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ドロテーアはもしかしたら初めての同性の友達かも知れない…。
一番最初の異性の友達はリュカなのでエールリヒは二番目の異性の友達。
クリストフは婚約者なので友達枠ではなく恋人枠という事になるのだろうか。
ともかく、私の人生はここにきてやっと運が拓けてきたのだと思う。
男子寮と女子寮は真逆に有るので、途中から帰路が分かれる。
「女子寮の前まで送ろう」
とクリストフが言うが
「大丈夫。不審者が出ても私が蹴散らすから心配は要らないわ」
とドロテーアが断った。
「お前は心配要らないだろうがヴィヴィが心配だ。やはり送る」
「あ、俺はドラの事も心配だから送る」
結局、男子2人は遠回りになってしまうのだが、面倒臭そうな顔もせず、寧ろ機嫌が良さそう。
「足元が悪いから手を繋ごう」
と言われて
(クリフが機嫌良く送ってくれる理由って手を繋げるから?とか?)
と少し思いながら手を差し出した。
所謂「恋人繋ぎ」で手を繋いで歩いていると…
(そう言えば前世の旦那とも結婚前は恋人繋ぎして歩いてたわね…)
と思い出した。
人の心は変わる。
自分の都合で相手の中の愛情を持続させる事はできない。
自分の心が自分のものであるように、相手の心も相手のものだ。
(それでも「悪意を盗む」事で険悪化だけは免れるのよね…。今世では…)
クスッと皮肉な笑みが漏れたがクリストフは
「…何か悲しい事でも思い出したのか?」
と尋ねてきた。
そう言われてみて
「…そう、なのかも知れませんね…。私は悲しかったのかも…」
と、自分の本当の感情を自覚した。
前世でも今世でも、社会環境はシニカルで
「悲しむ」
という素直な感情を持つ事が少なかった。
だからいつも
「怒る」
「諦める」
を繰り返して
「悲しむ」
感情が自分の中に起きないようにしていた。
「悲しい出来事をちゃんと悲しむのは必要な事だ。母が言ってた」
「『悲しい出来事をちゃんと悲しむ』…」
私は悲しかった事を自分の中で悲しいと位置付けもしていなかった。
「悲しい時には悲しんで、泣くべき時には泣く。そういう手順を踏まずにいると、人間は悲しい時に怒りだすようになる。
周りの者達はすぐに怒る人間を嫌い避けるようになる。そうなってしまうと誰も理解してくれない。
だから『泣く代わりに怒る』ような人間にならずに済むように、ちゃんと泣く方が良い」
「そうですよね。その方が可愛いげもあって理解もされやすいでしょうね」
(前世の私が殺されて誰も悲しまなかったのも、私に可愛いげが無かったからなのかもね)
「と言っても、母からの受け売りだ。母もその母からの受け売りだと言っていた」
「そうなんですか?」
「母の母。つまり祖母は『可愛いげが無いから』と婚約者に浮気されて婚約破棄された事のある人で、子供の頃は怒りっぽくて癇癪持ちだったらしい。
『泣く代わりに怒る』という行動を繰り返したせいで他人から誤解されて、若い頃は悪評に塗れていたそうだ」
「経験者なのね…」
私の場合は、泣く代わりに怒るという行動が社会的に許容されなかったから、怒る代わりに諦めるという心理へと自動変換されていた。
前世で性悪なクラスメイトや職場の先輩・同僚からイジメられた時も、怒ったところで誰も味方してくれないと分かっていたので、無表情で日々を過ごしていた。
それこそ死んだ魚の目のような虚ろな無表情。
夫が浮気しているのを知った時もそうだった。
他人からの善意、社会の善意。
そういうものが全く信じられない人間特有の心理だったろうと思う。
今でもトラウマになっている事がある。
私は結婚2年目に妊娠したが、妊婦健診の結果、異常が見られ
「子供が奇形児で生まれるかも知れない」
と告げられて不安になった時期があった。
その不安を当然、親兄弟にも夫にも友人にも話した。
親兄弟も夫も
「堕した方が良い」
と言ったが…
友人達は大半が無責任で
「絶対に奇形児で生まれるって事でも無いんでしょう?産むべきだよ」
と言っていた。
そんな中で幾人かの友人は
「そんな事で悩むなんてアンタ最低な母親ね」
「子供が障害を持って産まれたからって何?」
「生じた命をアンタは何だと思ってるの」
「この世に生まれたくてお腹に宿ってるのよ」
「アンタ、まさか、赤ちゃんを殺す気じゃないでしょうね」
と、産む一択であるべきだと、私を責めた。
結果的に私は堕胎して、第一子の出産は諦めた。
その時に産む一択であるべきだと私を責めた友人達とは縁を切った。
その後ーー
妊娠しても流産する、を繰り返して夫と私の夫婦仲は冷え込んでいった。
今でも私は自分が間違っているとは全く思っていない。
「奇形児として障害を持って生まれるだろう」
と言われて本当に障害児として生まれた子供が幸せになれるかどうか、私には分からないからだ。
親がしっかりしていて、大勢の人達がサポートしてくれれば、障害児でも幸せになれるのかも知れないが…
私は自分の身内や友人達は元より社会のセーフティーネットに対しても
「そこまでの善意を期待できないだろう」
と思った。
それこそ
「障害児として産まれる可能性の高い赤ん坊を産むかどうか悩む」
という心理自体を
「母親のくせにあり得ない」
と否定し批判する人達がそれなりの数居たからだ。
「子供を育てていけるか、幸せにできるか」
自分に自信がなくて
社会の育児サポートを信頼もできずに
「不安になる」
という…
たったそれだけの不安定状態ですらも
「母親のくせにあり得ない」
と責める人達が少なからず居るのだ。
「私には母親なんて務まらない」
と萎縮してしまうし…
そのせいか、結局、母親にはなれなかった…。
悲しかったし
辛かった。
それを自分でも認めたくなくて
あんな人達に傷つけられたなんて思いたくなくて
「腹が立った」
のだと、自分の弱い感情を怒りへとすり替えた。
そして怒りでさえも…
表明し続ければ皆に嫌われるからと
自分の心を自分で押し殺して
「諦める」
事にしたのだ。
どうせ誰も理解してはくれないのだし
どうせ誰も助けてはくれないのだからと。
「他人にも社会にも期待はしない」
と、そう決めた。
決めてしまった。
自然な心の在り方を自分で否定した。
無表情、無関心、無感動な心の姿勢を自分自身に課した。
そして
「友達って何なんだろうね?」
という疑問だけが残った…。




