第二巻第一部第一章 ユベール公子
一通りの仕事を終えて義父の部屋へ向かった。思えば初めて会った時も義父はベッドの上だったが、
「思ったよりも元気そうですね」
「余命三カ月。と言われたのが半年前でなあ」
当てにならない侍医を見限って、俺が残していた副官エルキュールの”手当て”を受けたら病状が持ち直したらしい。
「病は気からと言いますから」
「そうだな」
「息子のユベールをお義父さんに任せようと思っていたのです」
「こちらで育てると言う事かね」
「ええ」
俺の嫡子ユベールが誕生して、ラシェルの持っていた継承権は息子に移された。オルレアン王家とモーリス=オーエン公爵家の緊張関係はより一層先鋭化した。王に何かあれば公爵家が王位を得ると言う状況には変わりないが、王位に就くのが成人のラシェルであればまだしも、幼子のユベールとなれば官僚たちの付け入る隙が無くなる。
第一王子ルイ・フェルディナン殿下の誕生によりこの緊張状態が解けた訳では無い。今度はうちの息子が命を狙われる危険性もある。
「王都で王子と一緒に、競わせて育てると言う選択肢もあったのでは?」
と義父は言うが、
「息子に継承権が無ければそれでも良いのですが」
息子ユベールの方が年齢は上だが、継承権はフェルディナン殿下の方が上だ。
「二歳違いと言うのが微妙で、ある程度の年齢まではうちの息子の方が何をやっても上でしょう」
うちの息子がよほどポンコツか、あるいは王子殿下が稀代の天才児で無ければ。
「王都で育てばどうしたって王位継承として競わざるを得ない。息子にはこの城の跡継ぎとしての意識を持って育って欲しい訳です」
これは妻のラシェルやヴァネッサ王妃も俺の意見に同意した。ルイ陛下本人は最後まで反対していたが。
「ある程度の年齢になってから引き合わせると言う訳か」
「ええ。取り敢えず十年」
「ではわしはあと十年は死ねない訳だな」
と笑う義父。
「生きる張り合いがある方が長生きできるでしょう」
「違いない」
翌日、家産官僚たちの抵抗で予算が付けられなかった仕事に付いて、現場の意見を聞くために直接出向くことにした。解雇する場合にはそれなりの慰労金を支払う必要がある。
俺が経費削減の対象にしたのは、第一に武器や鎧などの装備品を造る職人である。これまでは自前の戦力を維持するのに必要であったかもしれないが、今後は中央で一括管理する。つまり馘と言うよりは配置換えである。彼らは王都に戻る際に連れ帰る事になった。
それと関連して、俺が集めた兵の半数を南のデスパーニャ辺境伯領へ送り出す。指揮官はアンニバーレ隊長とその副長フィリップだ。目的は領土拡大ではなく、実戦経験を積ませるためだ。王都に戻ったら北のスュドフェライ辺境伯領への派兵も進言する予定だ。彼らの人件費はこちら持ちだが、食料や兵装に関しては向こう持ちである。
次に注目したのが、地元の特産品を限定的に作って売る職人たちである。技術を秘匿し、作成数を限定することで希少価値を付与していたが、これを自由化する。厳密にはギルドを作らせて売り上げの一部を上納させるのだが。これまでのやり方では公爵家は潤うが、王国全体の経済には寄与しない。俺の権限を越える話ではあるが、この改革は王国の経済を潤し、結果として公爵家も得をする。筈だ。
しかしながら最大の無駄は内廷費だ。公爵家の人間が領地に義父一人しかいないのに、その周りに仕える人間が多すぎるのだ。義父の具合が良くなければ、妻と娘も領地に置いて俺一人で王都へ戻る心算であった。その場合には妻と娘の世話をする人間も必要になる。だがこの様子なら息子は義父に任せられそうなので、やはり内廷費は大幅に削る必要があるだろう。
「父様とユベール。男二人だけなら、人員はさほど要りませんね」
と妻も納得してくれた。
「王都住まいがこんなに長引くと思わなかったわ。私だけでも一度戻って人員整理を出来れば良かったのだけれど」
息子が生まれるまで、妻は王位継承権第一位だったのであまり一人歩きはさせられなかった。息子が産まれてからはその世話に追われ。と言う具合で帰国が延び延びになっていたのだ。
「そちらの人員整理は任せる。必要な人材は王都へ戻る時に同行させよう」
「内廷官女と言うのは、本来は妻妾の世話係ですから。婿養子の貴方には無縁の話ですわね」
「そう言うのに興味があったら、自分より身分の高い女性を妻には選ばないよ」
