47
このところクリストフのご機嫌が悪かったけれど…
今朝は殊の外、いつも以上にご機嫌斜めだったようだ。
今朝のクリストフは登校して早々に
「ジョスランはいるか!」
とAクラスに乗り込んできた。
ジョスランは丁度登校してきたところで
「おはよう」
と苦笑していた。
「おはようございます。どうかなさったんですか?」
と私が訊くと
「うっ…。なんでもない。…なんでもないんだ…」
と少し涙目になってしまうので深く追及ができない。
クリストフに目を逸らされて、昨日から視線が合わない事もあり
(一体どうしたっていうの?!)
と、こっちが泣きたくなった。
「…クリストフ…。ヴィヴィアンヌ嬢が戸惑っている。ちゃんと事情を話すべきだ」
とジョスランが言うが
「…俺はヴィヴィアンヌに酷い話を冷静に聞かせてやれる自信がない」
とクリストフは首を横に振った。
「『酷い話』…?」
「気になりますね…」
と急に背後からシャルル・ラングランが出てきて思わずギョッとする。
「シャルル…」
「ヴィヴィアンヌ嬢関連の酷い噂話、と言うと…アレですか?『闇の魔女が光の聖女を潰そうとして、光属性の適性を持つ女子を王立学院内で排除している。闇の魔女を殺さなければ、この国に未来はない』とかってヤツ」
シャルルがそう言うと
「…その話、誰から聞いた?」
とクリストフが低い声で唸るように尋ねた。
「…公共掲示板に不審な張り紙が為されるのは昔からある事なので、そんな張り紙に書かれた与太話を普通は誰も信じませんが…。
その手の昔話風の勧善懲悪を好む層も一定数居るらしくてですね、ラングラン公爵家の影が仕入れてきた『市井で何者かによって拡散されている噂話』を報告書で読んで知りました」
「この国に公共掲示板なんてあったんですね…」
「どこの国も役所前広場には広報目的の掲示板があるんですが…。ヴィヴィアンヌ嬢は見た事がありませんでしたか?」
「役所に行った事がありませんから」
「そうか…。役所前広場は公開処刑場でもあるからな。その手の催し物を好む人間や手続に出向く大人以外は目にする機会が無いのが普通なのか?」
クリストフが首を傾げると
「…地域差もあるだろう。この国の場合、辺境伯領では『公開処刑を見届ける』のは12歳以上の住民の義務だった。
ある意味で『見せしめ』を兼ねてるんだ。『公開処刑の開催される日に広場へ行かない』という行為自体が『反意有り』と見做される元凶になる」
とジョスランが辺境伯領の実情を話してくれた。
「そうなの?」
「ああ」
ジョスランが頷く。
先日見たバレーヌ辺境伯は、ポレット嬢を偏愛する太ったオジサンにしか見えなかったけれど…
(ああ見えて、実は普通に冷酷な事もできてしまうのね…)
と急に気が重くなった。
「…それで、『闇の魔女』とか『光の聖女』とかって話の何処が酷い話なんですか?私と関係ないですよね?」
「…『光の聖女』に関しては誰の事なのかボカされていたけど、『闇の魔女』に関してはヴィヴィアンヌ・シャリエールと名指しされてたんですよ」
「私が『闇の魔女』?『闇の魔女を殺さなければ、この国に未来はない』って、つまり私を標的にした殺人教唆?」
「ええ」
「…確かに私には闇属性の適性はありますが、解毒と浄化くらいしか使えませんよ?それのどこが魔女?」
「…魔法適性に関する個人情報は恣意的漏洩を禁じられている情報なんですが…。
犯人はヴィヴィアンヌ嬢が闇属性持ちだと知っていた事になります。心当たりはありませんか?」
「…私の事が嫌いで適当に悪口を言った人がいるとか、そういう事なんじゃ…」
「その可能性もあります」
「それだと思い当たるのは元婚約者のパスカル・ドニ・ルクレールか、彼の元恋人のシュザンヌ・ブルドューか、元兄のヴィルジール王子か、私と入れ替えられてた従姉妹のシャルリーヌか、それらの人達と親しい人達か、或いは何故か私を嫌ってるらしいポレット・バレーヌ嬢か、いずれかの人達のうちの誰かなのでは?それかーー」
「それか?」
「光属性の適性がある女生徒で、目立ちたがりのヒロイン願望のある人、とか?」
「光属性の適性がある女生徒…」
「目立ちたがり…」
「ヒロイン願望のある人…」
「誣告大国であるアザール王国の社交界ではありがちではないでしょうか?誰かを悪者に仕立て上げて、その誰かを皆で虐めながら『悪に報復してる』錯覚を共有する人心掌握術というのは」
「「「『誣告大国』…」」」
「…私の言葉選びに何か気になる点でも?」
「言い得て妙だと思っただけです」
「意外に毒舌かも知れないと親近感を持っただけだ」
「ボキャブラリーが豊富だなと感心したよ」
と言い訳じみた言葉が返ってきたが、今は気にするまい。
「とにかく誰かが私を標的視した殺人教唆を行なっている、という事ですね?」
「そうです」
「シャルルがそれを知ってるという事は、宰相の方でも動いてくれているという事なのか?」
クリストフが探るような目を向けると
「ええ。余裕があれば…」
とシャルルが頷いた。
「…この国のアングラ勢力に、この学院の光属性の誰かが加担しているという事か?」
ジョスランの問いに
シャルルは
「そう見せかけた一般人かも知れません。どの道、ヴィヴィアンヌ嬢が標的視されている時点で犯人側の背後関係を探っていかないと、今後はどんどんエスカレートしていくだけです」
と答えた。
「要するに、ラングラン公爵令息に言わせると、私という存在は犯人側にとって『前菜』程度の意味しかないという事なのね?」
「失礼を承知で言葉を選ばずに言うなら、全くその通りです」
「俺の婚約者が『前菜』…。やっぱり許せん。必ず見つけて殺す…」
クリストフが殺気を漲らせているのは怖いけれど、彼が何故不機嫌だったのかが分かったので、事情を知る前よりは多少は精神的に落ち着ける気がした。




