第二巻序章 五年後
ルイ=オーギュスト陛下の御成婚の儀から五年余り。俺は王都で暮らすことを余儀なくされていた。
宮廷の官僚どもが、只一人の公爵である俺を領地で割拠する事を危惧したと言う事もあるが、俺としても主馬頭殿下として軍の再編、すなわち余剰兵力の帰農計画を見届ける必要もあったのだ。
この五年で王領の三都市を結ぶ街道の整備が完了し、それと並行して進められた開拓地に退役兵たちが入植していった。そして王家と公爵家もそれぞれ一男一女に恵まれた。初めに生まれたのは公爵家の長男。続いて王家に一の姫が誕生。そこから一年後に待望の世継ぎ王子が生まれ、それを追うようにして公爵家にも娘が出来た。
第一王女が生まれた時には、うちの息子と娶せようと言う意見が出たが、続いて王子が誕生するとその議論は沈静化した。逆にうちの娘を将来の王妃にしようと言う意見は少なくとも宮廷からは出なかった。官僚たちは俺の権力が強まるのを好まないらしい。
さて五年を経て、ようやく帰国が許された訳だが、それは領国を取り仕切っている先代侯爵が病床にあると知らせを受けたからである。岳父殿はまだ孫の顔を見ていない。故に二人の子供を連れて行くのは確定である。その母親である妻ラシェルは実の父親を見舞うのだから当然として、俺の同行には官僚たちが難色を示した。だが、
「すでに公爵の帰国には余が許しを与えている。反対意見があるならその首を賭けて理由を述べよ」
と陛下が一喝してくれた。
俺の出発に先立って、意見を述べたとされる側近数名が罷免されたが、実際には隠居を申し出ただけらしい。陛下に古くから仕えていた彼らは自分たちが身を引くことで俺と陛下の間に溝を作ろうとしている一部の官僚たちに釘を刺したらしい。諫言も理由があるならば良い。しかし彼らがやっているのは歴史的に見られる武官と文官の派閥抗争に過ぎない。武官の方は軍備縮小と言う形で力を弱められた。今度は文官の番である。王権強化のためには官僚は王の意思を忠実に実行するだけの手駒であるべきなのだ。将来的には官僚達を統御する宰相を置くべきなのだろうが、現状は新王朝の初代であるルイ陛下の親政が最良であろう。
随行する兵は最小限である。国内が安定している事、と同時に王都にある程度の兵を残しておいて俺の影響力を維持するため。国元にも一定数の兵が居るので、兵力を集中させることで無用の警戒を抱かせない事も要点である。
この五年の間に変わったことがもう一つ。俺を皇帝に担ぎ出そうと目論んでいた総主教が亡くなった。レモリアの聖都へ戻ってから一年と経たない頃だった。
公式記録では病死とされているが、
「在任中に辣腕を奮っただけに、守旧派からの反発を買っていたからなあ」
とは兄リシャール司教の談である。
総主教を後ろ盾にしていた甥も聖堂騎士団長の座を追われた。
「これなら慌てて顔を変えなくても良かったのに」
ルテナンことシャルル・ダルタニアン卿がぼやく。
「今からでも戻すかね?」
普通なら彼の上司が付けた仮面は外せないのだが、シャルルの闘気を消す能力の所為で仮面による偽装も無効化できるのだ。
「元上司の行方が不明でして」
前聖騎士団長は聖都を離れた後、いずこかへ姿を消した。北か南の辺境伯領へ傭兵として転がり込むのではないかと想定して網を張っているのだが、今の所該当がない。
「自分の生存を知ったら、何かリアクションがあるのではないかと危惧しています」
自分一人ならどうと言う事も無いが、実家の家族に迷惑はかけられない。
「あの人の消息が知れるまでは、死んだふりを続けたいと思います」
「こちらとしては大歓迎だよ」
帰りの馬車は二台。前の馬車にはまだ乳飲み子の娘を抱いた乳母と妻のラシェル。後ろには俺と間もなく四歳になる息子ユベールが座っている。同名の義父はオーエン家としては三人目だと言うが、この息子が家を継ぐとオーエン家としては四人目、オーエン公爵としては一世になる。
王都と我が居城トラウザー城の間はこの五年間に主要街道として整備されている。街道と言うのは真っ直ぐに作ろうとすると起伏が生まれ、平らにしようとすると曲がりくねる事に成る。王領直轄地に関しては軍の機動性を考慮して真っ直ぐな道にしたが、起伏に関しては削ったり埋めたりして最低限に抑えている。逆に王領を一歩出たらなるべく起伏が無いように地形に合わせて曲がりくねっているが、いくつかの要衝では山を削って直進性を高めたり、山を掘り抜いてトンネルを作って距離を縮めている。と言ってもトンネルの方はまだ建設途上であるが。
侯爵領に入るとすぐにナクァール城が見えてくる。五年前の上洛行の際、当主から爵位を剥奪し、現在当主不在となっている。すぐに戻って来てけりを付けるはずが五年も掛かってしまった。その間は義父が人を送り込んで管理していた。その義父も具合が悪いとなれば、俺が自ら乗り込んで決着を付けなければなる無い。
ナクァール伯家の血統を継ぐ男子は二名。先代テオドールの庶兄エティエンヌと、先代の同名の息子である。息子の方は五年前はまだ七つだった。
