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「レイは昔からあんな感じ。私が好きって言って後ろを追いかけ回してても、子供が何か言ってるなって全然相手にしてくれなかった」
シーちゃんは湯船に浸かりながら、そう話す。せっかく練習したのにレイさんの前では日本語は使わないのか聞いたら、まだちょっと不安で恥ずかしいから私で練習したいんだって。可愛い。私と彼女で共有できる秘密が出来たみたいでちょっと嬉しかった。
ボディソープを泡立てながら、私は無言で話を聞く。
「歳の差がダメって言われたらもうどうしようも無いじゃん。それって永遠に埋まることが無いし」
「……シーちゃんはレイさんのどんなところが好きなの?」
「え?そんなの聞く?逆にレイを好きにならないとかある?」
「うーん……?」
「あんなに優秀で何でも出来て、その上ルックスも良い。家柄も良いし、文句の付けようがない!」
確かにレイさんは頭も良いし運動神経も良い。背も高くて美人だし、道を歩いたらみんな振り返ると思う。でも、だから好きになるかって言われたら、そうなのかなあ。
それにレイさんだって完全無欠なわけではない。音痴だし、泳ぐのは苦手みたいだ。そういうところが可愛らしいと思うけれど、シーちゃん的にはどうなんだろう?
「でも、歌は苦手そうだよね」
「それは構わないわ。私が歌えるもの」
その返答に少し違和感を覚えた。でも単純に相手に歌唱力は求めていないということなのかな、と思った。日本語が母語じゃないシーちゃんが正確なニュアンスを私に伝えるのは難しいだろう。
出来上がった泡を体に擦り付ける。洗いすぎも良くないけれど、一回外に出てしまったし軽くは洗わないと。
「私、レイにダメって言われるなら性別の方かと思った。婚約者もいたし。でも、歳を真っ先に挙げられて断られたじゃない?だから、性別は気にしてないのかなって」
「…………」
「年齢なんて歳をとったらみんな気にしなくなるのに。レイのばか……」
うーん、レイさんみたいな真面目でしっかりした人なら、むしろそういうところはすごく気にすると思うけどなあ。何せ、私に人との距離感を説いてきたくらいだ。絵本まで使って。
もしかしてシーちゃんと私じゃレイさんに対しての印象が違うのかな。それもそうか。人って関係性によって見せる顔も違うよね。
それにシーちゃんの言うように、10歳と20歳だと歳の差は気になるけど、30歳と40歳になったらあまり気にならなくなるかも?
シャワーを掛けて、泡を落とす。シーちゃんは私のその姿をじっと見ていた。
「……ホノカ胸大きいね」
「え?あ、うん、そうかも」
「レイもそういうのが好きなのかな……」
「えっ?!」
シーちゃんがそう言いながら視線を落とし、自分の胸を触る。いや、まあ確かに私と比べたらサイズは違うかもしれないけれど、レイさんってそもそも女性の体に興味無いと思うし。
それに男性のタイプだって知らない。レイさんって婚約者いたって言ってたけど、私はその人のことだってよく知らない。その辺りはシーちゃんの方が詳しいんじゃ無いだろうか。
私は視線を宙に彷徨わせながら答えを探す。
「うーん?私レイさんとそういう話はしないからなあ」
「……私に魅力が無いからレイは子供って言って相手にしてくれないのかもしれない……」
「そ、そんなことないよ!」
「え?」
「シーちゃんはめっちゃ綺麗で可愛くて魅力的だよ!自信持って!」
「ホノカに言われてもな……」
「私人を見る目はあるよ!一途にレイさんを想うシーちゃんは、この世界で一番可愛い!本当に!」
「…………」
浴槽の淵に手をかけて、私はシーちゃんへ顔を近付ける。戸惑ったように私を見つめる自信無さげな彼女は、あんまりにも魅力的だ。滴り落ちる雫さえ、美しく見せるために計算されているのではと思う程。あんなにツンとしていたのに、好きな人に振り向いてもらえないだけでこんなに潮らしくなっちゃうなんて、可愛すぎるだろう。
「大丈夫だよ、レイさんに好きアピール続けていこう!ちゃんと可愛いよ!」
「……本当?」
「うん、本当。そのままで完璧に可愛い。真っ直ぐ好きな人に好きって言えるシーちゃんは、すごく素敵だよ」
「……ありがとう、ホノカ」
そう言って、はにかんだように笑う。上気した頬と濡れた黒髪のコントラスト、いつも私に冷たかった彼女の可愛らしい微笑みに私の胸は撃ち抜かれた。
かわいすぎる!こんなの、みんな好きになっちゃう!
