15
「お目覚めですか?おはようございます」
じゃらっと金属同士がぶつかる音がして、アズマさんの意識が戻ったのに気付く。彼女はゆっくり目を開け自分の様子を見て、顔を顰めた。
「……これ、すごいね。ハハ、外してくれるかい?」
「馬鹿言わないでください。外すわけないでしょう」
アズマさんのことは家にあった鎖で体をぐるぐるに巻いて、ダイヤル錠でロックをかけた。手と足は動かしにくい角度に固定して、更に縄で縛り上げた。勿論服の下に隠されていた複数の武器も全部取り上げ、身一つだけにして。
それでもこの人は抜け出してしまうのでは無いかと若干不安だ。
「まさかホノカがハニートラップを覚えているなんてね」
ハニートラップ?頭の中でクマさんのキャラが蜂蜜を求めて狭い木の穴に入り、お尻が詰まって前にも後ろにも進めなくなってしまうシーンを思い出した。あれと何の関係があるんだろう。まあ、この人はいつもよくわからないから、気にすることも無いか。
「ちゃんと言ったじゃないですか。服の中とか確かめてって。レイさんが私に普段武器持たせないタイプだったから、持ってないと思ったんでしょう?あなたとのことがあってから、常に携帯するように言われてるんですよ。やっぱり雑でしたね」
私がそこまで言うと、アズマさんはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「……で?どうしてほしいんだい?」
「どうしてほしいか?」
「降参だ。私はこの状態じゃどうしようも出来ない。何か要求があるんだろう?」
「いえ。別に無いですけど」
「ん?」
私は先ほどアズマさんに使ったスタンガンの電池を取り出して、新しい物に入れ替えた。途中で電池切れにならないように。
「だって、アズマさんの拘束解いたら私を殺すか、逃げ出すかですよね?何か情報聞こうにも、嘘言ってるかどうかも分かんないし」
「嘘は言わないさ」
「ふふ、嘘吐き。……だからね、これからするのはただの仕返しですよ」
スイッチを入れて、きちんと動作することを確かめる。ビビッと電気が流れ、一瞬部屋が明るくなった。
アズマさんがごくりと息を飲む音が聞こえる。
「ホ、ホノカ?私、電気はちょっと苦手というか」
「そうなんですか?へえ、いいこと聞いた。気絶しない程度に出力落としておきますね」
「待った待った待った、いいのかい?そんな非人道的なことして!レイに知られたら、引かれるんじゃ……」
「ご存知ですか?私、人殺しなんですよ。それにレイさんはアズマさんのこと大嫌いだもん。何しても怒りませんよ」
ランタンの明かりの下で、分かりやすくアズマさんの顔色が悪くなる。どんなに暑いところでも汗なんかかかずに涼しい顔をしていたのに、特別暑くも無いこの部屋でダラダラと冷や汗をかいて真っ白だ。よっぽどトラウマなんだろう。私は彼女の目を覗き込んで、ピンと来た。
「たしか、ご両親厳しかったんですよね?悪いことしたら、これでビビーってされてたんですか?かわいそうに」
「あ、ハハ……」
「でも、しょうがないですね。アズマさんが悪いことしたんだから。苦手だって言ってるのに、何度も私の首触って絞めて……。もうご両親もいないから、私が躾けてあげますね」
私はニコリと微笑んでアズマさんにゆっくりとスタンガンを近づける。分かりやすくガタガタと震え出して、怯えた様に体を遠ざけようとする。
「――わ、分かった、分かった!誓う、誓う!嘘は吐かない!誰にも手を出さない!誓う!」
「知りませんよ、そんなの」
「シージーとやりとりするための通信機が、君の弟の部屋にある!」
「え?何でですか?」
「そこを寝ぐらにしていたからだ!」
私は襖で仕切られた隣の部屋に目を向ける。まさか弟の部屋に潜んでいたなんて。
何度か家に寄っていたし、その度に全部の部屋を簡単に掃除していた。それなのに、気付けなかった。
これじゃあレイさんに犯人を探そうなんて言ったところで気付けなかっただろうな。小さく溜息を吐いた。
「……でも通信機見せられたからって、何になるんですか?」
「今日の夜、彼女と落ち合う手筈になっている。君を殺してから」
「じゃあ失敗ですね。お疲れ様でした」
「だから、マズいだろ?!君が生きて出て行ったら、彼女はどういう手段を取るか分からないだろ!レイに執着しているんだ、自分の計画がバレたら、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「無理にでも君を殺すかもしれないし、レイに何かするかもしれない」
