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レイさんはずっと私の反応を窺っている。気まずそうに視線を彷徨かせたり、私とシージーちゃんを交互に見て落ち着かない。
別に私のことは気にしなくて良いのにな。
「私を探しにここまで来たみたい。しばらく家に置いても良いかな。その、あんなこと言っておいてなんだけど……。勿論、嫌なら嫌って言ってくれて大丈夫。他にも過ごせるところはあるし」
あんなこと、と言うのは叔父さんの件だろうか。私と2人で暮らして行きたいから、外部から人は入れたくないと確か言っていた。それなのに自分が引き入れてしまうことを気にしているんだろう。
真面目だな、と思って、それから顔に笑顔を浮かべる。
「こんな可愛い子、全然構いませんよ!えっと、英語でも大丈夫かな」
ナリタさんやリカコさんはかなり年上だったし、アズマさんだって私と年齢は10歳以上は離れていただろう。自分と同じくらいの年齢の可愛い女の子と一緒に暮らせるなんて、正直とっても嬉しかった。
「通じるよ。というか、さっきまで英語でやり取りしてたんだけど……」
「こんにちは!私ホノカです。よろしくね」
「…………」
慣れない英語で話しかけるが、完璧に無視されてしまった。シージーちゃんは私をいないものとしているようで、レイさんの腕に自分の両腕を巻き付けながら甘えた声で話しかける。内容は分からない。
うーん、練習しているけれど、私の英語が下手で伝わらなかったかな。ただ2人のやり取りを見守った。ただ2人で並んで喋っているだけなのに、映画のワンシーンみたい。何て絵になる2人なんだろう。
レイさんは私へ遠慮がちな視線を向けながら、小さく息を吐く。
「とりあえず中で詳しく説明してもいいかな?」
「あ、そうですね」
そう言って、私は扉を大きく開いて、中へ2人を招き入れた。
キョロキョロしながら家に入るシージーちゃんは、片時もレイさんの腕から離れない。慣れない場所で不安なのかな。それもそうか。
シージーちゃんをダイニングへ案内し、椅子に座らせる。キッチンで飲み物でも準備しようとすると、レイさんが私の隣へ立った。
「あの、ごめんね。あの子ちょっと人見知りなんだけど、それ以上に態度が悪くて。私には懐いてたからあんな感じだけど……」
「いえ、全然。私は嬉しいですよ。たまにはちょっと賑やかになるのも。年下かな?それくらいの女の子と暮らすことって無かったので。……ナリタさんとリカコさんも最後はあんな感じになっちゃったけど、パーティーとか楽しかったし」
「……そうだね」
レイさんはフッと遠くを見るような目をする。あまりナリタさん達の話はしないようにしていたけれど、レイさんはどう感じていたのだろう。少し時間が経ったから、思い出話もできるようになったかな。
お湯が沸いた音がして、3人分の飲み物を用意して席に着く。シージーちゃんはレイさんが隣に座ることを求め、レイさんも特に拒否せずに並んで座った。
対面で座る私は、この顔面国宝を並べて一画面に収められる幸福を噛み締めた。
「英語でいいかな、ホノカちゃん。シージーに分からないように話すのは気が引けるし」
「あ、はい。大丈夫ですよ。拙くて伝わらなかったらごめんなさい」
「フォローするし気にしないで。……でシージー。シージーも英語で話すんだよ」
レイさんがそう言語を切り替えて話しかける。彼女は片方の眉を吊り上げて何か言いたそうにしたけれど、渋々肯定の返事をした。それを見てやれやれ、と言うように肩をすくめてからレイさんはカップに口を付ける。
「……この間のことがあってから、村の警備システムを再稼働したんだ」
この間というのは、アズマさんのことを指しているのだろう。そこまでぼんやりしたワードで話すということは、やっぱりレイさんアズマさんのこと話したくないんだろうな。うっかり出さないように、気を付けないと。
警備システムというのは、レイさんがこの村に来る前、弟のリオさんが村のリーダーとして奮闘していた時に、この村に物資目当てで侵入してくる他所の人間がいるんじゃないかと警戒して導入されたものだ。実際人なんて滅多に訪れないし、電力の無駄ということで私たち二人で暮らすようになってからは使っていなかった。
「あ、そうなんですか?」
「私の潜伏場所が割れたって言ってたし、ここにまた誰か来るんじゃないかと思って。で、それにシージーが引っ掛かって……」
チラリとレイさんが彼女へ視線を向ける。レイさんと目が合うと、彼女はパアッとダイヤよりも美しい輝きを放って笑った。
か、可愛い!美人の愛くるしい笑顔ってなんて破壊力なの!
