5:間話
【sideヴィルジール・ド・ブロイ・アザール】
誰もがそうだろうが乳児期の記憶は曖昧だ。
だが俺は
「妹が生まれる前までは俺が父上の一番のお気に入りだった」
ことをボンヤリ覚えている。
ヴィルジール・ド・ブロイ・アザール。
アザール王国の第四王子。
灰褐色の髪に真紅の瞳。
俺は父王アンベールに瓜二つの顔立ちだ。
母ロズリーヌは側妃になる前から父王と愛し合っていて、二人の結婚は王族貴族には珍しい恋愛結婚だった。
(正妃が男子を2人以上産んでからしか妊娠が許されず、ずっと避妊していた)
王族相手の恋愛結婚は政略結婚と違って、浮気・裏切りが絶対に許されない結婚だ。
それなのに母が難産の末に産み落としたと言われるヴィヴィアンヌは…
父にも母にも似ておらず、極めつきはアザール人には珍しい青い瞳を持って生まれてきた。
「この赤子の醜い眼を抉りとってやりたい…」
というのが父がヴィヴィアンヌを見て発した第一声だったらしい。
父はヴィヴィアンヌの瞳の色を見て
「最愛の妻に裏切られていた」
と衝撃を受けたのだ。
そして怒りをぶつけるべき妻は出産後すぐに息を引き取っている。
怒りをぶつける先すら失くしたからか、俺は見るからに父の子だと明らかな顔立ちなのに…
父は俺に対しても距離を置くようになった。
妹が生まれて3ヶ月もしないうちに母の実家リオンヌ侯爵家は急に取ってつけたように不正が発覚。
子爵家へと降格。
俺は母の実家が後ろ盾として役に立たなくなった事を理由に王位継承権を剥奪された…。
ヴィヴィアンヌが生まれてきたせいで、俺は沢山のものを奪われた。
青い瞳の子供など
「生まれてきた事自体が罪」
なのだ。
死産で目を閉じたまま死んでいてくれたなら、誰も不幸にならなかったのに…。
何故、アレは「生まれて来る」という罪を犯したのだ、と憎悪が湧く。
今からでも「死んでくれ」と思う。
「完全犯罪で殺せないだろうか?」
と本気で思った事もある。
一年半前ーー
父王が亡くなり長兄が王位を引き継ぐと、俺の身の振り方もすぐに決められた。
嫡子が娘1人きりの貧乏伯爵家への婿入りを命じられた。
俺より2ヶ月早く生まれたフィリベールが卒業後は王位継承権を残したまま臣籍へ下り、豊かな領地と伯爵位を賜るのとは大違い。
俺だけが完全に国政から切り離されたのだ。
しかしーー
この国は十数年前から滅亡の危機にある。
王位継承権を持ったままではどんな災難が降りかかるか分からないので…
ある意味で兄王が俺と距離を置くのは
「母親が違う弟への遠慮」
も有るのかも知れない。
アザール王国はバルシュミーデ皇国とランドル王国の間に位置するのだが…
ランドル王国がバルシュミーデ皇国に侵略され実効支配されてから早十数年。
その煽りを受けて、この国でもバルシュミーデ人の移民、ランドル人の移民がやたらと増えている。
一方で、この国の影が(暗部構成員が)他国で暗躍する事が出来なくなっている。
「アザール王国の影が自国に入り込んできたら問答無用で殺して良い」
と近隣国で回覧板でも回されているかのようなアングラ面での孤立無縁。
そんな国際環境の中、この国では
「豊かな移民が増え、貧しい国民が増える」
という状況が出来上がっている。
そうした社会状況は間違いなく
(暴力を用いた露骨な侵略とは異なる)
「合法侵略が仕掛けられている場合に起こる状況」
だ。
アザール王国の国名である
「アザール」
とは
「運命」
を意味する。
しかも不吉な運命を。
アザール王家の者達は皆
「呪われているかのように」
赤い瞳で生まれてくる。
真紅の瞳。
