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残光の箱庭  作者: 米田
2.5章
77/79

3

「無い。シージーが赤ちゃんの頃から知ってるんだよ?せいぜい妹みたいな感じだよ。そんな風に見れない」


 レイさんが手をひらひらと振り、顔をシージーちゃんから背けながら冷たく言い放った。こんな美少女にあんな風に思いの丈を伝えられて、そんな風にバッサリ断ることがあるんだろうか。恋愛対象に女性は入っていなくても、私だったら嬉しくてちょっとニヤニヤしちゃうけどな。えー、どうしようかな、なんて言って。だって、規格外に可愛くて美人だもん。誰だって嫌な気持ちにはならないんじゃ無いかな。それとも、気の無い人から向けられる好意は誰からでも迷惑なのかな。


 シージーちゃんは一瞬、傷付いたように目をピクリと動かした。けれどそれは本当に一瞬で、すぐにケロリとした態度に切り替わる。


「いいもん、別に今はそれで。一緒に暮らしていくうちに私のこと好きになってくれれば大丈夫!自信あるし!」

「いや、多分未来永劫無いと思うけど……」

「絶対なんて、ある?無いでしょ?その内、レイが私のこと好きで好きで堪らないって縋ってくるようになるから!そしたら、一緒にあっちに帰ろう?ね?」


 シージーちゃんに縋る、レイさん?


 ――壁にシージーちゃんを押し付けて、レイさんがそこに体を重ねる。自分より身長の低いシージーちゃんの顎を指先で掬って、上を向かせた。彼女の潤んだ瞳に、レイさんが映される。


「……シージー、好きだよ」

「レイ……」


 そして2人の唇は重なり合って――


 みたいなシーンを脳内で想像してしまい、私は胸のときめきを抑えられなかった。

 いけない!いくら2人のビジュアルが極上だからって、こんな風に妄想しては!でもでもでも、もしそういう展開が実際に今後繰り広げられるのであれば、是非ともカメラマンとして参加させて欲しい!


 妄想の中で愛おしそうに彼女を見つめていたレイさんは、現実では少しうんざりした表情を浮かべ、頬杖をついて溜息を吐く。朝から一体何回溜息を吐いてるんだろう。


「いや、これに限っては覆らないよ。年下すぎるし、子供にしか見えないって。マジで、無い」

「たった11個でしょ?大して変わらないじゃん。ねえ、私だって大人になったんだよ?もう18だよ?確かめてくれたっていいよ?」


 後半は猫撫で声で主張するシージーちゃんを前に、レイさんは頭痛でもするのかこめかみを抑えながら、ストップというように逆の手の平を突きつける。


「あのね、11個離れてたらもう恋愛対象には見れないから。この歳になってはっきり分かるけど、社会人をやってる奴が桁が違う歳の子や学生に手を出すって、本当に、本当に信じられないの!軽蔑の対象!」


 うーん、そうなのかな。そういう人たちってたくさんいると思うけど。私は社会人として生活したことは無いから、そういう感覚は育ってないのかもしれない。あ、でも確かに中学生と付き合ってる同級生がいたら、ちょっとどうなのかな、と思う。レイさんが言いたいのは、そういうことなのかな?


 シージーちゃんはムッとした表情で唇を尖らせながらレイさんへ問いかける。


「30歳と24歳は?」

「……うーん……無い寄りだけど、ギリギリ?」

「34と28は?」

「まあ……アリじゃない?」

「じゃあ、18と29だってアリじゃん!6年後、24と35だよ?!」

「無いでしょ!!2年目に手を出す管理職なんて!ありえない!!」

「レイ頭固い!もうそんなの気にするような世の中じゃないよ!」

「染みついた価値観は抜けない!無理なもんは無理!」

「じゃあこいつはいいわけ?!いくつ?!」


 バチッとシージーちゃんと目が合う。うるっとした黒い瞳に睨みつけられながら、それでも魅力的で目が離せず、素直に答える。


「に、21……」

「21?にじゅういちぃ?!こんな薄ぼんやりとした奴が?!年下かと思った!」

「ちょっと、シージー……」

「でも21と29は8個も離れてるよ?いいのレイ?」

「いや、まだ28だし……それにホノカちゃんとはそういう関係では無いって……」

「そうだよ、シージーちゃん」


 困り果てたレイさんに助け舟を出すように私はそう言う。シージーちゃんは顔をレイさんに向けたまま、冷たい視線を私へ寄越す。


「私、レイさんに恋愛対象外って振られてるんだ」

「…………」


 これくらいの情報なら伝えても差し支えないだろう。女性が恋愛対象外って言われてるってことは、振られたも同然だし。

 レイさんは黙ったまま何も言わない。眉間を指で摘んで、目を瞑って難しい顔をしている。かと思えば腕を組んで天井を見上げた。それを見てシージーちゃんはフン、と鼻を鳴らした。


