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「ヴィヴィアンヌ嬢。女子寮までお送りしましょう」
私の新しい婚約者様が声をかけてきた。
間近に見てみると
(やっぱりバルシュミーデの人は身体が大きいな…)
と感じる。
それに
(眼が青い…)
がっしりした身体と金髪碧眼がセットになってるので…
瞳の青さだけが隔世遺伝すると「自分の子じゃない」みたいな問題が出てくるのだろう。
「有り難う御座います。今後の事も話したかったので丁度良いです。お言葉に甘えて送っていただきます」
私がそう言うと
カークランド公爵令息は嬉しそうに
「ではこちらへ」
と腕を差し出した。
(エスコートしてくれるのね…)
体格も良くて顔立ち自体大人っぽいので同じ歳には見えない。
頼り甲斐がありそう。
(善い人そうで良かった…)
パスカルのような落ちぶれた「公爵令息もどき」とは違う。
本物の公爵令息…。
…しかし、考えてみればーー
私もパスカルと同じく「もどき」だ。
パスカルのようにならないように気をつけよう。
「…正直、カークランド公爵位後継の立場には『婚約者が付いてくる』と言われた時は『どうしたものか』と思ったが、お相手がヴィヴィアンヌ嬢で良かった。どうかよろしく頼みます」
笑顔でそう言われて安心する。
「こちらこそよろしくお願いします。カークランド公爵令息が優しそうな方で嬉しいです」
「…クリストフと呼んで欲しい」
「あ」
(そう言えば、この人は「シャリエール公爵令嬢」じゃなくて「ヴィヴィアンヌ嬢」と呼んでくれてたわね)
「はい。クリストフ様」
手を取られて夢見心地で歩いた。
(なんだか本物の令嬢みたい…)
私の方は初めての令嬢扱いが嬉しくてポーッとなったのだけれど
クリストフの方は少し気まずそうに
「…それはそうと、ヴィヴィアンヌ嬢は元の婚約者殿の事をどう思っているのだろう?」
とパスカルとの関係を訊いてきた。
「ルクレール公爵令息とは、学院に入学するまでに絵姿が送られてきていただけの間柄で、本人と面識はありませんでした。
なので私からしたら『見ず知らずの相手から突然因縁をつけられて迷惑していた』というのが正直な感想です」
私が事実を伝えたところ
「そうだったのか…」
クリストフが考え込んだ。
その間、廊下で女官とすれ違ったが、いつもとは違い
「顔を顰められて舌打ちされる」
ような事は無かった。
女官は何食わぬ顔で会釈して通り過ぎたので肩透かしを食らった気分だ。
(「婚約者にエスコートされて歩いている」というだけで周りの態度は変わるのね)
そのうち、馬車止めになっている吹き抜けの回廊へと出た。
クリストフが乗ってきた馬車はどうやら王立魔法学院の馬車のようだ。
王立魔法学院の紋が刻まれていた。
そしてバルシュミーデ人貴族のために雇われているバルシュミーデ人御者が番をしていた。
「〈先ずは王立魔法学院高等部の女子寮へ向かってくれ〉」
とクリストフがバルシュミーデ語で言うと
「〈承知致しました〉」
と、やたらアクセントが綺麗な発音で返事が返ってきた。
(…普通の御者じゃないみたいね)
何処の国もだが、あの手この手でスパイを潜り込ませてくるものなのだろう。
学院内の事務員・用務員にもバルシュミーデ人が加わっているが…
「民間人を装った暗部構成員」
のように見える。
(こうやって、ジワジワ、この国の上層部はバルシュミーデ人に入れ替わっていくんでしょうね…)
正直、平民になりたかった。
自国が乗っ取られて、自国民が全員「被搾取者層」へ回される事態など…
何も気付かず何も思わずにいられる人生の方が幸せだ。
だけどやはり人生は甘くない。
パスカルとの婚約が破棄されたと同時に新しい婚約者があてがわれた。
馬車に乗ってから、新しい婚約者に訊いておきたい事を訊いておく事にした。
(善い人そうだし。会話は成立するのよね?)
