15:間話
【sideシャルル・ラングラン】
我が家、ラングラン公爵家は筆頭公爵家だ。
叔父のエマニュエルは宰相で、伯母のティファニーは王太后。
つまり、現国王ランベール・ド・ブロイ・アザールは私の従兄弟に当たる。
二学年先輩のフィリベール王子も従兄弟だ。
ラングラン公爵家は実質アザール王国を動かしている。
私も弟も叔父の息子達も幼い頃から国際情勢を把握するべく英才教育を詰め込まれてきた。
おそらくラングラン公爵家の公子教育の厳しさは王家の王太子教育の厳しさを上回る。
現国王ランベールは、先代国王が崩御して半年後に即位したが…
未だ妃を迎えていない。
「バルシュミーデ皇国から公女を正妃に迎える事になるだろう」
と叔父が渋面で呟いていた。
王家と、王家の血が濃い上位公爵家の者達は短命だ。
40かそこらまでしか生きられない。
だから成人する頃には親が弱っている。
つまり国政はいつも若輩者が行う事になる。
故にアザール王国の王子教育・公子教育は他国のそれよりも厳格なものになる。
例外はヴィルジール王子のような
「母親が不義を疑われた者」
のみ。
ヴィルジール王子自体はアンベール王に似ているし、誰の目にもアンベール王の胤だと明らかだ。
なのにアンベール王は側妃ロズリーヌを許さず、ヴィヴィアンヌだけでなくヴィルジールまでをも憎んだ。
子供の頃は素直に
「側妃は不貞を犯し、ヴィヴィアンヌ王女は側妃の浮気相手の子だ」
と信じていた。
いつからか内心で
「ヴィヴィアンヌ王女と同じ歳のシャルリーヌ公女はヴィルジール王子によく似ている」
という事実に気付き、その事に深い意味を持たせるようになった。
「王女と公女の入れ替え」
など…如何にも陰謀好きな者達が仕出かしそうだと思ったのだ。
ヴィヴィアンヌが産まれた事でアンベール王は側妃への寵愛を撤回、寧ろ憎悪するようになった。
それによって正妃である伯母は内心でほくそ笑んだ筈だ。
伯母のティファニー王太后とシャリエール公爵夫人は特に仲が良いという訳ではないが
「側妃ロズリーヌを憎む」
という点では元より共通点があった。
シャリエール公爵夫人シゴレーヌは血の繋がった自分の妹をーーロズリーヌをーー妬み憎んでいたらしい。
彼女達の母であるリオンヌ子爵夫人は(当時は侯爵夫人)自分に似たロズリーヌばかり可愛がって平等な子育てなど全く心掛けない人だったらしい。
冷遇されて育ったシゴレーヌにとってロズリーヌは常に癪に触る存在だったのだろう。
王太后とシャリエール公爵夫人。
あの人達が共謀すればシレッと赤子を取り替えてロズリーヌを陥れる真似をしてしまえる。
そう疑いたくなる何かが、彼女達にはあった…。
しかし、それを当人達に尋ねたところで正直に話してもらえる筈もない。
側妃ロズリーヌの出産に関わった医師も侍女も皆姿を消している。
アンベール王が激昂して密かに処刑したなどと噂されているが…
「王女と公女の入れ替え」
に関わったために口封じされた可能性のほうが高い。
私は子供の頃から、そういった不穏な可能性に関して考えてきた。
お陰でシャルリーヌとヴィヴィアンヌに対しては関心を持ってきた。
王城に来る度に迷子になったフリをして王女が暮らす区画をコソコソ探索していたものだ。
侍従達からは
「ヴィヴィアンヌ王女のストーカー」
呼ばわりされてきたが…
陰謀の犠牲になった犠牲者のその後の暮らしを気にかけるくらいの事は、人間として当たり前の事だと思っている。
そもそもヴィヴィアンヌには王族用予算が組まれていなかった。
使用人用の賄い飯を使用人に便乗して食べているありさまだった。
衣服なども給付されておらず、幼い頃は女中らが自分の子供に着せていたお下がりを寄付してくれたものを与えられていた。
成長してからも女中らの着ていた「お仕着せのお古」を着ていた。
ハッキリ言って見窄らしい。
当然侍女も付けられておらず、下級使用人らの居住区の一画で寝起きしていた。
それはさながら女中の誰かが産み捨てていった孤児のような待遇だ。
ヴィヴィアンヌが唯一与えられていた物と言えば、側妃ロズリーヌの形見の懐剣のみ。
