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無能スキル『完全同調』の俺、限界地下アイドル(人魚姫)のプロデューサーになる~歌のバフで聖獣機神が起動して世界を救う~  作者: 月神世一


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EP 5

デパート化粧室の魔法

ルナミス書店で、ラジオ体操のスタンプカードを差し出し、見事に『ルチアナ著・ガオガオン完全マニュアル〜これであなたも神のパイロット!〜』をゲットした俺たち。

「……なぁ。これ、どう見ても前世の『家電の取扱説明書』なんだが」

俺は渡された薄い冊子をペラペラと捲りながらツッコミを入れた。

表紙には『※故障かな?と思ったら』『※聖獣が言うことを聞かない時は、叩いてみましょう』などとふざけた文言が並んでいる。

「神聖なる我を旧式のテレビみたいに扱うなァッ! ルチアナ様、絶対酔っ払って書いただろこれ!」

子猫ガオンがシャァァーッ!と毛を逆立てるが、ひとまず攻略本(?)が手に入ったのは大きい。リーザは「後でじっくり読んで、新曲の歌詞に入れますね!」と大事そうにカバンにしまった。

そして、次なるタダ活の戦場――。

帝国の中心にそびえ立つ商業の最高峰、『ルナミスデパート』へと俺たちは足を踏み入れた。

ウィィィン……(※魔導自動ドアの音)。

「うおお……涼しい。そしていい匂いがする」

デパートの一階に一歩入った瞬間、快適な温度に調整された魔導空調と、高級な香水の香りが俺たちを包み込んだ。

周囲を歩いているのは、シルクのドレスを着た貴婦人や、仕立ての良いスーツを着た商人ばかり。ボロアパートから出てきたばかりの俺たちの場違い感は半端ではない。衛兵につまみ出されても文句は言えないレベルだ。

だが、リーザは堂々としたものだった。

「さあプロデューサー、まずは『ベースメイク』からです! ついてきてください!」

リーザが迷いなく向かったのは、一階の奥にある超高級な『御婦人・御紳士用化粧室』。

大理石でできた洗面台には、ふかふかのタオルと、見るからに高そうな『真珠エキスの魔導石鹸』が備え付けられていた。

「ここはデパートの中でも一番良い石鹸がタダで使える穴場なんです! プロデューサーも、壁塗りのホコリをしっかり落としてくださいね!」

リーザは慣れた手つきで石鹸を泡立て、顔を洗い始めた。俺も言われるがままに洗顔してみるが、確かに凄い。安宿のザラザラした石鹸とは違い、泡がシルクのように滑らかで、洗い上がりは肌がもっちりとしている。

「よし、すっぴん完成です! 次は本命の『化粧品売り場』に突撃ですよ!」

顔を拭き終えたリーザは、デパートの一等地に立ち並ぶ高級コスメブランドのブースへと特攻をかけた。

「ひぃっ!? バカ、そんな堂々と行ったら冷やかしだってバレて怒られるぞ!」

俺が止めようとしたが、遅かった。

リーザは、最高級ブランド『マナ・ボーテ』のブースの前に立ち、ズラリと並んだテスター(試供品)の前に陣取った。

「おはようございます! 今日も新色のテスター、試させてもらっていいですか?」

満面のアイドルスマイル。

すると、完璧なメイクを施した美容部員(BA)のお姉さんが、嫌な顔をするどころか、パァッと花が咲いたような笑顔で出迎えたのだ。

「あらリーザちゃん! いらっしゃい! 今日の肌の調子も完璧ねぇ。ええ、もちろんよ。さあ、こっちの椅子に座って!」

(……マジかよ。顔パスじゃねえか)

俺は柱の陰からその光景を呆然と見つめた。

リーザは人魚姫としての圧倒的な「素材の良さ(肌の透明感)」を持っている。BAのお姉さんたちにとって、彼女の顔は「自社の化粧品のポテンシャルを120%引き出してくれる最高のキャンバス」なのだ。