レイさんはそれを軽く受け流し、話を続けた。
「……私とシージーは、小さな頃から知り合いなんだ。えー、まあ、うーん親同士が仲が良かったというか……」
「私とレイの一族は代々交流があるの。ビジネスにおいてもパートナーのような役割を果たしていたし。だから私たちは昔から仲が良いのよね?レイ」
綺麗なクイーンズイングリッシュだ。レイさんの癖が少ない英語ともまた違う。一族、という単語が出てきたので、とっても由緒ある家系のお嬢様なのかな、と思った。そこと縁があるって、レイさんもかなりの家柄なんだろう。まあ、そうだろうな。お金持ちエピソードが一線を画しているし、この家だっていろいろ規格外だ。
そういえばレイさんって、家族の話とかって軽くはしてくれるけど、詳細なことは話してくれたことがない。例えば、そう、お父様がどんなお仕事をしていたとか、家柄の話とか。
レイさん本人がお高くとまっているところもないし、たまに私を驚かせたり笑わせたりするためにお金持ちエピソードを軽く入れてくるくらいだ。普通に暮らしていたら、お嬢様だなんて全然分からないや。
シージーちゃんの話を聞きながら、レイさんは居心地悪そうに椅子に座り直す。
「まあ、うん、そんな感じ。で、私がここに来る前、拠点を変えながらワクチンを作っていた時に支援してくれたのがシージーの家族で、場所や物資を提供してくれたんだ。そのおかげで完成させることが出来たんだけど、その前にシージーたちは疎開してたから結局完成したものは渡せずじまいで……」
「パパもママも、お祖父様もレイがワクチンを完成させるって信じてなかったのよ!最低よね!私は最後まで残るって言ったのに、担いで連れて行かれてしまったの!それでシェルターに篭ろうって!本当、信じられない!だからこんなことになってるのに!」
「……こんなこと?」
「…………」
「こんなことって何?シージー」
私が質問しても無視されてしまうので、レイさんが聞き直す。するとニコッと笑って、シージーちゃんは口を開いた。
「レイは作り上げたんでしょ?完璧なワクチン。生きてるって信じて、ずっと探してたの!会えて嬉しい!」
微妙に問いと答えがずれている気がする。それに、レイさんが生きてて、ここにいるってことがバレたんだ。ってことはアズマさんがシージーちゃんのいる団体と合流したってことだ。あの人、無事に辿り着けたんだ。運がいい人だな、なんて思って溜息を吐く。
「……一応聞くけど、誰に私の居場所を聞いたの?」
「アズマよ。知らない?一緒に過ごしたって聞いてたけど」
それを聞いて、レイさんは背もたれに体を預け、大袈裟に天井を仰いだ。聞きたく無かったんだろうな。聞かなくちゃいけない話だろうけど。
「ねえ、どうしてアズマと一緒にこっちへ来なかったの?レイのこと待ってたのに」
「あんな胡散臭いやつと一緒に行くわけがない!それにまさか行く先の団体が、シージーたちのところだったなんて」
「ああ、まあ、アズマはかなり胡散臭いね……」
私は2人の話を黙って聞く。どうしてシージーちゃんたちは身元を明かしてレイさんを探さなかったんだろう?最初からシージーちゃんたちが生きていることが分かったら、レイさんは合流したのかもしれないのに。
いや、でも多分しなかったんだろうな。ワクチンの問題がある限り、レイさんがどこかの団体に所属することは無いと思う。
そしてシージーちゃんはアズマさんと直接喋ったんだ。初対面の時から、キザな台詞を吐いてセクハラを繰り返していたことを思い出す。シージーちゃんにもあの人はあんな感じだったんだろうか。人によって態度を変える人じゃなさそうだけど。シージーちゃんはこんなに美人で可愛いし、セクハラをしないわけがない。
レイさんはアズマさんのことを思い出したのか、かなりうんざりした顔でこめかみを押さえる。シージーちゃんはそんなレイさんのことを特に気にせず、話を続けた。
「でもほら!私がいるって分かったから、もう安心だね!一緒にあっちで暮らそう、レイ!」
