第四部第四章 デスパーニャ辺境伯
ルイ陛下の結婚式は滞りなく進行した。
華やかな式典を事細かに描写するのは俺の力では無理だ。総主教がこちらをちらちらと伺っていた事だけ書いておこう。
式典が終わって引き上げようとしたら、
「殿、もうお帰りですか?」
俺の警護役で付いてきていたギヨムが僧服の騎士と話し込んでいた。
「そちらは?」
「聖堂騎士団の団長殿で」
「オリヴィエ・ド・ラフェールと申します」
想像していたよりも若い。俺よりも十歳ぐらい上か。
「実はうちの団員が一人消息不明でして」
と探りを入れてきたので、
「それは心配ですね。それで?」
「不明の団員と言うのは公爵殿の兄上リシャール司教に付けていたので、何か情報があればと」
「なるほど。そう言えば、数日前に屋敷に侵入者がありまして、抵抗したので即座に斬り捨てましたが、死体を確認されますか?」
「リシャール司教に確認は?」
「自分で顔を潰したので。そちらで顔以外の確認が出来るならば?」
「必要ありません。うちの団員がその様な不法行為に関与する筈がありませんので」
「そうですか」
俺は言質を取った上で引き上げた。
シャルル・ダルタニアンが目を覚ましたのはその翌日の事だ。これは偶然ではない。俺が打ち込んだ闘気弾が彼の肉体を拘束していたのだ。
「君は行方不明として処理されるだろう」
ダルタニアンはベッドから体を起こして、
「自分は何故、まだ生かされているのですか?」
と訊いてきた。
「君の経歴を調べて、他人事に思えなくてねえ」
田舎男爵家の三男坊。俺は軍人を志して士官学校へ入ったが、
「聖堂騎士団と言うのは入るのにコネが必要だと聞いたが?」
「叔父が騎士団員で、と言っても会計係だったのですが」
「なるほどね」
「自分も初めは会計として入ったのですが、能力を買われて」
そこでハッとして、
「俺は潜入任務で失敗したことが無かったのですが、どうしてばれたのでしょうか?」
「君の隠形術は完璧だったよ。完璧すぎたと言うべきか」
彼は闘気を消す能力を持っていた。それにより他者から認識されにくくなるのであるが、俺の屋敷には俺の闘気による結界が張られていた。彼はそこへ闘気を消して侵入したために、却って目立ってしまったのだ。
「闘気ですか?」
「今なら判る筈だ」
俺はこの部屋の闘気濃度を上げた。普通の人間なら感じないが、闘気使いなら動きが阻害されるはずだ。
「く、動けない」
計算通り、俺の闘気弾に順応して闘気を身に付け始めている。
「いつもの要領で気配を消してみろ」
とアドバイスすると彼の気配が希薄になる。自身の闘気が消えて、周囲のつまり俺の闘気に同化している。
「前回は俺の闘気も消してしまったから、逆に目立った訳だ」
「それで、自分をどうするつもりですか?」
「君には既に帰る場所がない。君が望むなら俺の下でその能力を使ってもらいたい」
「もはや選択の余地は無いように思えますが?」
「では君の上司を紹介しよう」
俺の背後に控えていた大尉が前に進み出る。
「本名はアルセーヌ・ド・ワッター伯爵だが、キャピテーヌの通称で覚えておいてくれ」
「始めても宜しいですか?」
大尉は用意していた仮面を差し出す。顔の上半分を隠す飾り気のないモノだ。
「君の顔で型を取って成形したのでぴったりと馴染む筈だ」
「目がありませんね」
「心配はいらない。そいつに君の闘気を流せば、その仮面全体が君の眼として機能する。付ける前よりも視野が広がる筈だ。
「なるほど。良く見えます」
とシャルル卿。
「驚いたな。それは私の部下全員に付けさせているものだが、早いモノでも馴染むのに二三日掛かっていたのだが」
と言いながら仮面に指を触れる。仮面に大尉の闘気を流すことで偽装を施すのだ。
「これで完了だ」
シャルルの顔は以前の端正なモノから、平凡な印象に残らないモノへ変わった。
「君には私の下で諜報活動に携わってもらう。故に顔は印象に残らない方が良いのだ」
「彼のコードネームはどうする?」
「中尉と呼びます」
「それは大抜擢だな」
中尉は新たに双剣の扱いを学ぶことになる。以前のシャルル卿は突剣を左手で扱う変則的な剣士だった。通常なら左手で扱うマンゴーシュを右手で逆手持ちしていたので、双剣に持ち替えた後も、利き手の左は普通に持って、右手は逆手で扱うようになった。
双剣自体も通常とは異なり、普通の柄ではなく、指を穴へ差し込むナックル型を選択した。つまり状況によってはそのまま殴りつける事も出来る。そして左右の剣の柄頭を接触させて闘気を込めると、右の刀身が引っ込んで左の刀身が伸びる。左は長剣に変化し、右はそのままナックルガードとして使える。この変則的な武器を扱う事で、中尉は自他ともに認める情報部のナンバー2となった。のだがそれはまたのちの話である。