「それが出来なかったから、こうなってるのに」
私はクスッと笑って首を傾げる。一歩アズマさんに近寄った。
「心中だって考えられるだろ!それくらい彼女は切羽詰まってるんだ!」
「何でですか?」
「まず、国を出て来たのは彼女の独断だ。私を連れて来たのも、貴重な燃料を使ってここまで来たのも。それでレイを連れ帰れませんでした、となったらどうなると思う?」
「……」
「特に無能に対して厳しい彼らのことだ。シージーは私と同じ扱いをされるかもしれない。それはプライドが高い彼女にとって、耐え難い屈辱だろうね。ここで全て終えてもいいと思うくらいに」
私はしゃがんで、床に寝転がっているアズマさんを見つめる。私の手元と顔に視線を忙しなく動かしていた。
普段より早口で喋る姿から見ても、嘘を吐くほど頭が回っているようには見えない。でもな、結局信用なんて出来ないからな、この人のことは。
「何でシーちゃんはそうまでしてここに来たんでしょうね?」
「知らない、そこまでは聞いていない。……本当だって!信じてくれ!」
いつも飄々としているのに怯える姿がちょっと面白くて、私はスイッチを入れずに先端でアズマさんの肩をツンツンと突いた。声にならない悲鳴を上げ、ガタガタ震え目をギュッと瞑るその姿は普段の彼女からは全く想像出来ない。……ちょっといじめすぎちゃったかな。
私は少し考える。これまでのことを頭でまとめて、そして口を開いた。
「……シーちゃんと二人で話したいな。何考えてるのか、ちゃんと知りたい」
「分かった!じゃあ私がボディガードとして控える!君に手が出せないように!」
「信用ならないなあ……」
「誓うって!君が死んだら首輪を外せるチャンスが少なくなる!私としてもそれは避けたい!」
「本当?」
「本当だとも!」
ベッドに腰掛けて、床に這いつくばるアズマさんを見下ろす。
「……約束ですよ?アズマさん。あなたの首輪、外してあげるから誰にも手を出さないでくださいね?」
私は爪先でツン、とアズマさんの体を軽く蹴る。彼女は何度も必死に頷いて、そしてそれから安堵の溜息を吐いた。
******
ギィっと音を立てて、金属で出来た重い引き戸がガラガラと開く。
「来たよ、アズマ」
鈴が鳴るような、凛として愛らしい声が反響した。
村で唯一の社交場と言ってもいい村民センター。その施設の一つの小規模な体育館で、私たちは落ち合うことになった。アズマさんとシーちゃんはいつもここで会っていたようだ。夜にシーちゃんが出歩いていたことなんて全く気付かなかったから驚いたし、だから朝起きるのがいつも遅かったのか、と納得もした。
シーちゃんは体育館の真ん中に私がポツンと立っているのを認めても表情を変えず、すぐにキョロキョロと周りを見回しながら私の元へ歩を進め、胸元に手を入れた。少し緊張が走る。
「アズマは?」
「殺した」
「そう」
シーちゃんは胸元から端末を取り出した。アズマさんが言っていたように、黒くて小さくて、正方形の。スイッチに指を掛け押そうとしたところで動きが止まり、少し逡巡してから再び服の中へしまいこんだ。
「押さなくていいの?」
「これを作った人間はちょっと変わっていて……。首輪ごとに効果が違うの。だから例えば首輪が爆発する仕組みだったとして、ここにアズマの死体があったら私も巻き込まれてしまうかもしれない」
「それは……怖いね」
彼女はつまらなさそうに周りを眺めた。私とは一向に目が合わない。最近は仲良くなれたと思っていたけれど、やっぱり演技だったのかな。
私は勇気を出して問い掛ける。
「ねえ、シーちゃんはレイさんに子供を産ませたいの?」
「そうだよ。だってそれが幸せだもの」
「幸せ……?」
「レイの代じゃ無理かもしれない。でも、レイの産んだ子供たちがゆくゆくはこの世界を統べるの。この世の全てが私たちのものになるのよ?それって幸せなことでしょ?」
シーちゃんは当たり前のことのようにそう言った。淀みなく説明する姿に、何だか私は悲しくなってしまった。
「……レイさんが、それを望んでいないとしても?」
私がそう聞くと、シーちゃんが憎しみの籠った視線で私を睨む。ありったけの憎悪が内側で燃えたぎっているようなその視線に、私は一歩後ずさった。そのまま彼女は私と距離を詰めてくる。
