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それから私たちはガラスの片付けを済ませた。割れた窓はどうしようもないのでそのままだ。あの窓から侵入されたとしても容易には家の中に入れないよう、ドアが開かないように細工もしてみたけれど付け焼き刃だとレイさんは言っていた。他の窓を壊して中に入ればいいだけだから。
そもそも、この家は別に要塞でも何でもない。他者が悪意を持って入って来ようとしたらどうとでもなる。出来るのは監視くらいで、本当に身を守るなら地下のシェルターに籠るしかないと。
私が第三者の存在をしきりに気にしていると、レイさんはまだ分からないよ、不安にならなくて大丈夫、と私を安心させようとする。まるで、お化けを怖がる子供をあやすように。こういう時、レイさんはもっと具体的なことまで踏み込んで話してくれていた気がするのに、今は全然そんな気がしない。まるで私が記憶を無くしていた時と同じ対応だ。うっすらレイさんに対して不満のようなものを覚えてしまっている自分がいる。放置していい問題のはずが無いのに、根拠の無い大丈夫だよ、なんて何の意味があるんだろう。
けれどレイさんと私で情報に差があるのも事実だ。同じような危機感を抱けないのも無理は無い、そう思って私は全てを飲み込んだまま階下へ向かう。
「え、窓が割れてた?」
「シージーは何か知ってる?」
「知らない。どこの部屋?」
「2階の端の部屋だよ」
「ふうん。分からないや。というか、ホノカの方が家にいること多いのに、何も知らないの?」
シーちゃんはブランケットに包まり、ソファで寝転んでいた体を起こしながらそう言う。ローテーブルに置いてある、温かいお茶が入ったカップを手に取って、一口含んで私を見た。
「ううん、それが全然分からなくて」
「へー。嵐の日もあったし、何かぶつかったんじゃない?それか風とか?」
「でも部屋の中にはガラス以外何も落ちてなかったし……」
「ふーん……」
チラッとレイさんに視線を送った後、シーちゃんは私を見る。
「……まあ、うっかり割っちゃった誰かが黙ってるだけかもしれないし」
「え?」
「やめて、シージー」
「冗談だよ。ホノカ嘘は下手そうだし」
そう言って彼女はペロリと舌を出す。少しカチンと来てから、でもこの間の件があるから彼女はそう言うだろうな、とすぐに怒りは萎んだ。それを責めたって仕方が無い。
「私、おかゆが食べたいな、ホノカ」
「あ、うん。分かった。用意するね」
「お願いね」
シーちゃんが笑顔で私にそう頼む。私は椅子に掛けていたエプロンを着けて、キッチンへ向かった。
******
「…………」
全員が寝ているだろう夜明け前の時間に、私はそっとベッドから抜け出す。静かに扉を開けて、足を踏み出す。なるべく足音を立てないように、すり足で。ゆっくりゆっくり足を運び、階下へ降りた。
真っ暗の廊下を歩いて、玄関から外に出る。日中よりも気温はだいぶ低くなっていて、肌にひんやりとした空気が触れた。薄曇りの空は朝の気配を感じるくらいにはぼんやりとした紺色に染まっていて、明かりなしでも歩けるくらいだった。
私は庭へ向かって歩き出す。人工芝を踏みしめるとサクサクとした音が、無音の夜に響く。私はキョロキョロと建物を眺めて、目的の物を探した。
「――あった」
窓の上部に取り付けてある小さな監視カメラを見つける。庭に置いてある椅子を持ってきて、そこへ登ってカメラに触れた。スイッチを切ってから、SDカードを取り出す。すぐに椅子から降り、ウッドデッキに腰掛けてポケットからカードリーダーを取り出した。SDをそのカードリーダーに差し込み、スマホとコードを繋ぐ。上手く読み込めるか不安だったけれど、ファイルを開くと録画らしきものが表示されたのでホッとした。
並んだファイル名には日付が含まれている。日付は連続しておらず、毎日記録が残されているわけでは無かった。人感式と言っていたので、反応があった時のみ記録されているのだろう。
深呼吸をして、中のファイルを開いていく。今日の日付のものだ。洗濯を干している私が写っている。途中で慌てて画面外へ消えて行き、そこで動画は終わった。
そうやって次々ファイルを開いていくけれど、やはり洗濯物を干す私ばかりが写っていて、不審な人物は映っていない。がっかりしてしまった。誰かの姿が映っていると思ったのに。
レイさんは毎日カメラの映像を確認していて、怪しいものが無いことも知っていたのかもしれない。だから誰も映ってないって言ってたのか。
もう一度抜けがないか、一覧と日付を画面をスクロールしてチェックする。
「ん……あれ?」
日付を確認していて、私は気付く。足りない気がする。私は二日前に一度洗濯をしているはずだ。その日の映像が見当たらない。もしかして、消された?