時間は少しだけ戻る。式典が終わったその日の夕方、俺はもう一人の辺境伯を館に招いた。年齢的には俺よりも一世代上、四十代半ばと言った所か。
デスパーニャ辺境伯領は王国の南方フェニクス山脈の向こう側に位置する。山脈の南に広がるデスパーニャ半島は面積では王国とほぼ同じくらい、と言われるが、人口は三割程度。その三分の一が辺境伯領に居住するが、残りの三分の二は我々とは異なる宗教を信じる異教徒である。
彼らは黄金の三日月を共通の象徴として用いるので、こちら側からの呼称として黄金の三日月教と呼ぶ。偶然なのか意図的なのか、こちら側の銀十字教会も略称はCDとなる。
黄金の三日月教の信徒は半島の向こうに広がる大陸(深緑大陸=ヴェール・フォンセ)の沿岸部にも居住している。正しくは大陸を伝わって半島へと上陸してきた訳だが、山脈を挟んで数百年間両宗教の勢力圏は拮抗している。
辺境伯領と言うのは王国が山脈の向こうに築いた橋頭保である。辺境伯が任じられた当時は、
「異教徒を駆逐せよ」
と言う宗教的熱狂が存在し、この聖戦に参加すれば罪が許される的な煽りもあったらしい。死刑の代わりに辺境伯領へ送られた犯罪者も多数いたと記録されている。
「ご挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます」
デスパーニャ辺境伯は俺より先に妻のラシェルに挨拶した。オーエン侯爵領はフェニクス山脈の北側まで領有しているので辺境伯とはお隣さんである。
「先代の辺境伯の奥さまは私の祖父の姉に当たる方で」
とラシェルから説明が入る。
「私は閣下と同じく婿養子でして、私の妻が先代の侯爵様の従姉に当たります」
俺は男爵家の三男坊だが、この辺境伯は伯爵家の孫。父は伯爵の次男で、一旗揚げようと山脈を越えて辺境伯に騎士として仕えた。その次男坊が主君の一人娘に見初められての成り上がり。
「先代にはご子息が居たのですが、若くして亡くなられて、私たち夫婦にお鉢が回って来たと言う次第です」
「周りからの嫉妬や羨望なんかは無かったのかい?」
「辺境伯と言うのは強くてなんぼと言う存在なので」
早世した義弟は体が弱くて、義理の兄にあたる彼が陣代として兵をまとめていたので、継承に当たってはすんなりと纏まったらしい。
「先代が隠居をした宣言して爵位を引き継いだのは二年前ですが」
「王国の継承問題がこじれそうなのでうちの父が上洛を止めていたのよ」
そろそろ本題に入ろうか。
「それで、困ったことは無いのかい?」
「彼らとは共存共栄が成立しています。向こうも一枚岩では無いので、強硬派と穏健派が二割前後、大部分が中間派なので、ここ何年かは大きな戦もありません」
「後はこちらからむやみに仕掛けなければ、だな」
今回の上洛の意図はそこにあるのだろう。内乱で王位を得た新王が野心に燃えて兵を動かしたりしないかを見極めに来たのだろう。
「ルイ・オーギュスト陛下は、兵権はマルシャル閣下に委任していると仰せになりましたので」
「辺境伯領に危険があるならいつでも援軍を送るけれど、こちらから無理に戦争を仕掛けるつもりは俺には無いよ」
「それを聞いて安心しました」
百年前ならいざ知らず、今の辺境伯両軍は歴戦の強者と言うほどでも無いらしい。
「異教徒を相手取る激烈な宗教戦争よりも、異教徒同士の小競り合いを仲裁する方が多いですね」
逆に一致団結されると面倒なので、適度に火種を残す方針の様だ。
「俺はフェニクス山脈の南側へは行った事が無いから」
出来れば自ら足を運びたいところだが、俺が行くと余計な火種を作りかねない。
「連絡係として俺の部下を数名同行させてくれ」
「承知しました」
地勢や気候を調べておくことで、そこで兵を動かすことになった時に不覚を取らない為の布石である。
「噂とは違って慎重な方なのですね」
どんな噂を聞いているのか知らないが、
「俺一人なら、どんな戦場からでも生き残って見せるが。俺の今の地位ではそれでは勝利とは言えないんだよ。面倒な事だがね」
戦わずして敵を屈服させるのが最上の策とすれば、兵をなるべく死なせないように勝つのが上策。自軍の損害を度外視してもなるべく敵を多く倒すのが下策。爵位を持たない頃なら、最も戦果を挙げられる下策もアリだが、爵位を得て家臣を持つ身では味方の損害を減らすのは当然として、勝った後の統治まで考えればなるべく敵も殺さない方が良い。
「敵が異教徒であっても?」
と辺境伯。
「話し合いが通じるなら、敵味方共に被害はなるべく減らした方が良い。下手すればどちらかが全滅するまで戦いが止められないと言う事態もあり得るからな」




