泣き声がふたつ
「……ぎゃああああああ!!」
次の瞬間、森に響いたのは——
大音量の泣き声だった。
「えっ!?ちょっ、泣くの!?」
目の前の赤いトカゲ……いや、たぶん火吹くしドラゴン?の子どもが、突然大号泣を始めた。
さっきまで火を吐いてたのに!?
「いやいやいや、情緒どうなってるの!?」
あまりの落差に混乱する。
でも、その泣き方は見覚えがあった。
顔を真っ赤にして、全身を使って泣く感じ。
何かを欲しがっているような泣き方。
——あ、これ。
「お腹すいてるんだ」
保育士時代も自分がママになってからも、何度も見てきたやつ。
そう思った瞬間。
「……っ、うえええええええ!!」
腕の中で、サクも泣き出した。
「ああああやっぱりね!?」
タイミング完璧すぎるでしょ!?子供ってこういうところあるよね...
「ちょっと待ってねサク!今どうにか——」
言いながら、私は固まった。
どうにか、って。
「……どうやって?」
ここは異世界。森のど真ん中。
ミルクもない。お湯もない。
離乳食なんて、もちろんない。
「やばくない……?」
思わず呟いた。
腕の中で泣くサクをあやしながら、必死に考える。
さくは今、生後5ヶ月。
ちょうど——
ミルクがメインで、少しずつ離乳食を始める時期。
まだ歯もほとんどなくて、固形物は無理。
食べられるのは、ドロドロにしたおかゆとか、すり潰した野菜とか。
基本はミルク。
私は産後母乳の出が悪くて、ミルクに切り替えたんだよね...
でも仮にも母乳育児をしていたとしてもストレスで出なくなることがあるらしいから、どちらにせよ...
「ミルクがないと、命に関わる……」
じわっと、背中に冷たい汗が流れた。
一方で。
「ぎゃああああああ!!」
ドラゴンの子はさらに泣き声を大きくする。
「ちょっとちょっと!君も!?」
そうだ、この子。
「……何歳なの?」
見た目は、犬よりちょっと大きいくらい。
でも中身はどう見ても“幼児”。
言葉は喋れないし、行動も完全に子ども。
ってか、ドラゴンって言葉喋るの?
「というか、何食べるの……?」
肉?
それとも……まさか、火?
いやいやいやいや。
「さすがに火は食べないでしょ……たぶん」
自信は、ない。
「ぎゃああああああ!!」
「うええええええ!!」
泣き声が、ふたつ重なる。
カオス。
完全にカオス。
「……はいはい、落ち着こう、私」
深呼吸する。
「……よし」
私は顔を上げた。
「まずは、水だ」
ミルクが無理でも、水があればなんとかなる可能性はある。
少なくとも、脱水は防げる。
「川とか……ないかな」
周囲を見渡す。
森。森。ひたすら森。
でも——
「……あれ?」
かすかに、水の音がした気がした。
「……行くしかない」
泣き続けるサクを抱き直す。
そして、ドラゴンの子を見る。
「……君も来る?」
すると。
「……ぎゃう」
泣きながら、よたよたと近づいてきた。
——あ、これ完全についてくるやつだ。
「……はぁ」
思わずため息が出る。
でも。
放っておけるわけがない。
「はいはい、団体行動ね」
こうして私は。
人間の赤ちゃんと、ドラゴンの幼児を連れて、森を進むことになった。
——水を探して。
そして。
“ごはん”を探して。
(どうやって用意するの、ほんとに……)
不安しかないまま。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。




