はじめてのごはん
「……こっちだ」
耳を澄ますと、確かに聞こえる。
さらさら、と。
水の流れる音。
「お願い、あって……」
半ば祈るような気持ちで、私は森の奥へと進んだ。
腕の中では、サクがぐずりながら泣いている。
さっきよりも声が弱くなってきていて、それが逆に怖い。
「大丈夫、大丈夫だからね……すぐ見つけるから……」
言い聞かせるように呟く。
後ろからは——
「……ぎゃう、ぎゃう……」
あのドラゴンの子も、鼻を鳴らしながらついてきていた。
さっきほどの大号泣ではないけど、完全に空腹モードだ。
「ほんとに、このドラゴンちゃんは何食べるの……」
不安が増す。
そして——
「……あった!」
視界が開けた。
そこには、小さな川が流れていた。
透き通った水。
石の間を流れる、綺麗な水流。
「助かった……!」
思わずその場にしゃがみ込む。
とにかく、これで一つクリア。
「水、確保……」
手ですくってみる。
冷たい。透明。匂いもない。
——でも。
「……これ、そのまま飲ませて大丈夫?」
一気に現実に引き戻される。
ここは日本じゃない。
浄水もされてない、完全な自然の水。
大人ならまだしも、赤ちゃんにそのままはリスクが高すぎる。
「煮沸……したいけど、火……」
そこまで考えて。
「……あ」
ゆっくりと、振り返る。
「ぎゃう?」
そこにいるのは——
さっき火を吐いてた、ドラゴンの子。
「……いけるかも」
私は静かに呟いた。
⸻
「ねえ、ちょっといい?」
川の近くで、私はその子と向き合う。
「ぎゃう?」
首をかしげる仕草。完全に子どもね。
「さっきみたいに、火……出せる?」
そう言って、小枝を拾って見せる。
伝わるかはわからない。でも——
「……ぎゃ」
ドラゴンの子は、小さく息を吸った。
次の瞬間。
ぼっ
小さな火が、枝の先に灯った。
「……っ、できた!」
思わず声が出る。
「すごいじゃん!天才じゃん!!」
褒めると、ちょっと得意げに胸を張る。
——うん、完全に子供だ。
「よし……これでいける」
私は急いで、平たい石を集めて簡単な囲いを作る。
その中で火を維持して、川の水を温める。
鍋なんてない。
だから——
「……これしかないか」
手持ちの水筒。
さっきまで使って持ったまま転移されてきたやつ。
中身は空。
そこに水を入れて、火の近くに置く。
完全じゃないけど、やらないよりはいい。
「お願い、少しでも……」
その間も。
「うええええ……」
「ぎゃううう……」
泣き声は止まらない。
「はいはい、今作ってるからね……!」
二人同時は無理!!
そう思いながらも、体は勝手に動いていた。
さくをあやしながら、火の様子を見る。
ドラゴンの子が暴走しないように目を配る。
——完全に保育園状態。
「……はは」
思わず、笑いが漏れた。
「異世界で、何やってんだろ私」
でも。
嫌じゃなかった。
⸻
しばらくして。
「……これくらい、かな」
完全な煮沸とは言えないけど、
さっきよりはずっとマシな状態の水ができた。
「サク、ごめんね。ちょっとだけね」
少し冷ましてから、口元に運ぶ。
「……ん」
サクが、少しだけ飲んだ。
「……っ」
ごく、ごく、とまではいかない。
でも——拒否はしてない。
「よかった……」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
とりあえず。
水分補給はできた!!
⸻
そのときだった。
「……ぎゃう」
足元で、ドラゴンの子が私を見上げていた。
「……あ」
完全に忘れてた。
「君もお腹すいてるよね……」
どうしよう。
水……飲むのかな?
試しに、手のひらに少しすくって差し出す。
「……」
じっと見る。
くん、と匂いを嗅ぐ。
そして——
ぷいっ
「え、飲まないの!?」
まさかの拒否。
「え、じゃあ何……?」
次の瞬間。
ドラゴンの子は、くるりと向きを変えた。
そして。
近くの草むらに、がぶっと噛みついた。
「……え?」
むしゃむしゃむしゃ
「草食なの!?」
予想外すぎる。
いやでも、よく見ると——
その草、ほんのり赤く光っている。
何か不思議な草。
「……これ、魔力とかあるやつ?」
ドラゴンの子は夢中で食べている。
そして。
「……ぎゃ」
満足そうに、小さく鳴いた。
さっきまでの大号泣が嘘みたいに、落ち着いている。
「……なるほどね」
私は、その草を見つめた。
「食べ物、あるじゃん」
でも。
——それを、サクにあげていいのか?
答えは、考えるまでもない。
「無理に決まってるでしょ……」
人間の赤ちゃんに、正体不明の発光する草。
アウトすぎる。
「……はぁ」
でも現実は変わらない。
サクの食べ物は、まだない。
「どうやって調達しよ……」
川の音が、静かに流れる。
空腹の不安と。
わずかな希望と。
そして——
“この世界で育てる”という現実が、重くのしかかる。
⸻
私は、サクを抱きしめた。
「……絶対、なんとかするからね」
小さく、そう呟く。
その横で。
ドラゴンの子が、満足そうに丸くなっていた。
——とりあえず一匹は解決。
でも。
本番は、ここからだ。