俺は爵位と領地を貰うまでは戦場を渡り歩いていたので女性に縁が無かった。
「そう言えば、陛下が三つ目の選択として良き縁談を挙げていたな」
軍に残って共に覇業を進むか、領地と爵位を貰って隠遁生活を過ごすか。どちらを選んでも妻は自分で探せるからと選択肢から省いたが、
「結局三つ目まで含めて全部手にしたことになりませんか?」
あれ。三番目を選んだら、紹介されたのはオーエン侯爵家の娘であるラシェルだったのか。だとすればどれを選んでも行きつくところは一緒だったことになる。もしかして、あの方は未来を見通せるのではなかろうか。などと考えた事も有る。
選抜され、同行が決まったのは五名。これでも元の人数から四分の一に削減したのだ。辞めていく官女たちはすべて既婚者で半数は子持ち。夫はいずれも城に仕える騎士階級だが、功績に応じて恩給を与え、あるいは夫に男爵位を与える。また男子がいればユベールの遊び相手として召し出すことにした。次代の公爵の最側近に成れる機会なので、辞退する者はいなかった。
公爵領に滞在したのは都合十日。公子ユベールと乳母のワッター伯爵夫人クレール他数名を残す。まだ赤子の娘は同行する事に成った官女が交代で面倒を見ている。
真っ直ぐに王都へ向かうのではなく、俺の個人的な領地であるコーバス子爵領へと向かう。五年前にオーエン侯爵領(当時)へ入った時の道を逆に進む事に成る。街道は五年前よりも整備されて広く、進み易くなっていた。
途上、ミュラ伯爵領にて斧槍使いを十名加える。俺は国軍に斧槍兵を兵種として加えようと企図したが、頓挫した。第一にミュラ家の斧槍が秘伝の技術を必要として量産が出来ないと言う事。第二にその扱いの難しさである。俺も持たせてもらったがとにかく重い。使いこなすには最低でも十年の修行が必要だと言われたが、それも無理はない。
そこで新兵種として採用するに当たってスペックを落とすことにした。具体的には槍の様に突く機能を無くす事だ。つまり斧槍ではなく長戦斧として採用するのである。
軽装の斧兵は非正規兵として用いられていた。主に民間の樵上りが自前の斧を持って参陣するのである。彼らは樵の癖で両手持ちの斧を横に振って使う。なのであまり密集して投入する事が出来ないのだ。それに対して新たな超戦斧兵はその長さを生かして上から下へ振り下ろす。斧部分は片方だけで、反対側にはバランスを取るためにハンマーかピックを採用する。最前線に重装備の槍盾兵を並べて騎兵の突撃を止めて、その背後に配置した超戦斧兵の一撃で仕留めると言う戦術だ。
ミュラ家の斧槍兵はこの新戦術を完成させるための教官として使う予定である。彼らは槍も斧も扱えるのでこの戦術を指揮するのに最適である。
さて久しぶりの我が城であるが、
「前に来た時よりも随分と立派になっているわね」
とラシェル。
「だいぶ手を入れたからね」
俺が貰った時はかなり質素でシンプルな造りだったが、いずれ俺の隠居城として使う予定なので見栄えも、居住性も大幅に改良した。資金は領内の税収だけで賄える範囲に収めている。資材は背後の山から木材と石材が調達可能だ。どちらも売るほど取れるが、今のところは必要量だけ取って、外への販売は行っていない。必要量が満たされたら職人たちの生活の為に販売も視野に入れている。
「私の部屋もあるのでしょうね」
と言われて、
「え、君も此処に住むつもりなの?」
と思わず訊き返してしまった。
「ユベールが成人したら家督を譲って楽隠居。のお心算なのでしょうけれど」
と俺の考えを見抜かれた。そう、少々予定は狂ったが、俺は田舎の隠遁生活を諦めてはいない。息子の成人まであと十年余りの辛抱だ。
「私がお邪魔で無ければ」
俺が隠居後に若い女を囲うとでも思ったのだろうか、
「君がその気なら、大歓迎だよ」
土地のモノが気を利かせて女性を世話しようとして来る。手が付いて、子でも出来れば財産分与に与れるとでも思っているのだろうが、妻が一緒ならその辺の面倒事は避けられる。
「君は息子と一緒に住みたがるだろうとばかり思いこんでいたから」
「ユベールが嫁を取るまでは見る必要があるでしょうけれど、それが済んだらご一緒しますわ」
とラシェルが微笑む。
「嫁姑の諍いは起こしたくありませんから」
そう言う事なら設計を見直そう。俺は現状の予定図面を広げてラシェルの意見を聞いた。
「後は陛下ですね」
ああ、それはその時に考えよう。




