と伝える。
約1ヶ月半の長期休暇の間、検討してもらい、俺かクリストフか選んでもらう。
選ばれなかった者は潔く身を引く。
といったものだ。
父は
「やっとジョシュアと暮らせるな」
と大喜びだった。
しかしーー
長期休暇前の終業式後。
ヴィヴィアンヌ嬢が
「湖でスケートをしたい」
と言い出した事で予定が狂った。
これまで一度も我儘を言った事がなかった彼女の唯一の我儘だ。
叶えてやらない訳にはいかない。
実際、彼女は湖や森の景色をとても喜んだ。
子供時代を王城の下級使用人の居住区画で放置されて育った人だ。
広い自然の景色など初めてだったのに違いない。
無邪気にはしゃぐ姿が可愛かった。
ずっと彼女の笑顔を今後も側で見守れるのだと思っていた。
しかし、湖で再び襲撃に遭い、不自然にヴィヴィアンヌ嬢の足元だけ氷が割れた。
あっという間の出来事だった。
何が起きたのか理解できなかった。
襲撃犯を捉えて縛り上げ
「騎士団に通報してくれ!」
と、父が付けてくれた従者へ引き渡すと
すぐさまヴィヴィアンヌ嬢が落ちた氷の割れ目へと向かい覗き込んだが…
割れた氷の中から浮かび上がってきたのはダヴィドに依頼を受けていた傭兵の男だった。
ヴィヴィアンヌ嬢の後を追って、氷の割れ目に飛び込んでいたらしい。
(いつの間に飛び込んでいたんだ…)
姿さえ悟らせずにヴィヴィアンヌ嬢の後を追おうとした傭兵の有能さに少し震えがきた。
「ヴィヴィアンヌ嬢はどうしたんだ?」
と尋ねると
傭兵は急激な体温低下で意識を失う直前になっていたが…
「ヴィヴィアンヌ嬢は目の前から消えました…」
と辛うじて彼が目にした状況について報告してくれた。
「すぐに医者の元へ運べ!」
クリストフが傭兵を死なせまいと気遣い
「俺が探す!」
と叫んで、氷の割れ目に飛び込んだ。
数分後に引き上げられた時には、やはり死人のように冷え切って青ざめていた。
意識不明のまま亡くなるかと思われた傭兵だったが…
流石は一流の傭兵。
冒険者ランクに照らし合わせるとSランクに該当する男という事で、翌日には意識を取り戻してくれた。
その彼が氷の下の凍てつく冷水の中で見たものは、文字通り
「ヴィヴィアンヌ嬢が消えた」
という現象だった。
「転移魔法が使われたかのような突然の消失でした」
そうは言われても…
転移魔法など歴史的に見ても
「人間が転移できた試しがない」
のだ。
その昔の、魔道大国では(ランドル王国の前身)
「転移魔道具」
が量産されていて、当時の人達はそれを使い
「手紙のやり取り」
をしていた。
傭兵ギルドや冒険者ギルドはその
「転移魔道具」
を仕入れて各ギルド会館へ設置。
それを通じて
「書類のやり取り」
をしている。
ギルド内の事情に多少なりとも詳しい人間にとって
「転移魔道具」
は、そこまで縁遠い魔道具という訳ではない。
だからこそ
「転移魔道具で生き物を転移できない」
事は
「常識」
として広く知られている。
生き物を転移で送信すると
受信側へ
「バラバラになった肉片」
が現れる。
「生き物は転移に耐えられない」
のだ…。
不幸にも、その事実を俺もクリストフも知っていた。
ヴィヴィアンヌ嬢の消失を目の前で見た傭兵もまた知っていた。
「ヴィヴィアンヌ嬢は亡くなったと見て間違いないでしょう」
そう言われてーー
俺の脳裏には
グロテスクな肉片が思い浮かび
文字通り
「目の前が真っ暗」
になったかと思うと
そのまま気を失ったーーー