「…………」
センサーが反応しなかったとか、いろいろ理由は考えられるけど、不都合なものが映っていて消されたのかもしれない。あるいは、他の映像を消そうとして、一緒に間違って消してしまったとか。
でも結局証拠は無い。消されたデータを復帰する方法はあるのかな。私にはやり方が分からないし、それに相手に対策されていたら結局データは出て来ないだろう。
悩んだ私は一応ファイルが並ぶ画面のスクリーンショットを撮っておく。そしてレイさんへメッセージを送る。画像は添付せず、2人で話したいことがある、と。
でも2人で話せる時間なんてあるのかな。シーちゃんはレイさんにずっとベッタリだ。日中はまず無理だろう。となると夜なんだけれど、レイさん最近夜どこにいるのか分からないしなあ。
全てを元に戻した後で、私は溜息を吐く。空が淡く朝日の色に染まっていて、もう普段自分が起きる時間が迫っているのが分かる。日中に確認しても良かったけれど、待ち切れなくて起きてしまった。
このままもう着替えて朝の作業を始めてしまおうかな。スッキリさせたくて確認したのに、何だかまだモヤモヤとしたままの気持ちを抱えて、私は立ち上がった。
******
『夜一時に離れのプールサイドで』
そうメッセージが送られてきた。シーちゃんにバレないようにこっそりと部屋を抜け出し、待ち合わせの5分前には着くように向かう。
ガラスドア越しにレイさんが既にいるのが見え、私は慌てて扉を開けた。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ああ、気にしないで。早めに来ただけだから」
私を認識すると、レイさんは吸っていた煙草を灰皿に押し付けて火を消す。別に吸っていてもいいのに。レイさんはプールサイドの椅子では無く、キッチンの側のソファに座っていた。向かい側のソファに座るよう勧められ、私はそこへ座った。
「レイさん、最近ここで寝てるんですか?」
「ううん、ここじゃないよ。それに毎日場所変えてる。まだ諦めずに私のこと探してるみたいだから」
「あ、そうなんですね」
「根性あるよね」
そう言って軽く笑う。以前だったらシージーちゃんの行動をげっそりした顔で迷惑そうにしていたのに、今は笑えるくらい好意的に受け取ってるんだな、と思った。
「…………」
「それで、どうしたの?何かあった?」
「あ、その、窓の件なんですけど……」
「うん」
私はスマホへ画像を表示させ、レイさんへ渡す。スマホを受け取って画面を見つめて、それからすぐに私へ視線を戻した。
「監視カメラの映像の一覧?これがどうしたの?」
「あの、やっぱり誰かいるんじゃないかって気になって、それで確認してみたんです」
「誰もいなかったでしょ?」
「そうなんですけど、でも、私が映ってるはずの日の記録が無いんです」
「ああ、二日前?」
レイさんがそうサラリと言う。気付いてたんだ、少し驚いて一瞬黙る。私の様子を見て、レイさんは笑って立ち上がってキッチンへ向かった。
「紅茶飲む?ハーブティーもあるよ」
「あ、えっと、じゃあお水……」
「火傷まだ痛むの?」
「いえ、冷たいものが飲みたくて」
お湯を沸かす時間だって惜しい。話の続きをしたいのに。そう、とレイさんは返事をして、私用に冷蔵庫から水を出してグラスに注ぎ、テーブルの上に出してくれた。そしてすぐに私に背を向けてお湯を沸かし始めた。
「ちゃんと毎日カメラの記録は確認してるよ。各場所の」
「あ、そうですよね。レイさんがそういうのチェックしないわけないですもんね」
「…………。その日の記録は、間違って消しちゃって」
「え?」
パッと顔を上げる。レイさんはカップを用意し、その中へティーバッグを入れる。その後ろ姿を私はただ眺めた。