「…あの、ランドル王国のカークランド公爵令息という事は、クリストフ様はランドル人なのですか?」
「そうだな。戸籍はランドル人だろうな。しかしカークランド公爵は実父ではなく叔父で、俺の生まれ育ちはバルシュミーデ皇国だ。
生家のクラルヴァイン公爵家では俺は次男なので、後継じゃない。叔父が子宝に恵まれなかったので、カークランド公爵家へ養子に入ったんだ」
「…ランドル王国の王族が処刑されて、王侯貴族が刷新されたのは、確か十七年くらい前だったでしょうか…」
「そのくらいかな。当時のランドル王国では王家も、実権を握っていたアザール系高位貴族家も処刑された。
その他、騎士だった貴族家男子が戦死して令嬢のみが残った家もある。
侵攻したバルシュミーデ軍を率いていたヴィクトール殿下とその側近達が『婿入りする形で乗っ取った』のが今現在のランドル王国の上流階級だ。
叔父はヴィクトール殿下の側近の1人だったから騎士団を擁する大貴族のカークランド公爵家を任された。
しかし妻となったカークランド公爵夫人、元カークランド公爵令嬢は『決して自国の現状を受け入れない』信念の女性だったらしく、結婚以来不仲が続き、改善されないまま病死されたとか。
後妻を娶って後継を生ませれば良かったのに…。叔父は、最期まで彼の事を憎み続けた妻を一方的に愛していたらしく、結局こうして甥を養子に迎える事になった」
「それは…なんだか。コワイですね」
「コワイ…?」
「亡くなったカークランド公爵夫人はカークランド公爵家が外国人に乗っ取られる事態に対して激しい恨みを残していそうな気がします。
私なんてアザール人ですし、更に恨まれ、呪われそうです」
「…ヴィヴィアンヌ嬢は恨みとか呪いとか、そういうものを信じる人なんだな?」
「ええ。私は不可視の要素によって人が人生を狂わせられているのを感じます」
「俺は即物的な人間なのかも知れないな。そういう物を一度も感じた事はない」
「男性は即物的なのが普通だと思います。神秘主義は一歩間違うと衒学主義に陥りそうですし。不可思議なものを見たことがない人は、自分の目で見ていないものを信じる必要はないと思います」
「君は幽霊とかが見えるのか?」
「『幽霊』というのは、自分がそう見立てていたり、相手がそう見せようとする一種の幻覚で、『非物質存在』というものは『光の渦』とか『ガスの渦』とか、そういうものとして感じられます。(前世からね)
大抵は無視して気にせずにいて問題ないので『他人との感性の差異』自体、普段は忘れています」
「君が嘘を言ってるようには見えない…」
「でしょうね。本気で言ってますから。…ですが信じていただきたいとは思わないんです。
人は自分の感覚で捉えられるものだけを頼りに現実を認識して生きるので充分事足りると思います。
それこそ『一般的感覚で生きていたら自分の未来には絶望と自殺しか道が無い』と判った時には勝手に感覚が拓けていくものでしょうし…。
その時がくるまでは、人は世間の皆様と同じ常識の範疇の感性で生きて良いし、そう生きるべきだと思います」
「………」
「…こういう私をクリストフ様が不快に思われるのなら婚約破棄して頂いても構いません。
私の成績なら特待生になれるでしょうから、学院卒業して就職先の選択肢を広げれば、ちゃんと独りで生きていけます」
「それは困る。『変わり者かも知れない』と思って言葉を失ったが、それは不快とは違う。他の男に盗られるなんて冗談じゃない。
絶対に婚約破棄はしないし、絶対結婚して君を妻にする」
「…ありがとう、ございます?」
「何故、疑問系なんだ?」
「スミマセン。なんとなく…」
クリストフが苦笑しながら
「大事にする…」
と言ってくれるのが有り難い。
(この人は即物的だからこそ、この国の赤眼至上主義に惑わされず、「青い眼の美少女を美少女として評価できる」んでしょうね…)
とクリストフの即物性が「美徳の一つ」として認識できた。