「ふーん。そりゃあ、そうでしょうね。寝癖付けて、よだれの跡までついた奴なんて」

「え、うそ?!」


 私は慌てて口を拭う。レイさんは嗜めるように、シージー、と名前を呼んだ。


「朝早くに無理矢理起こして対応してもらってるんだから、身支度整わないに決まってるでしょ」

「私なら、そんなことにはならない」

「ちょっと私、洗面所に行ってきますね……」

「よだれは付いてないよ。安心して」


 レイさんが私に日本語でそう言い、寝癖は付いてたんだ!と恥ずかしくなって慌てて洗面所へ駆け込んだ。鏡で自分の髪を確認して、跡が付いた前髪と重力に逆らって跳ねている頭頂部の髪を押さえつける。というか、私パジャマだった。着替えなきゃ。

 確かに、こんな世界でも完璧に可愛いシージーちゃんからしたら、寝癖付けてパジャマで出て来るような私なんて、間抜けだよなあ。


 ダラダラと着替えながら、ぼんやりと小窓から差し込む淡い光を眺め、考える。

 ……シージーちゃんがレイさんを好きでここまで追いかけて来たのは分かったけれど、本当に1人で海を渡って来たのかな。それってすごく無謀じゃないのかな。そもそも、かなりの箱入り娘っぽいのに、ご両親がそれを許したのかなあ。

 もしかして誰にも言わずにここまで来たとか?!彼女、情熱的だしそれもあるかも。

 でも、何だかそれだけじゃない気がする。レイさんを好きなのは嘘じゃないと思うけれど、本当のことを全て話している感じもしない。

 それでも、妹分のような子が現れて、しかもあんなに可愛くて綺麗な子で私は嬉しい。人見知りだからなのか、レイさんと一緒に暮らしていることに嫉妬しているからか、ちょっと敵意を向けられている気がしないでもないけれど、これから仲良く楽しく過ごしていければいいな。あーんな可愛い子に、慕われたらと思うと、それだけで頬が緩んでくる。ちょっと余所余所しい人がいると、仲良くなるぞと燃えるタイプなんだ、私は。

 よし、と気合を入れて、手で押さえても直らない前髪からまず整えることに決めた。



******




「こんな不味いご飯食べられない。いらない」


 ガシャン、と音を立てて、シージーちゃんがお皿の上に箸を投げ出した。そのままツン、と横を向いて腕を組む。その様子を見て、レイさんが眉を顰める。私は慌ててシージーちゃんへ声をかける。


「ごめんね、苦手なものがあったかな?それに、いつも食べてる味付けと違ってきっと慣れないよね。どんなものが好きか、教えてもらえる?」


 笑顔を浮かべて私がそう聞くと、チッと舌打ちをしてシージーちゃんが私を一瞥する。


「あんたが作ったもの以外」

「シージー」


 嗜めるようにレイさんが名前を呼ぶと、彼女は私には分からない言語で何かをレイさんに訴えた。それにレイさんは首を振って、英語で答えた。


「シージー、一緒に暮らしていくならリスペクトを欠くのは頂けない。それに、話すなら英語で。ルールは守らないと。分かった?」


 そう言われ、彼女の表情が曇る。


「レイ、久々に会ったのにお説教ばっかり!どうして私との再会をもっと喜んでくれないの?こんな世界でまた会えたんだよ?奇跡だと思わないの?私に会えて嬉しくなかった?」


 シージーちゃんがそう言い、大きな目からポロリと涙を流した。私はギョッとして、何かできることはないかと辺りをオロオロと見回し、ティッシュBOXをそっと差し出したが見事に無視をされた。もうこうなれば、ただ2人を見守るしかない。居心地が悪い感じがして、モゾモゾと座り直し、あまりジッと見ているのもな、と思って視線を観葉植物に向けた。