「特に何も映ってなかったよ。大丈夫。安心して」
「……え、でも……」
「心配?なら、シージーと一緒に寝る?」
「え?シーちゃん?」
「うん。それなら安心できるかな、って」
冷たい。心の中が、ひやっとした気がした。
グラスを両手で掴んで、その冷たさを上書きしようとする。水滴が付いていて、指が濡れた。
「レイさんは、一緒に寝てくれないの?」
「……やることあるから」
「シーちゃんのこと、信用してないって言ってたのに、私と一緒に寝させるの……?」
レイさんの背中にそう問いかける。どんな表情をしているか分からない。レイさんの考えていることが、分からない。
「でも、私と一緒に寝るのはシージーに悪いと思うんだよね?」
「そうだけど、でも、だからって何でそんなこと言うんですか」
「少しでも不安を和らげたいと思って……それにシージーはホノカちゃんに何かすることは無いと思う」
「何で?この間言ってたことと違くないですか?」
「あくまで目的は私だから。それに……」
「そういうことじゃなくて」
遮ってそう言うと、レイさんは私の方を振り返る。心配そうな表情を浮かべて私の側へ近寄り、しゃがんだ。
「どうしたの?」
「……本当に映像に何も映ってなかったんですか?」
「映ってないよ。大丈夫だよ、安心して。ゆっくり寝てね」
今度はしっかり私の目を見て、レイさんがそう言う。ブレない視線で、はっきりと。嘘を吐いている人の目じゃ無いと思う。安心させたいとか、心配させたくない人の目だ。
だからより一層嘘っぽい。レイさんは、事実を言う時にこんな風に言わない。いつも淡々と、冷静に。問題があるのに、無いなんて言わない。少なくとも、窓が割れていたことは事実だから。
でもきっとこの様子じゃ私がしつこく聞いたところで答えてはくれないだろう。
何だかそんなレイさんにイライラしてしまって、私はソファから勢い良く立ち上がった。
「……分かりました。もういいです。大丈夫です」
「え、ホノカちゃん?」
「おやすみなさい」
そのまま振り返らず、レイさんを置いて真っ直ぐ扉へと歩く。すぐにレイさんが追い付いて私の手を掴んだ。その手を振り払って扉を開けようとすると、後ろから手が伸びてきて開けられないように扉を押さえられた。
「待って、どうしたの?」
「どうもしないです。だって、窓が割れてたのは絶対おかしいのに、レイさん何もしようとしない」
「窓が割れたのはいろんな原因が考えられるよ」
「じゃあ、何?何で割れたの?」
「それは特定できないけど……」
「他に人間がいるのが一番怖いのに、安心してね、怖くないよってそればっかり!何で何もしようとしないんですか?」
「カメラの稼働台数増やしたり、センサー付けたり出来ることはしてる。もし日中怖いならシージーとこっちに一緒来ても……」
私は顔だけ振り向いて、レイさんを睨む。そんな私の表情を見て、レイさんは動揺したように視線を彷徨わせる。思いっきり何か言葉をぶつけたくて口を開いたけれど、結局何も出て来ずに閉じた。
小さく息を吐いて、首を振る。
「……大丈夫です。すみません、急に怒っちゃって」
「ううん。……抱き締めても、いい?」
「…………」
私は視線を床に這わせながら頷いた。
そっと腕を背中に回される。まるで宝物にでも触れるような優しい抱擁は、同時に腫れ物でも触るようなぎこちなさも感じてしまった。どうしてだろう、レイさんに抱き締められたらいつもは安心して眠くなってしまうはずなのに、今日は体を預けることすらしなかった。
ましてや抱き返すことなんて出来なくて、体に触れるその体温だけは変わっていないことを確認して目を閉じた。




