35:間話
【side:アナイス・カンタール】
この世界が乙女ゲームの世界だと気が付いたのは、私がまだ5歳の頃。
母親と一緒に町を歩いていた時に暴走した馬車に轢かれ、大怪我をした時だった。
目が覚めた時には母は亡くなっていて、私も重傷。
「最期に何か言い残す事はありませんか?」
と教会の司祭に言われたくらい、生き残る見込みは薄かった。
朦朧とした意識の中で
(この場面、何処かで見たような…)
と強烈な既視感を感じたのが覚醒のキッカケだった。
自分が重大な事実を見逃しているという事だけが分かる。
でもそれが何なのかは分からない。
(思い出すべき事が何かあった筈…)
そう思いながら、ふと、首から下げたメダイを動く方の手で目の前に持ち上げて見詰めてみた。
何故、そんな行動を取ったのか、自分でも意味不明ながら…
それでも目の前のメダイに刻まれた紋章を目にすると
(ああ!そうだ!私はヒロインだ!ヒロインのアナイス・カンタールだ!)
とハッキリ自覚できた。
乙女ゲーム『暁の乙女と初代国王の遺産〜アントワーヌの人形〜』のヒロインであるアナイス・カンタール。
光属性の魔力を持つ平民。
アナイスの先祖は誘拐されて奴隷落ちしていた貴族。
アナイスは所謂『先祖返り』の魔力持ちなのだった。
治癒魔法は光属性と闇属性のいずれかの属性で行われる。
光属性の治癒は「傷ついた細胞に傷ついていない状態を投影し、細胞を騙す事で治癒させる」魔法。
怪我には万能の効果を発揮するが、病気などの病原を滅する事は難しい。
加齢による内臓機能低下などの場合は「若かった頃の状態を投影」すれば改善はできる。
一方で闇属性の治癒は光属性とは逆で、病気などの病原を滅する事で病気自体を無くせる。
体内の毒も消して解毒できる。
しかし治癒を促す事はできない。自然の治癒力に任せるしかない。
つまり
「治癒魔法は光属性と闇属性の両方が必要」
という設定の乙女ゲームだった。
しかしーー
(思い出すのがもっと早ければ、馬車に轢かれるような目にも遭わずに済んだ筈なのに…)
と思うと、悔しくてならなかった。
後悔してももう遅い…。
自分自身の身体の痛みのせいでネガティブな感情しか湧かない。
私は
(死んでたまるか)
と自分自身を鼓舞し
「ヒール」
で自己治癒して、瀕死の重傷から蘇ったのだった…。
「平民の子が治癒魔法を使った!」
という話はあっという間に広まった。
母を亡くして片親家庭になった私と父はカンタール男爵家に囲い込まれた。
父は料理人だったので男爵家の料理人として住み込みの仕事を得たのだ。
(ゲームのシナリオ通りなら、お父さんは2年後に流行り病で死んでしまう…)
と思うと、貴族家のお抱え料理人として雇われて喜んでいる父を素直に祝ってあげられなかった。
シナリオでは父が亡くなってから、アナイスはカンタール家の養女になる。
カンタール男爵はアナイスを高位貴族家の令息に見染めさせようと必死になる…。
「シナリオに逆らいたい」
と思った。
(お父さんが死ぬ必要はないわ…。シナリオ強制力で私が男爵の養女になって王立魔法学院に通う事になるのだとしても、「孤児になって養女になった」という部分の設定は必ずしも必要はない筈…)
私はそう思って、近所の診療所でアルバイトを始めた。
流行り病が流行る前に、薬を量産しておいてもらうには、医術師・薬術師と親しくなっておいて、話を聞いてもらえる関係を築いておくべきだ。
少額のアルバイト料でも2年間も貯めれば薬を買える。
(絶対にお父さんを死なせない!)