 レイさんは彼女の涙を見ても少しも動揺しなかった。毅然とした態度で、でも柔らかく諭す。


「嬉しいし喜んでる。でも、シージーの態度、どうかと思うよ。私の知ってるシージーは、人見知りでも相手への敬意はきちんと払ってたと思うんだけど」

「この女のどこに敬意を払えばいいわけ?初対面で、何の魅力も感じなくて、なのにレイと一緒に住んでる、この女!」

「シージー!」


 レイさんが少しキツめに名前を呼んだ。するとシージーちゃんは立ち上がって私へとベッと舌を出して、そのまま扉を乱暴に閉めて部屋から出て行ってしまった。

 その後ろ姿をレイさんは大きな、大きな溜息を吐いて見送った。そして正面を向いて頭をガシガシと掻く。追いかけはしないんだな、と思った。きっと彼女はそれを望んでいるだろうに。

 乱れた髪のまま、レイさんはボソッと呟く。


「疲れた……」

「お疲れ様です」

「本当にごめん。何でだろう、昔はあそこまでじゃなかったんだけど……」

「レイさんのことが大好きなんですねえ」

「うーん……」


 そう唸りながら、レイさんは朝食を口に運ぶ。

 鶏が来てから、料理のレパートリーが格段に増えた。卵って本当にありがたい。エッグベネディクトなんてオシャレなご飯、食べられるようになるなんて思わなかった。おじさんにその部分は感謝しないと。

 私はパンを千切って口の中へ放り込んだ。


「私は全然大丈夫ですよ。猫ちゃんって、最初は警戒してシャーシャーいう子も多いですけど、慣れてきたらお膝で寝てくれる子もいるんですよ。シージーちゃん猫っぽいし、最後には私の膝枕で寝てくれるくらい仲良くなります。任せてください」


 ニコッと笑ってそう言うと、レイさんは溜息を吐いて頭を抱えて、人たらし、と小さく呟いた。


「それより、今後どうするんですか?ワクチン欲しいのかな、シージーちゃん」

「え、ああ……シージーの家族には元々渡そうと思ってたんだ。開発に協力してもらったし。まあ、私を信用してないから出来上がるまで待たずに疎開したんだけど」


 レイさんは肩をすくめる。何て返事をしたらいいか分からなくて、私は黙った。


「ただ、渡せる本数にも限りがあるでしょ?だから、あっちでシージーが作れるように、一通り教えようかなって」

「わ、何か難しそう」

「そうだね。ただ彼女は賢いから、技術は持ち帰れると思う。時間は少しかかるかもしれないけど……」

「…………」


 レイさんの技術や知識を渡せるくらい優秀な子なんだ。すごいなあ。私だって研究所に入ることはあるけど、別に薬のことなんて教えてもらったことはない。必要最低限くらいで、ワクチンの作り方なんて分からない。

 ただ、レイさんはそれでいいのかな。ワクチンのことを教えてしまえば、シージーちゃんたちのグループが優勢になって争いも起きてしまいそうだけれど。せっかく作った自分のワクチンが、そういった争いの種になるのは嫌だって言ってたような。


 私の顔を見てレイさんはすぐに視線を外した。私も特に話を深掘りしようとは思わなかった。ワクチンを作ったのはレイさんだ。本人がしたいようにするのが一番だと思う。恩に報いたいというシンプルな話で、その先をどうするのかはシージーちゃん次第だ。レイさんの責任では無い、と私は思うけれど。


 カップの紅茶に口を付ける。同じようにレイさんもカップを持ち上げた。


「まあ、でもあの態度を改められないなら、長く暮らすのは無理かな」

「え?追い出しちゃうんですか?」

「うん」

「……私なら大丈夫ですよ?実家にいた時に比べたら、全然」


 そうヘラッと笑って言うと、レイさんは視線をカップに向けたまま首を振った。そして中身を煽る。あ、また自分を雑に扱っちゃったかな。怒られたような気分になって、何も言えなくなる。

 コーヒーを飲み干したレイさんは立ち上がった。


「私が不愉快だから。ご馳走様。ポーチドエッグ、難しいのによくできたね。今日のご飯もとっても美味しかったよ」

「あ、お粗末様でした……」

「シージー探してくるね。そのまま研究所行くから」

「分かりました」


 そう言いながら食器を片付け、レイさんはリビングから出て行った。

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