それはルビーのように美しいが…
人間の瞳がその色だと禍々しくも感じられるものである。
アザール王国の建国神話の一節には
「アザール王家の初代国王アントワーヌ一世が緑色の瞳から赤い瞳へと変化した」
という逸話がある。
子供が聞かせられる御伽話。
緑色の瞳の魔法使いが闇属性の精霊と契約した。
それによって凡ゆる幸運を手に入れた。
それと引き換えに瞳の色が赤くなる祝福を(呪いを)得たのだという…
そんな物語の絵本がこの国には幾種類もある。
それと対になる物語では
「赤い瞳の魔法使いが呪い(祝福)から解放されて瞳の色が緑色に変わる」
話が描かれている。
緑から赤へ
赤から緑へ
瞳の色が変化するという物語。
従姉妹のシャルリーヌは母の姉の娘でシャリエール公爵令嬢なのだが…
シャルリーヌはエルフが登場する物語や不可思議な魔法や呪いの登場する物語がお気に入りだった。
なのでシャルリーヌはそうした建国神話の絵本を持ち歩いていた。
俺はヴィヴィアンヌが生まれてから父王が死ぬまで、王城内の一画に軟禁されたような状態で暮らしていたので、シャルリーヌと出会ったのは偶然だった。
俺が11歳の頃。
同じ歳の異母兄フィリベールの元に婚約者候補となる高位貴族令嬢達がお茶会で集められていた。
シャルリーヌは当時9歳。
まだ教師もつけられておらず、全くマナーも常識もなかった。
お茶会で皆からバカにされて会場を飛び出して独りグスグス泣いているのを俺が見つけた。
従姉妹だと判ると不思議と一目で親近感が湧いた。
それはシャルリーヌの方も同じだったらしく…
フィリベールのお茶会で王城に来る度に、フィリベールへの挨拶だけ済ませてさっさと俺の所へ避難しに来てくれるようになった。
シャルリーヌはお気に入りの絵本を抱えて、度々
「私の瞳の色も真紅だから、闇の精霊の呪いから解放されれば、私の瞳も緑色になるのかも知れないわ」
と言っていた。
シャルリーヌは緑が好きなのだ。
貴族令嬢らしからぬ自由な子供だったので
「天真爛漫で羨ましい」
と思っていたのだが…
どうやら父親であるシャリエール公爵から全く顧みられず、家庭教師が付けられたのは10歳を過ぎてからの事だったと、後から知った。
おかしなことにシャルリーヌは俺によく似ている。
つまり父王アンベールに似ている。
シャリエール公爵は父とは似ても似つかない顔だというのに。
しかもシャルリーヌの誕生日はヴィヴィアンヌと同じ日だ。
「本当は君が私の妹なんじゃないのか?」
と何度となく冗談混じりで言った事がある。
おそらくシャリエール公爵も内心で疑いを持っている。
シャルリーヌの顔立ちがハッキリしてきた2歳ごろに、公爵は愛人に産ませていた庶子オーレルを認知し、公爵邸へ引き込んでいる。
シャルリーヌに婿養子を迎えさせて公爵家を任せるようなつもりは全くないらしく、オーレルには5歳から後継者教育を施している。
オーレルは去年王立魔法学院高等部に入学した。シャルリーヌよりも一学年歳上だ。
夫人がシャルリーヌを産むよりも先にオーレルが産まれているので
「配偶者を裏切ったのは公爵が先だ」
と分かるのだが、公爵は夫人とシャルリーヌを疎んでいると聞く。
俺は内心で
「赤子の取り替え」
があったのではないかと疑っている…。
つまり
「シャルリーヌは従姉妹で、ヴィヴィアンヌは妹」
となっているが
「シャルリーヌが本当の妹で、ヴィヴィアンヌは従姉妹だ」
と内心で思っているのだ…。
誰かが…
(おそらくは叔母のシャリエール公爵夫人が)
同じ日に産まれた赤子を取り替えさせたのに違いないのだ。