シーちゃんのあまりの愛らしさに悶えていると、彼女は何かを決心したように頷き、立ち上がった。
「よし、レイを私の房中術でメロメロにさせる!」
「房中術?」
「準備しなきゃ、念入りに!先上がるね!」
「うん?うん」
房中術って何だろう。シーちゃんの国のモテテクみたいなものかな。弾む足取りで浴室から出て行く彼女を見送った。私はそのまま湯船に浸かり、顔まで沈む。
……あまりにもシーちゃんが可愛すぎて応援するね、なんて言っちゃったけど、良かったのかな?レイさんは女性が恋愛対象じゃ無いって言ってたし、悲しい結果になっちゃうのかな。というか、レイさんは嫌だったりしないかな。私にそう伝えてあるのにシーちゃんを応援するだなんて、不愉快だったりするかもしれない。でも2人きりにするくらいだったら、別に過度じゃ無いしいいのかな。お願い事も、過度なものは断ればいいし。
とにかく、シーちゃんとちょっと仲良くなれて良かった。これで今日はぐっすり眠れそうだ。
少し苦しくなってきて、水面に顔を出した。洗面所からシーちゃんの気配が無くなったのを確認して、私は湯船から上がった。
******
「…………」
レイさんがげっそりした顔をして朝食を口に運ぶ。目の下には隈が出来ていて、昨晩きちんと寝れなかったことが窺える。
「……何かありました?」
「いや、うん……」
「私、シーちゃん起こしてきましょうか?」
「寝かせておいて」
そう吐き捨てるように言って、レイさんは黙る。それ以上何も言わないので、私も突っ込んで話を聞けなかった。シーちゃんが何かしたのだろう。こんなに疲労困憊するほど、レイさんに何をしたんだ、彼女は。
若干の気まずさを漂わせつつ、私たちは無言で食事を続ける。最後の一口を口に入れる寸前で、バタバタと足音が聞こえてきてシーちゃんがリビングへ駆け込んできた。
淡いピンクの裾の長いキャミソールに、ふわふわのカーディガンを羽織っている彼女は寝起きでもとっても可愛らしい。あれ、でもいつもこんな可愛い寝巻き姿だったっけ?
シーちゃんはレイさんの横に立ち、抗議の声を上げた。
「――レイ!ひどいよ!私のこと気絶させたでしょ!何でそんなことするの!」
「えっ」
まさか、レイさんがシーちゃんに薬を?
アズマさんと一緒にいた時に、偶然鉢合わせた男性を眠らせるために薬品を嗅がせていたのを思い出す。あれのことかな。シーちゃんに使ったの?レイさんがそこまでするなんて。
レイさんは頭を抱え込んだ。大きな溜息を吐いて、顔を上げる。
「あのね、シージー。ああいうことは二度としないで」
「でもレイも途中まで抱きしめてくれてたじゃん!」
「おお……」
そんなイベントが夜に起こっていたなんて。シーちゃんすごい。
私が感嘆の声を上げると、レイさんはギロっと今までに無いくらいキツい視線で私を睨み付けた。思わず体を縮める。何で私睨まれたんだろう……?
「寝ぼけてただけで、他意は無い。夜に人のベッドの中に無断で潜り込んでくるなんて有り得ない。絶対にやめて」
とても低い声でレイさんがそう言う。あ、相当怒っている。怒気を孕んだその声に、何もしていない私が緊張してしまう。
シーちゃんは全然気にしていなさそうで、ケロッとした態度のまま腕を組んでレイさんを見下ろす。
「ふーん?レイ、寝ぼけてたらベッドの中に入ってきた人間にキスしようとするんだ?」
「ええ?!」
思わずまた声を上げてしまった。レイさんに睨まれると思ってすぐに両手で口を覆う。レイさんは私の方は見ずに同じように腕を組んで、シージーちゃんをキツく睨む。
「してないでしょ?!誤解生むようなこと言わないで!」
「あのまま起きなかったらしてたじゃん!」
「あのね、本気で怒るよ?寝ぼけてほぼ意識のない人間を襲うのは犯罪だと思う。撃たれても文句言えないことしてる。次は無いから!」
シーちゃん、夜中レイさんの部屋に忍び込んだのか、大胆!
