EP 3
朝のスタンプラリーと図書カード
翌朝。ルナミス帝国の朝は早い。
時計の針が午前6時半を指した頃、俺は容赦ない声で叩き起こされた。
「プロデューサー! 朝です! 起きてください!」
「……うう、眠い。前世のブラック企業時代でも、徹夜明けはもっと寝かせてくれたぞ……」
万年床から這い出ると、そこにはすでに完璧な身支度(ボロいけど清潔な服)を整え、首から紐のついた謎のカードを下げたリーザが仁王立ちしていた。
その足元では、サバ缶の空き缶を枕にした子猫が「スゥ……ニャゥ……」と幸せそうに寝息を立てている。
「さあ、急ぎましょう! 『日常の心』を探すタダ活ツアー、第一弾です!」
半ば引きずられるようにして連れ出された先は、アパートから少し歩いたところにある帝国の広場だった。
早朝の冷たい空気が漂う中、そこにはすでに数十人のおじいちゃん、おばあちゃんたちが集結していた。
「おおっ、リーザちゃん! 今日も元気じゃのう!」
「おはようございます、長老さん! 今日はプロデューサーも連れてきました!」
スラムの老人たちに囲まれ、アイドルの握手会さながらの歓迎を受けるリーザ。
広場の中央には、古びた『魔導拡声器』がポツンと置かれていた。
「おいリーザ、これは一体何の集まりだ?」
「ふふっ。プロデューサー、これですよ!」
リーザが首から下げたカードを誇らしげに見せる。そこには『ルナミス健康ラジオ体操・出席カード』と書かれ、びっしりとスタンプが押されていた。
「朝6時半から始まる体操に参加すると、スタンプが貰えるんです! これがタダ活の基本中の基本にして、人々の健康を支える朝の祭典です!」
「ファンタジー世界でラジオ体操って……ルチアナとかいう女神、世界観の構築が適当すぎないか?」
ブツッ、というノイズと共に、魔導拡声器から軽快でどこか気の抜ける音楽が流れ始めた。
『さあ、今日も元気に体を動かしましょう。ルナミス帝国・第一体操〜!』
音楽に合わせて、老人たちとリーザがいっせいに腕を振り、体を曲げ始める。
俺は一人ポツンと突っ立っていたが、隣のおばあちゃんから「ほれ、兄ちゃんもやらんと腰が曲がるぞ」と笑いかけられ、渋々腕を上げ始めた。
(……なんだこれ。異世界に来てまで、なんで俺は朝っぱらから近所の年寄りと一緒に屈伸運動をしてるんだ?)
最初は面倒くささ全開だった。
だが、体を動かしているうちに、凝り固まっていた前世からの疲労と、数日前の戦闘のダメージが、じんわりと解れていくのを感じた。
朝日が昇り、広場を黄金色に染めていく。
ふと周りを見ると、日雇い労働で曲がった腰を伸ばす老人たちの、穏やかで楽しそうな笑顔があった。
『日常の心』。
リーザが言っていた言葉が、俺の胸にストンと落ちた。
(……そうか。世界を救うってのは、魔王を倒すとかデカい話じゃなくて、この何気ない朝の風景を守るってことなのかもしれないな)
俺のプロデューサーとしての魂が、妙な方向で着火した。
ただ漫然と体操するだけじゃダメだ。このステージ(広場)のポテンシャルを、もっと引き上げられるはずだ!
「よし……『完全同調』ッ!!」
俺は密かにユニークスキルを発動し、広場にいる老人たちの波長とリンクした。
俺がリズムを取り、体の重心移動を最適化する。するとどうだろう。先ほどまでバラバラだったおじいちゃんおばあちゃんたちの動きが、一糸乱れぬ完璧なシンクロナイズド・ラジオ体操へと進化したのだ!
「おおっ!? なんじゃ今日は! やけに体が軽く動くぞ!」
「キレッキレじゃ! 若い頃の闘気が戻ったみたいじゃわい!」
「プロデューサー、すごいです! 広場が一つになってます!」
謎の感動と一体感に包まれながら、第一体操から第二体操までを完璧に踊りきった俺たち。
音楽が終わると同時に、広場から拍手喝采が巻き起こった。
「いやぁ、今日の体操は最高じゃった! 兄ちゃん、ええ筋しとるのう!」
体操のまとめ役らしい長老が、ホクホク顔で俺とリーザの出席カードにスタンプを押してくれた。
ポンッ。
「やりました!! プロデューサー、スタンプカードがいっぱいになりましたよ!!」
リーザがカードを掲げて歓喜の声を上げる。
長老が「皆勤賞の証じゃ、取っておきなさい」と、一枚の紙片をリーザに手渡した。
「これがスタンプの景品か?」
「はい! 『ルナミス書店・図書カード(金貨半枚分)』です!」
図書カード。またしても異世界らしからぬ単語だが、本一冊が無料で買えるというのは、底辺生活の俺たちにとっては超高額な報酬だ。
「よく頑張ったな。で、これで何を買うつもりなんだ? 料理本か? 魔法の教本か?」
俺が尋ねると、リーザは図書カードを両手で大事そうに握りしめ、キラキラした瞳で答えた。
「買いたい本、ずっと前から決まってるんです! ルナミス書店の片隅にポツンと置かれていた、誰も読まないホコリを被った古い本……『ルチアナ著・ガオガオン完全マニュアル〜これであなたも神のパイロット!〜』です!」
「……は?」
「これさえあれば、ガオンさんのことをもっと深く知って、次の新曲のヒントになると思うんです!」
世界を創った女神が書いた(と思われる)、神の兵器の取扱説明書。
それが、なぜか街の書店の片隅に並んでおり、しかもラジオ体操の景品の図書カードで買えるという、あまりにも杜撰すぎる世界のシステム。
「ルチアナ様……あなた、神様としてちょっと適当すぎませんか?」
呆れる俺の手を引き、リーザは「次は公園の炊き出しです! 急がないと豚汁がなくなっちゃいます!」と元気に走り出した。
朝の清々しい空気の中、俺たちの「タダ活」はまだまだ続く。




