25:間話
【sideジョスラン・バレーヌ】
この国での俺は「ジョスラン」と呼ばれているが、本当は違う。
俺が生まれたのはランドル王国の公爵家。
俺を産んだ母親は夫には
「死産だった」
と言い張り、産まれたばかりの俺を侍女に託した。
母は父を心から憎んでいたのだ。
母は生んだばかりの俺を見て
「あの男との子など穢らわしい。そんな赤ん坊を見ていると殺したくなるから、今すぐ何処かに捨ててきなさい」
と言った。
言われた侍女は途方に暮れた。
侍女のカリスタ。
彼女は俺を捨てる事ができず、母親代わりになって、俺を育てる事にした。
しかし客観的にはカリスタは「公爵家の息子を拐った誘拐犯」。
命じられたまま孤児院前にでも捨てていれば楽だったろうに…
彼女は生まれてすぐに捨てられた俺に対して同情と呼ぶには大き過ぎる慈愛を感じてくれたのだ。
「名前すら付けられず、旦那様がご帰宅なさる前に私に捨ててくるようお言い付けになられたので…。
まことに勝手ながら、貴方の祖父君の『ジョシュア』というお名前をそのまま使わせていただきました」
教会への出生届けでは俺は
「カリスタが未婚で生んだ息子ジョシュア」
ジョシュア・ホリングワースだ。
カリスタは母の親戚で、母と同じホリングワース姓。
そのままランドル王国にいたら、直ぐに見つかってしまっていたと思う。
しかし俺を生んだ母は、俺を生んで数日後ーー
体力が回復した頃に、夫の寝首を掻いて殺そうとしたらしい…。
当然、非力な貴族令嬢だった母は返り討ちに遭い、寝室で殺された。
表向きは病死として片付けられたのだが…
「実は死産ではなかった」
とバレて、父に見つけ出されれば俺はどんな目に遭うか分からない。
「国内にいたら、それこそいつか捕まるのかも知れない…」
という不安が消えなかったカリスタは、すぐに出国してアザール王国に移住した。
「バレーヌ辺境伯領は魔物の出没が多く、外国人だろうと冒険者を多く受け入れている」
と有名だったので、敢えて魔物の多い辺境を選んで住み着いた。
幸い混血児の多い町だったので、両親から引き継いだ青い眼が目立つという事もなかった。
ただ顔立ちの方はカリスタとは全く似ていなかったので
「これほど似てない母子も珍しい」
と周りの大人達から指摘された。
さりとて父親の姿がないので
「父親が美形だったのだろう」
と思われ、平民の片親家庭の子として周りに溶け込む事ができた。
5歳まではそのままカリスタを実の親だと思い込んだまま暮らしていた。
何も知らずに平和な乳幼児期を過ごせた。
カリスタが病気になって
「真実を黙ったまま死ぬ事はできないわ。…実は貴方の本当の身元は…」
と最期に俺の本当の両親の事を言い残したから…
俺は自分が
「ランドル王国のカークランド公爵家の一人息子だ」
という事を知っている。
あのままカリスタが何も言わなかったら、俺はずっと
「父無し子のジョシュア」
のままだった。
と言っても、父はおそらく自分を殺そうとした妻を許していない。
俺が生まれていた事を知っても認知はしないだろう。
それこそ
「私を殺そうとした女が産んだ息子など疎ましい」
と俺を憎み嫌い、殺そうとしてくる可能性が高い…。
俺は一生
「父無し子」
だ。
こんな俺とは真逆に、Sクラスのバルシュミーデ人学生に「カークランド公爵令息」がいる。
クリストフ・クラルヴァイン。
血縁的にはカークランド公爵の「甥」という話だから、クリストフは俺の従兄弟に当たる。
やはり血縁だからかクリストフの瞳の色は俺と同じ紺色。
しかし俺の顔立ちは母親似で、体格もランドル人そのもので、細身。
誰も俺とクリストフが従兄弟だとは気付かない事だろう。
(あちらは生粋の貴公子なので妬ましくはある…)
俺はカリスタの死後は孤児院で育った。
孤児院に入ってすぐに
「ジョシュア」
というランドル人風の名前は
「ジョスラン」
とアザール人風の名前に改名された。
教会傍の孤児院だったので、教会で行われていた無償教育は当然受けられた。
「優秀だね」
「本当に賢い」
「しかも魔力持ちだ」
と司祭や修道士らに褒められて
「領主様に猶子にしてもらって王立魔法学院へ進学してはどうか」
と勧められた。
体格の良い魔力持ちの子供がこれまた猶子という「期間限定の仮の養子」にしてもらって騎士団に入団して騎士資格を取得した後、私兵として領主に仕える、という事は国境近くや辺境ではよくある事だ。
教会の初等教育で優秀さを見出された魔力持ちの子供が王立魔法学院へ進学させてもらい、官吏資格を取得後、官吏として恩ある領主に便宜を図る、という事もよくある事だ。
それと同じパターンで
「俺も猶子として進学させてもらえるのだろう」
と思っていたのだが…
バレーヌ辺境伯の子供は正妻との間の子も、側室との間の子も共に女子。
彼には男子の実子がいなかった。
そこに現れたのが俺だ。
バレーヌ辺境伯は正妻との間の子よりも側室との間の子の方を可愛がっているらしく、その側室の娘が俺を気に入った。
お陰で辺境伯は俺を弟の養子、つまり義理の甥にして
「将来の娘婿に迎える」
事にした。
「次期辺境伯の座は、こっちが望みもしない婚約者がセットになっていた」
訳である。
幸い、辺境伯の愛娘は
「とんでもないブスという訳でもない」
し…
(まぁ、別に良いか…)
と自分の環境を普通に受け入れていたのだが…
王立魔法学院に入学してみて
「やっぱり社会の上層は違うな」
と痛感した。
田舎と違い、令嬢・令息は美形が多い。
同じクラスの王女は特に雰囲気からして孤高で
「高嶺の花」
という感じがする。
どうせ俺には無関係な人ではあるが…
「せっかく同じクラスなのだから」
と、出来るだけ話しかけるようにしている。
そのうち
「実はヴィヴィアンヌ王女は…」
と噂話が聞こえてきたものの
「赤眼じゃないから不貞の子だ」
という価値観は俺にはよく分からなかった。
ヴィヴィアンヌ王女の青い瞳はサファイアのように美しい。
それでいて誰も彼女の美を讃えない。
どうやら三年生の公爵令息がヴィヴィアンヌ王女の婚約者らしいが…
何故ヴィヴィアンヌ王女のような美しくて淑やかな婚約者がいるのに他の女を侍らせているのか。
他の女と連んでヴィヴィアンヌ王女にウザ絡みしては王女を怒鳴りつけるのか。
全く共感も理解もできない。
(美人の婚約者に対してちゃんと優しくしてやれば良いのにな)
と思った…。
しかし辺境伯家に入婿予定の俺では不遇の王女に対して何もしてやれない。
そもそも辺境伯家は王家に忠実という訳でもない。
国内には反乱・革命の兆しがあるのだが…
辺境伯家は
「勝算が高い方につく」
つもりでいる様子。
下手をしたら王族を処刑する側の陣営に組み込まれる可能性すらある。
(王族として認められない王女ならいっそのこと王族籍を抜けて平民になった方が今後のこの国では安全なんじゃないか?)
と疑問に思うのだが…
流石にそういう身の振り方に関するアドバイスをする程にはまだ親しくなっていない。
だが
(もしもヴィヴィアンヌ王女が平民になったなら…。手の届く人になったなら…)
とほんの少し夢を見てしまう…。




