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前回に引き続き暴力的なシーンが含まれますので、ご注意ください。
「へ……?こども?」
思ったより間抜けな声が出た。アズマさんはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、私の腹部をしつこく撫でる。その行為に、ゾワゾワと鳥肌が立った。
「名家は『高貴な血』ってやつを維持するために、近親での婚姻を繰り返す傾向があるのさ。まあ遺伝的な問題で今は廃れたけれど。シージーの家は特にそういう思想が強くてね。血統主義というのか、近年でも自分たちと同じ『高貴な血』、若しくは優秀な人間としか血縁関係を持たないよう、徹底していたようだ」
「そ、それでレイさんを……?」
「そうさ。家柄も良くて、優秀だろう?そういった人間と子を成し、優秀な遺伝子を残し一族を復興して、世界を統べようとしてるのさ。全く、高貴な方々は面白いことを考えていらっしゃる」
やれやれ、というように首を振る。
訳が分からない。というより、理解を脳が拒んでいる。そのためにレイさんを連れて帰って、子供を産ませようとしてるの?
「え、え?待って、じゃあシーちゃんはレイさんを好きって言ってるけど、子供産ませるって……」
「おや、知らないのかい?彼女には双子の兄がいるんだ。二卵性だからあまり似てないけれど」
「そういうことじゃなくて!レイさんが好きなのに、自分じゃ無い相手の子供産ませようとしてるんですか?!」
「ハハッ!女同士じゃ孕めないだろう」
ゾゾゾッと背中に悪寒が走った。自分の血が冷たく感じて、暑いのに体がひんやりとする。
シーちゃんって、レイさんが好きだったんじゃないの?そんな、レイさんを道具みたいに扱うために連れ帰ろうだなんて。レイさんを好きって嘘だったのかな。でも、あの目は嘘をついているように思えなかった。
ふと脳裏に、レイさんとしたやりとりが浮かぶ。
『え?だって、好きな相手を傷付けるようなこと……』
『私だったらそうだね。きっとホノカちゃんもそう。でも、シージーは違う』
ああ、そっか。きっと、私の『好き』とシーちゃんの『好き』は違うんだ。言葉の壁とかじゃない、もっと根本的なところから、決定的に私とは違うんだ。
「…………」
「さて、優秀な血を取り込もうとしている彼女たちにとって、私のような存在はどう映ると思う?」
「え?」
「ああ、ホノカ、君でもいい。仮に君が合流出来たのが、彼女たちの一族だったとしよう。どうなると思う?」
私とアズマさんは同列に扱われるんだ。まずそこに驚く。私は彼女のように特殊なスキルは無い。パイロットなんて貴重な人材じゃ無いのか。でも、まあ、そうか。この人の人柄を思えば当然かもしれない。そこで大幅なマイナスが付いて、私と同じくらいの評価になっても当然なのかも。むしろ扱いにくい分、私より評価が下かもしれない。
「今、失礼なことを考えているね?」
「……人として扱ってもらえないんじゃないかな。労働力として扱われそう」
シーちゃんのあの目を思い出す。私をレイさんの家政婦と言った時、シーちゃんは私を人として見ていなかった。彼女がそういった思想なら、きっと家族も同じなんだろう。
私がそう言うと、アズマさんは口元を歪に引き上げて、くつくつと喉の奥で笑い始めた。不気味に笑うその姿を、ただ眺めた。
彼女は私の腹部を撫でていた手を離し、徐に自分の首元に手をやる。それから一気にパーカーのファスナーを下ろし、上半身が露出した。
「正解だよ、ホノカ!」
アズマさんの首には、チョーカーのような物が巻き付いていた。チョーカーといえば可愛らしいけれど、実際は黒い金属で出来ていて厚みがあって、ファッションでつけている物ではないというのが分かる。
「……何ですか?それ」
「首輪だ。主人の命令に背けば、この首輪が作動してお仕置きされる」
「おしおき?」
「死ぬのさ!」
笑いながらその首輪を掴み、思いっきり引っ張る。けれどそれはピッタリ首の皮膚に張り付いているようで、ビクともしなかった。そして諦めて手を離し、アズマさんは珍しく溜息を吐いた。
「まさか私が家畜扱いとはね」
「お似合いですよ、首輪。ワンちゃんみたいで」
「ハハ、どうも」
「……だからシーちゃんに従ってるってことですか?」
「そうさ。全く、好意的にやり取りしていてこんな風に扱われるなんて、騙されたよ。まさかこんなことをされるなんてね」
「私からしたらいい気味ですけど」
そう言うと鼻で笑って、ファスナーを上げる。首元が詰まった服を着ていたのは、隠したかったからなのかな。
そしてアズマさんは私へ向かって言った。
「取引しよう、ホノカ。あのわがまま放題なお姫様を懲らしめようじゃないか」
「アズマさんって、シーちゃんみたいな美人で可愛い子は好きだと思ってました」
「私は老若男女全て好きさ。ただ、こうなったら話は別だ」
口説きはしたんだろうな、と心の中で思い口にはしなかった。だからアズマは胡散臭い、なんて最初シーちゃんは言っていたのか。ふと思い出した。
「いいかい、彼女はホノカが生きていることは予想していなかった。レイを穏便に説得して、連れ出そうとしていたんだ。だが君は生きていて、レイは君と離れるつもりは無かった。君のことが邪魔で仕方ないのさ」
「……無理矢理連れていけばよかったんじゃないですか?」
「あの子と私だけじゃ無理だね。それにレイは君が思っている以上に警戒していたよ。薬すら盛れなかっただろう」
「家に入ってましたよね?その時に入れれば……」
「そもそも手持ちが無いんだ。『惚れ薬』程度じゃあ、ね。こんな事態、予想してなかったのさ」
そう言って笑う。
……もしかしてこの人、自分が助かりたいがために、私が生きている可能性を伏せたんじゃないだろうか。レイさんをすぐ連れていけないようにして、チャンスを作るために。
手持ちが無いなんて言っているけど、あの飛行機に乗せようとした時みたいに強引な手段も取ろうと思えば取れたはずだ。
わざとシーちゃんに出来ないって伝えていたのでは?