俺が馬に乗り換えて単騎ナクァール城へ乗り込もうとすると、後ろから妻が馬に乗って着いてきた。
「君も来るのか?」
「貴方がどうナクァール家を如何に処遇するのか興味があるわ」
俺たち夫婦を出迎えたのは城代を務めていたエティエンヌ卿。その背後には義父が送り込んだ二人の代官が付き従う。補佐役であると同時に監視役でもある。
「この五年の働きについては報告を受けている」
と労って、
「そこで貴卿を俺の直参に取り立てたいと思う」
「は、直参ですか?」
思っていたのと違うと言う表情だ。
「不満か?」
「あ、いえ。この伯爵家は誰が?」
「先代の息子に継がせる」
と言って本人を呼びに行かせる。
この五年間、息子のテオドールは塔に押し込められていた。と見せかけて厳重に警護され入念に教育を受けていた。
実際に会うのは初めてだが、父親と面差しが似ている。十二歳にしては大柄で、まだ細身であるが身長は俺と変わらない。
「片膝を付け」
と言って剣を抜いて平で両肩を叩き騎士への叙任を済ませ、
「貴卿をナクァール伯に叙する」
と宣言する。
甥の晴れ姿を、呆然と見つめる伯父エティエンヌ。
「俺を恨んでいないのか?」
と意地悪く訊くと、
「恨むとすれば、父の愚かさにでしょう」
と答える若き伯爵。
「忠誠の儀式を拒否したなら、閣下が城下を通った時に兵を差し向けて討ち取るくらいの覚悟があってしかるべきなのに」
と過激な意見を述べる。
「まあ、当家の兵を総動員しても、閣下を討ち取れたかどうかは怪しいですが」
「本気で叛逆を起こすなら、王を味方にする必要があるだろうな。それを無しに俺を討ち取っても、陛下は嬉々として最後の大諸侯を潰しにかかるだろうなあ」
「あの陛下ならやりかねないですね」
とラシェルも同意する。
「さてエティエンヌ卿、俺と来るか、それとも城に残るか?」
「非才ながら、お仕えさせて頂きます」
と頭を下げる。残れば命の危険があると判断したのだろう。
昨日まで城代として権力をふるっていた男が、馬に跨って何も持ち出せずに着の身着のままで軍列に加わる事に成った。
「あの男が、先代の伯爵を焚きつけたのでしょう?」
とラシェル。
「それは乗る方が悪いのさ」
この継承問題については俺の独断ではなく国元にいる先代との打ち合わせの結果である。
「エティエンヌ卿は行政官としては有能だが、四天王筆頭のナクァール伯爵家を継がせるには武威が足りない」
まあ行政官としての才覚が無ければ戦犯として処断していたところだ。今後は行政官として仕事をさせていずれは爵位を与えても良いと思っている。
城まであと一日になる集落で、迎えの兵と合流した。
「何かあったか?」
と兵を率いてきたエルキュールに問い質すと、
「いいえ。単に老公のご指示です。五年ぶりの御帰還とご子息の初めての入城ですので、大規模にやろうと言う事らしいです」
「貴方は初めての時もひっそりと入城したから」
とラシェル。
「派手な式典は苦手なんだが」
俺はエルキュールが弾いてきた馬に乗って堂々と入城を果たした。
ラシェルが子供たちを連れて先代を見舞っている間に、俺は溜まっていた書類の処理に当たった。すべて予算が絡む案件である。
執務室には家産官僚たちが勢揃いして俺の決裁を待っている。これは一種の顔見世でもあるのだが、同時に選別を兼ねている。道中で登用したエティエンヌ卿も末席に控えさせた。
俺は書類に目を通して即時決済と保留、そして却下の三種類に分類していく。三分類はほぼ同数だった。
第一分類についてはサインを入れて副官のエルキュールに渡して処理させる。そして第二分類と第三分類に関しては、担当を呼んで修正を命じる。
「いつまでですか?」
と馬鹿な質問をしてくるモノも居て、
「俺の決裁が降りなければ仕事が出来ないのだが、それで構わないのならゆっくりやってくれ」
と言ったら即座に取り掛かった。
修正部分に対して意見を述べてくるモノも居たが、懇切丁寧に説明をしたら大概のモノは納得して引き下がった。受けれなかったモノが数名いたが、その中でも修正案件についてはまとめてエティエンヌ卿へ振った。
最後に残ったのは第三分類の却下案件。担当が再検討を受け入れなかった案件には予算が出ない。現場の担当と直接折衝して不要と判断すれば廃止、そうでない場合には新しい担当を付けて予算案を再提出してもらう。
「納得が行きません」
一人だけ一切の修正を受け入れず、結果として仕事にあぶれた官僚が居た。最古参のベテランでもあったが、
「出入りの商人と結託しての着服。本来ならその首を落として、家財も没収する所だが、長年の功績を考慮して不問に付す。下がって良いぞ」
「待って下さい。せめてご当主に一目会わせて」
「この家の当主は俺だ。隠居した義父の手を汚させたくない」
先代に泣きついても無駄だ。と判らせるために敢えて厳しい口調になる。
「お世話に成りました」
老官僚はそれだけ言って部屋を後にした。
一罰百戒。他の連中も規模は違えど似た様な事をやっていた。これまでの事は不問に付すが、今後は容赦しないと言う事を示す意図があった。
効果は絶大だった様だ。




