EP 5
無能スキルと鋼の獅子
「おいヒョロガキ! 貴様、狂ったか!?」
巨大な顎が迫る中、瓦礫を飛び越えて自分のもとへ走ってくる俺を見て、ガオンが怒鳴った。
「我に近づくな! その脆弱な肉体など、奴の顎にかかれば紙切れ同然に挽肉になるぞ!」
「うるせえ! お前こそ、このままスクラップにされたら、俺たちを守れないだろうが!」
俺は死百足型の顎が振り下ろされる直前、スライディングするようにガオンの胴体に滑り込み、その黄金の装甲に両手を叩きつけた。
熱い。強酸と炎の熱で、装甲は焼け焦げるような温度になっていた。
だが、そんなことは関係ない。俺は目を閉じ、意識を研ぎ澄ませた。
「ユニークスキル――『完全同調』ッ!!」
俺の魂の波長が、ガオンの鋼の肉体を通して、奥深くにある『コア』へと直接アクセスする。
(うおっ……なんだこの無茶苦茶なエネルギー回路は!?)
俺の脳内に、ガオンの内部の魔力と闘気の流れが視覚化されて飛び込んできた。
前世で例えるなら、ケーブルがぐちゃぐちゃに絡まり、あちこちでエラーと漏電を起こしている巨大なサーバー室だ。強酸のダメージにより、自己修復機能と戦闘機能がリソースを奪い合い、完全にフリーズ(出力低下)を起こしている。
俺のスキル『完全同調』は、相手に力を与えるものではない。
対象の波長と同調し、そのポテンシャルを1000%引き出す『最適化』の能力だ。
(自己修復への魔力供給を一時カット! 全エネルギーを駆動系と前面の障壁出力へ回せ! 絡まった闘気のパスを整える……よし、通った!!)
俺はプロデューサーとして、才能が最も輝くための完璧な道筋を瞬時に構築した。
「――再起動しろ、ガオン!!」
俺の叫びと同時に、鈍く明滅していたガオンの黄金の装甲が、眩いほどの光を取り戻した。
「な、なんだと……!?」
ガオンが驚愕に目を見開く。
「貴様ごときただの人間が、我の神聖なるコア・システムに干渉して、強制的に出力を最適化しただと!? あり得ん、ルチアナ様の権限すらないはずだぞ!」
「文句は後で聞く! 来るぞ、凌げ!!」
ガチィィィィィンッ!!
死百足型の超硬度の顎が、俺たちを噛み砕こうと襲いかかった。
しかし、出力が1000%に最適化されたガオンの前脚が、その巨大な顎を真っ向から受け止め、ピタリと止めていた。
「ギチッ!? ギジィィィ!?」
「フンッ! 脆弱な人間が少しばかり我の調子を整えたからといって、図に乗るなよ!」
ガオンは毒舌を吐きながらも、その口元をニヤリと歪めた。
「だが……悪くない波長だ! 燃えカスになれ、下等な這い虫がァッ!!」
ガオンの全身から、爆発的な炎の闘気が噴き上がる。
前脚で死百足型の顎を強引に弾き飛ばし、そのまま炎を纏った回し蹴りを胴体に叩き込んだ。
ズガァァァァァンッ!!
「ギギャァァァァァッ!?」
全長30メートルの巨体が、ビルを2、3棟へし折りながら後方へと吹き飛んでいく。
俺はガオンの装甲から手を離し、ぜえぜえと肩で息をした。たった数秒の同調だったが、莫大なエネルギーの奔流を制御したせいで、全身の神経が焼き切れそうに痛い。
「ハァ、ハァ……。どうだ、無能のヒョロガキがやったマッサージの効き目は?」
「……チッ。生意気な人間だ。だが、おかげで駆動系が息を吹き返した。褒めてやる」
ガオンは忌々しそうに鼻を鳴らしたが、その黄金の瞳には先ほどまでの「足手まといのゴミ」を見るような色はなくなっていた。
だが、安堵したのも束の間だった。
「ギチギチ……ギジジジジジッ!!」
吹き飛ばされた瓦礫の中から、死百足型が再び鎌首をもたげたのだ。
ガオンの炎の蹴りで胴体の装甲はひしゃげ、ドロドロに溶けている。しかし、傷口から紫色の魔力と奇妙な粘液が溢れ出すと、瞬く間に装甲が『再生』を始めたではないか。
「嘘だろ……あのダメージから即座に回復するのか?」
「……ただの魔獣ではないからな。あ奴らはサルバロスの呪い……『死蟲機』。周囲の魔力と金属を喰らい続ける限り、無限に再生する」
ガオンが苦々しく唸る。
さらに最悪なことに、死百足型が上げる不気味な鳴き声に呼応するように、空から無数の死蜂型と、地を這う死蟻型が再び集結し始めていた。
「マズいぞ。貴様のおかげで体は動くようになったが……根本的な魔力の総量が足りん。あのデカブツの再生速度を上回る一撃を放つには、外部からの莫大な出力供給が必要だ」
ガオンが一歩後ずさる。
敵の数は増える一方。衛兵たちは壊滅状態。頼みの綱のガオンもガス欠寸前。
絶体絶命の盤面。
しかし、俺たちの背後から、ペタペタと軽い足音が近づいてきた。
「プロデューサー! ガオンさん!」
振り返ると、そこには自分の身の丈ほどもある木箱(みかん箱)を両手で抱えた、青い髪の少女の姿があった。
「リーザ! バカ、逃げろって言っただろ!」
「逃げません! だってアイドルは……」
リーザは瓦礫のど真ん中にみかん箱をドンッと置くと、その上に飛び乗った。
迫り来る無数の化け物を前にして、彼女の足は震えている。それでも、彼女は両手でマイクを握るように拳を胸の前で握りしめ、かつてないほど真っ直ぐな瞳で俺たちを見た。
「アイドルは、絶対にお客さんを置いて、ステージを降りたりしません!!」
彼女の鼻の穴には、しっかりと『五円玉』が二枚、詰め込まれていた。