と思って頑張った甲斐あって、父が流行り病で亡くなる事は無かった。
ただ、私が15歳になる直前に私は男爵家の養女になった。
父は男爵に恩義を感じていて、養子縁組の話を断れなかったのだ。
どうやらシナリオ強制力は作用している。
だけどそれは絶対ではない。
「それなら、私は攻略対象と恋愛しなくちゃならないの?」
と疑問に思う。
おそらく
「自分の意志でどうにかなる」
部分は変えられる。
「他人の意志に従わされる」
部分は変えられない。
恋愛はーー
「したくない」
のだから、せずに済む。
だけどこの国で起こる内乱は?
…多分、私がどう振る舞おうとも起きてしまう。
王家・貴族らは隣接国のバルシュミーデ皇国、ランドル王国のいずれかに亡命する。
内乱が起こる前に学院敷地内にある初代国王の遺産である七不思議魔道具を回収しておこうとするのが正規ストーリー。
七不思議魔道具の回収のために学院内をくまなく彷徨いて攻略対象達に出会ってしまう、という流れだ。
けれど
「アナイスが七不思議魔道具を回収しなくてもフィリベール王子が回収してしまう」
のだから
「わざわざアナイスは魔道具回収に乗り出す必要はない」
と思ってしまう。
寧ろ
「魔道具回収しよう」
と動き回る事で
「学年の違う攻略対象達と知り合いになってしまう」
のだから…
魔道具回収は初代国王の生まれ変わりであるフィリベール王子にお任せして、私は学べるだけ魔法を学んでおくという事で良いんじゃないのか?
ランドル王国に亡命するに際して
「瞳が青系」
なのは有利に働く。
大荒れに荒れる事になるこの国をいずれ父と共に逃げ出して、平民として平穏に暮らす未来のためにできる事をしよう。
予めそう決意して、私は王立魔法学院高等部に入学したのだった…。
ーーが
入学して初っ端から
「あ、この世界、やっぱりゲームとは違う」
と思い知った。
ゲームではヴィヴィアンヌ王女は大人しい引っ込み思案な性格だった。
絶世の美少女でありながらオドオドして挙動不審なため魅力が激減していたキャラ。
入学早々から当初婚約者だったパスカルに怒声を浴びせられて対人恐怖症となり、唯一親切に接してくれた特待生のジョスランに惹かれ依存するようになるという設定だった筈。
「ヴィヴィアンヌ王女は実はシャリエール公爵令嬢だ」
と発覚してパスカルとの縁は切れるが…
「シャリエール公爵令嬢の婚約者のカークランド公爵令息」
に対して
「身体が大きい、怖い」
という理由で、これまた対人恐怖症を発揮して逃げ回る。
「実はジョスランがカークランド公爵の実子だ」
と判明して再び婚約者が交代になる事に対しては大喜び。
ヴィヴィアンヌ公女は婚約者となったジョスランに付き纏うようになり、そのジョスランがヒロインであるアナイスに惚れる事で悪役令嬢化する事になっていた筈だが…
全然、そういう流れになっていなかった…。
ヴィヴィアンヌ公女。
何故かバルシュミーデ人のカークランド公爵令息と仲が良い。
「ゲームと全然違う人間関係になっている気がするんだけど…」
と不審に思う。
何せ攻略対象の
フィリベール・ド・ブロイ・アザール王子
ヴィルジール・ド・ブロイ・アザール王子
シャルル・ラングラン公爵令息
ジョスラン・バレーヌ(ジョシュア・ホリングワース)
もゲームと全く違う動きをしている。
ヒロインのアナイスに全く興味なし。
悪役令嬢の
ツェツィーリア・アーベレ公爵令嬢
アンネリーエ・ベルンシュタイン公爵令嬢
シャルリーヌ・ド・ブロイ・アザール王女
ヴィヴィアンヌ・シャリエール公爵令嬢
も全く絡んで来ない。
(シナリオが破綻してるのなら内乱は起きない?)
と、少し期待が芽生えた…。