「それでホノカを殺そうって彼女が言い出してね。君の方が無防備だし、死ねばレイがここに固執する理由もない」
「え?私?」
「まあ、やめるように言ったさ。ホノカを分かりやすく殺してしまえば、レイは頑なになって付いて来ないだろう、と。実際、あの時もそうだった」
「…………」
シーちゃん、仲良くなれたと思っていたのに、そんなに私のこと邪魔だったんだ。ホノカって名前で呼んでくれて、気安く触れてくれたのに。
悲しくなってきて、なのにそれでもあまり彼女を嫌いになれなかった。一途にレイさんを思うあの目を思い出すと、むしろ納得は出来た。
「だからこんな、回りくどく君を孤立させたんだ」
「はい?」
「例えば急にいなくなったり、自殺したとしても不審では無いように」
「……だから微妙な嫌がらせみたいなことばかり……。あ!シーちゃんに私が記憶失くしてること、アズマさんが言ったんでしょ!」
「そうさ」
レイさんじゃ無かったんだ。
私はこんな状況なのにホッとしてしまった。
そうだ、レイさんが言うわけない。何で私、疑わなかったんだろう。レイさんに言われてアズマさんのこと忘れようとして、思い出さないようにしていたからかもしれない。
レイさんに悪いことしちゃった。チクリ、と胸が痛む。
「効いただろう?ガスライティングってやつさ。徐々に自分も周りも信用出来なくなる」
「…………」
「まあ、もうちょっと慎重だと思っていたよ。そうじゃない辺り、本当に精神的におかしくなってしまったのかい?」
馬鹿にするように、おどけてそう言われた。そんな風に馬鹿にされても、何とも思わなかった。だって、今の自分はおかしくないと思えるから。わざとそんな風に思わされるように仕組まれていたんだ、とむしろ安心している。
「……じゃあ私を殺すんですか?」
「ああ。だから取引さ」
「何を?」
「あのクソお姫様を一緒に殺そう」
サラリとそう言い、首輪をトントンと指で叩く。
「私はこれを外したい。外すには彼女が持っている端末が必要だ」
「端末……?」
「手のひらに乗るくらいのサイズの物だ。薄くて黒くて、正方形の」
「それを取ってくればいいんですか?じゃあ別にシーちゃんを殺す必要ないんじゃ……」
「ん?ああ、君はそれでいい。後は私がやるから」
あまりにも自然にそう言うので、分かりました、と言い掛ける。良いわけがない。
やっぱり、この人は自由にさせてはいけない人だ。首輪が付いてなければ制御出来ない。こんな法も何も無い世界じゃ、自由になんてしておいたらどうするか分からない。
「悩む必要あるかい?シージーは君にとっても邪魔だろう?君の居場所を脅かす存在だ」
「…………」
「プランは考えてある。端末は肌身離さず身に付けているから……」
「やらない」
「は?」
「私はやらない。やりたいならアズマさん一人で勝手にしてください」
「いや、だから、端末が……」
「やらないです。私、シーちゃんの邪魔をしないって約束したもん。第一、こんなのレイさんがちゃんとはっきりすればいいだけの話じゃ無いですか」
「はい?何の話だい?」
私はプイッとアズマさんから顔を背ける。困惑したような声が聞こえてくるけれど、私の気持ちは変わらなかった。
「結局、シーちゃんはレイさんを好きで家に連れて帰りたいだけなんでしょ?それが嫌ならレイさんは断ればいいだけだもん」
「…………」
「無理矢理連れて行くのは無理なんだし、だったら放置でいいじゃないですか。私、シーちゃんの恋する気持ちは応援したいし。アズマさんシーちゃん殺しちゃうんでしょ?そんなの、嫌です」
「…………」
呆気に取られたのか、アズマさんは何も言わない。少しの沈黙の後、呆れたような溜息が聞こえてきた。
「……君、拗ねてるのかい?ホノカ」
「拗ねてない」
「ホノカは犯人じゃないって、レイがすぐ否定しなかったからかい?フフ、君は本当に可愛らしいねぇ……」
「違うってば!というか何でそんなこと知ってるんですか?!」
「で、シージーを殺したくもないと。ふーん……」