貴族令嬢は結婚する時に母親から懐剣を持たされ
「夫以外の者に身体を暴かれるくらいなら自死すべし」
と言い聞かされる。
そのロズリーヌの懐剣をヴィヴィアンヌに母親の形見として唯一与えていたというのだから…
アンベール王がイヤミとしてそれを与えた意図が汲み取れようものだ。
「そのうちヴィヴィアンヌ王女は下級使用人らの仕事を手伝うようになって、給金も出ない下級使用人として王城の片隅で埋もれていくのかも知れない…」
と思った時に
「なんて勿体無い」
と感じてしまった。
ヴィヴィアンヌの容姿は優れている。
シャリエール公爵夫人の浮気相手に似たのだろう。
シャリエール公爵家のお抱え医師は大層な美男だったらしい。
王城に詰める侍医の1人が彼の師だった。
(師弟共に行方不明になっている)
基本的に王家の影は王城内も監視しているが、そういった役目の者達は王妃に仕えている。
国王に仕える影は王城内よりも各貴族家当主の動向を探っているものだ。
当時正妃だった王太后はシャリエール公爵夫人の不倫相手とその師との師弟関係を当然把握していただろう。
「赤子の取り替え」
が本当にあった出来事だとしたら…
本物の王女のシャルリーヌは災難も良いところだ。
産まれる前から正妃に睨まれていて、運命を捻じ曲げられたのだから…。
一方でヴィヴィアンヌがシャリエール公爵令嬢として産まれていたら、どうなっていたか…。
シャリエール公爵は苛烈な男だ。
バルシュミーデ皇国から嫁いできた妃が産んだ王子が初代シャリエール公爵だった事もあり、シャリエール公爵家はバルシュミーデ皇国から正妻を迎える事が何度となくあった。
代々シャリエール公爵はバルシュミーデ人寄りの体格と気質を受け継いでいる。
現公爵はその典型。
バルシュミーデ人特有の
「何でも暴力で解決しよう」
という単細胞気質が受け継がれている。
彼が妻の産んだ子として赤子のヴィヴィアンヌを目にしていたら…
激昂してヴィヴィアンヌをその場で殺していたに違いない。
なのでヴィヴィアンヌにとっては
「取り替えられたからこそ殺されずに済んだ」
ようなもの。
ヴィルジール王子はヴィヴィアンヌに関して
「生まれてきた事自体が罪だ」
だのとほざいてるらしいし、ヴィヴィアンヌの生存を喜ぶ者はいない。
不憫な王女に対して私はいつの間にか肩入れしていた。
しかしヴィヴィアンヌのためにこれといって何かしてやれた訳ではない。
せいぜいヴィルジールの家庭教師に対して
「週に一、二回ヴィヴィアンヌ王女にも教育を施してやるように」
と叔父に(宰相に)言わせたり
王城お抱えの針子に
「新しい裁縫道具をやるから、古い物をヴィヴィアンヌ王女にあげてくれないか」
と交渉したりした程度だ。
ヴィヴィアンヌが王立魔法学院に入学できた事には私は関わっていない。
先王アンベールが亡くなったので、現王ランベールが
「ヴィヴィアンヌを有効利用できないものか」
と考えたのは判っている。
「改易予定の公爵家の婚約者というのも使い道として芸がない。とりあえず学院へ入れてみて、どの程度能力があるのかを見て、下賜する相手を検討し直そう」
という思惑でヴィヴィアンヌの高等部入学が決まった。
王女として育っていなくとも美しい事に変わりはない。
「バルシュミーデ皇国から来た者達のうちから王女の下賜を望む者があれば与えよう」
という腹だろう。
大国に媚びるための手札は多い方が良い。
「ヴィヴィアンヌ王女がどの程度能力があるのか」
それは私も知りたいところだったので、黙って静観していたら…
ヴィヴィアンヌはAクラスに入っていた。
(よりにもよってAクラスか…)
と心配ではあったが、素直にヴィヴィアンヌのために喜ぶべきだろう。
Aクラスの生徒にはSクラスの生徒達の世話係的な役割が降りかかるが、一癖も二癖もあるバルシュミーデ皇国からの入学生達や特待生達に関しては私達で対処すれば良いのだから。
できたら異邦ルーツの学生達には
「アザール王国の国民として誠心誠意アザール王国に仕える」
ような気持ちに自発的になって欲しいところだ…。