「うるさい!望んでなくても、それは『幸せ』なことなの!女は子を産み、優秀な子孫を、高貴な血を受け継がせなくてはいけないの!それが存在意義なの!レイもきっと分かってくれるもん!私とレイでは子供を作れないけれど、でも産まれた子供を二人で慈しんで育てていくことは出来る!それは幸せなことじゃないの?!」
ものすごい剣幕でそう言われ、私はあっという間に壁際に追い詰められてしまった。彼女の美しさが、より一層苛烈な激情を際立たせる。圧倒されて、私は息を呑むこともままならない。
でも、でも――
「そっか、シーちゃんは本当にレイさんのことが大好きなんだね」
「…………は?」
「家族に無断でここまで来たんだよね?何でなのかなって不思議だったんだけど……きっと他の人はレイさんのこと無理矢理連れて行こうとしてるんじゃないかな?それが嫌で、せめて自分と両思いになってもらって一緒に帰ろうと思ったんじゃ無いの?違う?」
大きな目を更に大きく見開き、シーちゃんは私を見つめた。一瞬、彼女の中の激情が凪いで、落ち着いたかのように見えた。
でも、それは一瞬だった。すぐに憎々しげに舌を打ち、懐から素早く取り出した何かを振りかぶった。キラッと月明かりできらめいて、私は目を瞑った。
ダンッと音がして、それは壁へ突き立てられる。ナイフだ。首の横スレスレ、壁に刺さったそれは私の髪の束をいくつか断ち、床へハラハラと落ちていった。
「そうだよ、その通り。私は人生を懸けるくらいレイが好き。だからそのためには、ホノカ、あんた邪魔なの」
「シーちゃ……」
「気安く呼ばないで!レイのこと好きなの?違うんでしょ?だったら口出ししないでよ!お願いだから、消えてよ!」
私の髪を乱暴に掴み、引き寄せる。そのまま私を引きずるようにして歩き、開きっぱなしだった器具庫に突き飛ばした。よろけて尻餅をつく私を見下ろし、シーちゃんは吐き捨てるように言う。
「もう私の前に出て来ないで。さよなら」
「待って、シーちゃん――」
引き戸が思い切り閉められ、それから鍵の閉まった音が聞こえる。慌てて力いっぱい引き戸を引いてみてもほんの少しの隙間が開くだけで、チラシくらいしか通りそうに無い。
私は扉を開けるのは諦めて、後ろの窓を見た。頑丈な格子がはめられていて、まるで檻のようだ。思いっきり引っ張って格子が外れないか試してみたけれど、少しも動かなかった。大きな溜息を吐く。
「ハハッざまあないね、ホノカ!」
扉の外から、嬉しそうなアズマさんの声が聞こえてきた。私はうんざりしながらも返事をする。
「開けてくれません?そこ」
「無理だねえ。君に全て持ち物を取り上げられたから。それに、あのスイッチ押すの止めなかったじゃないか」
「止める方がおかしいじゃないですか。それに、ナイフ出されたのに助けにも来ないし」
「ハッ!とにかく、端末も奪えていないし約束は不履行だ。そこで野垂れ死ねばいい。じゃあね」
そして遠ざかっていく足音が聞こえた。
私は溜息を吐いて、埃っぽいマットレスの上に座る。
……結局これは、恋愛の話だったのかな。やっぱり私には口を出す権利は無かったのかもしれない。私がレイさんに惚れていれば、シーちゃんにやめてって言えたのかな。
これから先も私はレイさんに何かある度に、こうやって口を出す権利はもらえないのかな。レイさんの、家族でも恋人でも、親友でも無いから。そんなの嫌だよ、ずっと一緒にいたいと思っているのに。
そもそも恋愛感情って何だろう。恋愛映画はあまり観ないし、少女漫画を読んでもよく分からなかった。
シーちゃんのことは応援したいのに、モヤモヤする感情はレイさんを好きだからじゃないのかな。ただ自分の居場所を脅かされる恐怖からなのかな。
私が恋愛的な意味で好きって言ったら、レイさんはどんな反応するんだろう。そもそも女の子は対象外なんだもんね。年下も嫌みたいだし、冷たくあしらわれちゃうのかな。
……ずっとこのままがいい。名前のない関係でいい、私の歌を聴いて隣で静かに微笑んで、寂しいって言ったら抱きしめてほしいよ。何も変わってほしくない。
だからレイさん、ちゃんと私とずっといたいって言って、シーちゃんのこと断って。
そんな子どもじみたことを考えて、私はマットに寝転ぶ。あと数時間したら夜も明けてしまうのかな。そう思い、大して眠くもないのに無理矢理に目を閉じた。