ギシ、とベッドが軋む音が聞こえる。上で捻られている手が痺れて痛い。更にキツく上に捻られ、思わず声が出た。
「じゃあここでお別れだホノカ」
アズマさんは自分の背中に手を回し、それから衣擦れと何か金属の音がして真っ黒の銃が現れた。
「片手じゃ首絞めても、ねぇ。怖がる君が可愛かったのに、残念だ」
ゴツッと黒い塊をおでこに当てられる。私はそれを冷静に眺めた。
そして、ふふ、と笑いが漏れてしまう。
「ん?何だい?」
「……アズマさん、雑じゃないですか?前回それで失敗したのに」
私は首をコトリと傾げ、アズマさんを見つめた。
「もしかしたらこの会話レイさんに筒抜けかもしれませんよ?そしたらシーちゃんに伝わって、首輪のおしおきスイッチ、入れられちゃうかも」
「…………」
「ほら、前詳しく私の持ち物チェックしなかったでしょ?そのせいで機体燃やされちゃったじゃないですか」
レイさんと二人であの倉庫に閉じ込められたことを思い出す。あの時、私が持っていたライターを使ってレイさんは機体を燃やした。
アズマさんは覚えているはずだ。自分の対応が雑だったとこぼしたことを。
「いいんですか?私の体、隅々まで調べなくて。ほら、どうせ私の力じゃ上に乗ったアズマさんを突き飛ばせないですよ。服脱がせて、ちゃーんと隅々まで確かめないと駄目ですよ?」
「…………」
スッとアズマさんは目を細めた。その細い目がランタンの光を拾って、鋭く細く輝く。
「いいんだ?ホノカ」
「どうせ死ぬんでしょ?好きにしてください」
「……確かに?」
ニタァッと目を弓形に歪め、口角を上げて笑う。次の瞬間、アズマさんは思いっきり私の首に噛みついた。歯が皮膚に食い込み、裂ける感覚が伝わってくる。鋭い痛みが走って、体が思わず硬直した。
「いっ……」
「ハハ、私と一緒に来ることを拒んだ君が、まさか体を調べてなんておねだりしてくるなんてね」
捻りあげられていた腕が解放される。一気に血が通って、ジンジン痛んだ。アズマさんは舌舐めずりをしながら、私の首にまた手を掛ける。
「楽しもう?ホノカ」
そう言って、一気に首を圧迫される。やばい、両手だからかさっきより力が強い。気道も血管も、容赦なく押し潰される。
苦しい、苦しい、苦しい
歪む視界の中で、リオさんが、ナリタさんが、それぞれ鬼の形相で私の首を絞めている。その表情が、愉悦で染まるアズマさんの顔に重なった。
恐怖で涙が止まらない、でもだめ、このままただ怯えてたら殺されてしまう。
精一杯抵抗しているように見せるため、私の首を絞める彼女の手を掴んだ。震える逆の手で自分の服の下に手を差し込む。そして、目的の物を取り出して、思いっきり彼女の腹部に押し付けた。
私を苦しめるのに夢中だったからか、アズマさんの反応がワンテンポ遅れる。それを取り上げられるより、私がスイッチを入れる方が速かった。
バチンッと弾けるような音がして、アズマさんの体が大きく跳ねる。次の瞬間、彼女の体から一気に力が抜けて、私の上へ倒れ込んできた。
その体を思いっきり突き飛ばして、ベッドの下に落とす。ゴトン、と重く鈍い大きな音がなったけれど、アズマさんは起きなかった。
数秒息を潜めてきちんと気絶したのを確認してから、私はベッドの上に倒れ込んだ。
「はあっ……うう……」
ガタガタ震える体を自分で抱き締める。
大丈夫、大丈夫。もう首は絞められない。今まで私を首を絞めてきた人間は、もうこの世にはいない。アズマさんは、気絶した。大丈夫、大丈夫だから。
レイさんに抱き締められている時の安心感を思い出そうとする。ホッとして眠くなって。
何度もぶつぶつ自分に大丈夫、大丈夫と言い聞かせて、徐々に落ち着いてきた。
一度深呼吸してから、まだ痺れている指で涙を拭う。
それから立ち上がって、床で伸びているアズマさんを力の入らない足で軽く蹴飛ばした。
「お返しですよ。前にスタンガンで私のこと気絶させたの、まだ怒ってますからね」
とりあえず家の中にある物で彼女を縛り上げないと。それに、武器も取り上げなきゃ。
まだ落ち着かない心臓を押さえつけながら、私は何とか一歩踏み出した。