キラキラした瞳をレイさんへ真っ直ぐ向けて、シージーちゃんがそう言う。眩しすぎて、目が痛い。私は手で影を作りながら2人を眺めた。
レイさんは腕を組んだまま難しい顔をして、ハア、と溜息を吐く。
「行かないよ。というかシージー1人で来たの?どうやって?」
「……船で、1人で来たよ」
「操舵できたの?だとしても、たった1人で?それに私たち3人であっちに帰るの?船で?」
3人、と言った瞬間にシージーちゃんの眉が吊り上がった。ムッとした顔でレイさんを見る。
「何で?!レイ、『2人で』帰るんだよ!あっちに帰った方が絶対良いよ!普通に暮らせるもん!こんな茶色と緑だらけの田舎じゃつまんないでしょ?私のパパとママも、お兄ちゃんもお爺ちゃんも、みんないるよ!」
「だから、行かないって……」
再度大きな溜息を吐いて、レイさんが足を組み替える。返答を受けてシージーちゃんは更に顔を険しくし、視線をレイさんに向けたまま私を指差した。
「この女でしょ!レイ、この女が好きなんだ!こいつに絆されてるんでしょ!!」
「なっ……?!」
「はい?」
「だから一緒に帰ってくれないんだ!それ以外の理由無いじゃない!」
レイさんは動揺して視線をしどろもどろさせ、私は口をポカンと開けてシージーちゃんを見つめた。
確かに、私とレイさんは好き同士だ。思いはお互い口に出して確認しあっている。でもそれはLIKEであって、LOVEではない。それにレイさん自身が恋愛対象は女性ではないと、過去はっきり言っている。私たちはそういう関係では無いんだ、とそう伝えようとして、口を噤んだ。恋愛対象なんてセンシティブなこと、私から軽々しく言っていいものなのかな。それに、シージーちゃんは私の話をあまり聞く気は無いようだし。
どうしよう、と2人でオロオロしていると、彼女は眉間に皺を寄せて更にヒートアップして叫んだ。
「何でこんな気の抜けたどこにでもいそうな女がいいの?!私の方が可愛くて綺麗で賢いのに!!ベッドの中でもレイのことを満足させる自信あるよ!私にしなよ!一緒に帰ろう!!」
「マジで何言ってんの?!一旦落ち着いてくれない?!」
レイさんが顔を真っ赤にしてそう言い、シージーちゃんが納得いかないようでそれに噛み付く。その2人の賑やかなやり取りを、私はただボケッと眺めていた。いつも冷静なレイさんが、こんな風に声を出してやり取りをするなんて、なかなか無い光景だ。
「――だから!そういう話じゃ無いって!何でそこに戻んの!」
「じゃあ何で一緒に来てくれないの?!レイ!」
「……シージーちゃんは、どうしてそんなにレイさんと一緒に暮らしたいの?」
私がそう聞くと、ギッと音がなりそうなくらい鋭い視線で射抜かれた。思わず、居住いを正す。そして、また彼女はレイさんへ視線を向けて、今度は切実な、見るもの全てに憐憫を感じさせるような、切ない表情を浮かべた。そして、愛らしいさくらんぼの様な唇を震わせながら開く。
「――レイのことが、好きなの。ずっと前から好きだった」
黒目がちなその瞳が潤む。鈴の音のようなその声で、少女として完璧に可愛らしく、そして真に迫る告白の言葉を紡いだ。
その瞬間、私の脳内に一つの問いがポン、と浮かぶ。
もし私とレイさん、どちらかに恋人ができたとしても、これまでのように一緒に生活を送っていけるんだろうか?
私たちは2人でずっと暮らしていくって決めたけれど、この場合でもそれって継続されるの?いや、無理では?ラブラブな2人を目の前にして、他人の私がいるのって、かなり図々しくない?
赤の他人の私なんかじゃなくて、恋人が出来たら恋人と一緒に暮らしていくに決まっているのでは?私の居場所が、恋人によって弾き出されてしまうのではないか。
……もしかしてそうなったら、私とレイさんの生活って終わりなんだろうか。
まるでドラマのワンシーンのような告白を目の前で繰り広げられ、テレビ画面を通して見ているような、どこか他人事のように2人を見つめながらそんなことを考えた。