でもレイさんだったら、怖いとか何とか理由付けて事前に断りを入れておいた方が良かったんじゃ無いかなあ。私の時もそれで一緒に寝てくれたし。何なら、抱きしめてもくれてたような。
……あれ、改めて考えると私たちって結構距離が近かったな。シーちゃんが聞いたら怒るかもしれない。黙っておこう。
レイさんは立ち上がって食器を流しへ置き、そのまま扉へ向かう。慌てて追いかけようとするシーちゃんへ指を指して制止する。
「先に研究所に行く。シージーは後から来て。頭冷やしたい」
そう言った後に私へ視線を寄越す。何か言われるかもしれない、そう思って私は背筋をシャンと伸ばした。
「ごちそうさま。朝ごはん美味しかった」
そして扉を音を立ててバタンと乱暴に閉めた。物に当たるなんて珍しい。
レイさんが出て行ったのを見送ってから、シーちゃんはどさりと椅子へ座る。頬杖をついて、扉の方向に視線を向けながら呟いた。
「照れてるのかな?」
「……あれは怒ってると思うよ」
「えー?レイだって途中まで、すっごくノリノリだったのに!」
「そうなの?」
シーちゃんはクスッと笑って足を組む。キャミソールにしては丈が長く、ワンピースというには丈があまりにも短いので、足がほぼ全て露出していた。カーディガンは羽織っているけれど、胸元が大きく開いているので肌が全部曝け出そう。こんな刺激的な格好でレイさんのベッドの中に入ったんだ、彼女は。
私は何だかドキドキしてしまう。昨日お風呂に一緒に入ったのに、今更何を緊張してるんだろう。
「あのね、夜こっそりレイの部屋に掛かった鍵を開けてね、中に入ったの」
「鍵掛けてたんだ、レイさん」
「でね、レイぐっすり寝てたから、ベッドの中に入って後ろからくっついたのね。そしたら寝返り打ってこっち向いてくれて、そのままギューッて抱きしめてくれたんだよ、へへ」
「そうなんだ」
「私が抱きしめ返して顔を近づけたらね、頬に手を当ててくれて……」
「わー……」
「そこで起きちゃったんだけどさ」
ふぅ、と彼女は息を吐く。彼女は随分機嫌が良さそうだ。それもそうか、今までレイさんからの好意を感じるようなことは無かったのに、抱きしめてくれてもうちょっとでキスまで出来そうだったんだから。
でも、それってどうなんだろう。そこでキス出来たとしても、それってレイさんの意思なのかな。シーちゃんのやることって、ずっと一方的でレイさんの気持ちなんてお構い無しな気がする。レイさんっていつも誰かの気持ちを蔑ろにせず、ちゃんと確認してからいろいろ進めてくれるから、そんなレイさんからしたら彼女のことをどう思うんだろう。今日も朝から怒っていたし、嫌がってると思うんだけどな。
「ねえ、シーちゃんはレイさんに一緒に寝たいって聞いてみたの?」
「え?聞いてないよ」
「どうして?」
「答えがOKなら同じことじゃない。NOだとしてもやることは変わらないわ」
「ん……?」
「レイがどう答えようと、私はしたいことは絶対諦めないもの」
それがどうした?とでも言わんばかりにシーちゃんは私を見つめる。
「レイさんの気持ちは関係無いってこと……?」
「だって、レイは歳下無理って言ってるじゃない。それを尊重してたら恋なんて叶いっこ無いよ」
「それは、そうだけど……」
「ホノカみたいな受け身の良い子ちゃんには分かんないだろうね。私はこうやって欲しいもの全部手に入れてきたもん。嫌って言われて諦めてたら、何も手に入らないよ」
シーちゃんが、愚かな小さい子供を諭すようにそう言う。私は彼女の瞳を覗き込んだ。黒目がちで潤んだ、その瞳を。
「……レイさんのことが、好き?」
「もちろん!ずっと好きだよ!ここまで来たんだから、絶対諦めない!」
燃えるように彼女の瞳が揺れる。ギラギラのその熱に、私は気圧されてしまった。真っ直ぐでキラキラで、直球に自分の気持ちをぶつけられる彼女が眩しい。私はそんな風に自信を持ってレイさんの前に立つことが出来ないから。そんな彼女に私が協力できることって、あるのかな。
「そっか、シーちゃんは一途だね」
「ホノカも私に協力してくれるんでしょ?キッチン使うね」
「え?うん、キッチン?」
「お菓子作るんだ。良い考えでしょ?」
シーちゃんは笑ってそう言う。私は楽しそうにキッチンへ入る彼女を、目を細めて眺めた。