『あの美しい子があそこのブランドを使っている』という無言の宣伝効果(インフルエンサー効果)を、リーザは無自覚に発揮していたのである。

「まずはこの『深海海藻の化粧水』をたっぷりと……う〜ん、吸い込みが違うわ! そして乳液で蓋をして……今日は少し大人っぽく、新作の『太陽芋エキス配合のルージュ』を試してみる?」

「はいっ! お願いします!」

テスターどころか、プロのBAによるフルメイクの接待タダである。

リーザの顔が、元々の美しさに加えて、トップアイドルとしての圧倒的な「華」を纏っていく。

「ふぅん……下等な人間どもの粉など我には不要だが、あの手つき、なかなか見事な職人技ニャ」

胸ポケットのガオンも感心して見ていると、BAのお姉さんの視線が、柱の陰に隠れていた俺に突き刺さった。

「そこのお兄さん! リーザちゃんのマネージャーさんね? ちょっとこっちにいらっしゃい!」

「えっ? いや、俺は男だし、メイクなんて……」

「男だろうと関係ないわ! なによその疲れ切った顔! 目の下のクマ! ストレスで肌が砂漠みたいにカッサカサじゃないの! リーザちゃんの隣を歩くなら、あんたも身だしなみを整えなさい!」

俺は腕を引っ張られ、半ば強制的に化粧カウンターの椅子に座らされた。

「ひゃっ、冷たっ!?」

顔面に、泥のように濃厚な『高保湿マジック・パック』を容赦無く塗りたくられる。

さらに、頭皮には『闘気促進ヘッドスパローション』を擦り込まれ、ゴリゴリと強烈なマッサージが始まった。

「痛っ、痛い! でも気持ちいい……!」

「プロデューサー、肌がツヤツヤになってきましたよ! あ、お姉さん、この子猫ちゃんにも何かありますか?」

「もちろんよ! この『聖獣の毛並み用ブラッシングミスト(試供品)』なんかどうかしら?」

「な、貴様ら何を……やめっ、シュッシュッとするな! 我は高貴な……ニャ、ニャァァン……いい匂いニャ……」

ガオンまで抗うことを諦め、ローズの香りがするミストをかけられてうっとりと喉を鳴らしている。

数十分後。

デパートの化粧品売り場を後にした俺たちは、見違えるようにピカピカになっていた。

リーザは誰もが振り返るほどの完璧な輝きを放つトップアイドルに。

俺は徹夜明けの壁塗り労働者から、敏腕若手プロデューサーのようなツヤ肌に。

ガオンはフワッフワの毛並みを持つ、コンクール優勝レベルの美猫ロボに。

「どうですかプロデューサー! デパートの魔法、すごいでしょ!」

手には、BAのお姉さんから「これ、お家でも使ってね!」と持たされた試供品の山。

金貨なんて一枚も使っていない。ゼロ円である。

「……ああ。お前の言う通り、タダ活の魔法はすげえわ。お金がなくても、こうして工夫とコミュニケーション次第で、こんなに晴れやかな気分になれるんだな」

俺はツヤツヤになった自分の頬を触りながら、思わず笑みをこぼした。

絶望的な異世界での底辺生活。それでも、リーザの歩く道には、いつも人の温かさと小さな幸福が転がっている。

「さあ! おめかしも完璧になったところで、次はお腹を満たしに行きましょう! デパ地下の『試食品コーナー』からの、家電売り場『マッサージチェア』のコンボですよ!」

「よし、行くか! 今日は徹底的にタダでデパートをしゃぶり尽くしてやる!」

俺たちは意気揚々と、デパ地下へと続くエスカレーターへと乗り込んだ。

……このささやかな幸福の絶頂が、最悪の『悪意』によって一瞬にして切り裂かれることになるとは、知る由もなかった。

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