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退役して恩賞でもらった領土で第二の人生を始める心算だったのに  作者: 今谷とーしろー


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第四部第三章 レモリア総主教

「これが半獣人か」

 俺の士官学校時代の同期ランスロ・ド・ルラックは北の地で確かに死んだ。それが半獣人となって蘇ったのだと言う。

 半獣人と言うものが存在すると言う伝説は知っていた。だがそれはベスティアとユマンの混血の可能性を示すものだと思っていたのだが。

 若きスュドフェライ辺境伯の説明をまとめると、ベスティアとユマンの間に子供は生まれるが、その特性は混ざらない。つまりどちらか一方の特性だけを受け継ぐのだと言う。

 角族の父と無尾人の母の間に生まれた子は、男子なら角族となり女子なら無尾人になる。逆に無尾人の父と角族の母(角族の女性は角を有しないが)だと男女問わず無尾人になる。そして両親ともに無尾人であっても、先祖に角族の男子がいると角族の特性を持つ男子が生まれる場合がある。これを先祖返りと呼ぶらしい。

 それに対して牙族の父と無尾人の母の子はすべて牙族になる。無尾人の父と牙族の母の場合には、逆にすべて無尾人になる。牙族には先祖返り現象は確認されていない。

 では牙族と角族の間では。実例が無いので不明だと言う。

 さて本題の半獣人である。ユマンの体型でありながらベスティアの身体能力と高い治癒能力を備えた戦士だと言う。自然発生するものではなく意図的に生み出す存在で、ユマンにベスティアの体液(通常は血液を用いる)を与えると稀に誕生すると言う。但し対象の抵抗力が低下している事が条件で、健康な状態では拒絶反応が起きるだけ。これは死体でも可能だが、切れた手足が生えてくる訳では無いので、体の欠損が無い事が望ましい。

 我が友人ランスロも死の直後にレナードの血液を注がれて復活したのだが、十人に試みて覚醒するのは二人か三人。レナードはこれまでに百人ほど試みて成功したのは七名だと言う。

 半獣人の治癒能力は月齢に左右される。満月の日は最高潮で、切れた手足も切断面を合わせれば接合すると言う。逆に新月の日は治癒能力だけでなく身体能力も並の人間以下になると言う。

 半獣人化にはそれにも増して重大な欠点がある。ユマンの時に備えていた闘気を使えなくなり、記憶や知識も大半が失われる。だから俺は彼を識別できなかったし、向こうも俺を覚えていなかった。

「彼は奇跡的に生前の知識を残していたので、参謀(ベータ)として重用しているのです」

 彼ら獣人は群れの長をアルファと呼称する。その最側近がベータである。ベータはアルファに助言を与えるが、群れの指揮統率には関与しない。アルファの決定に従って群れを実際に率いるのが副長と訳されるガンマである。察するに左隣の双角族がガンマなのだろう。

 双角のガンマの方は普通に肉も食べているが、元人間のベータの方は肉どころか食事には一切手を付けていない。食べられないのか、食べる必要が無いのか。

「彼らの食事は特殊で、外部の人間には見せられないのです」

 それで何となく想像がついた。本来外部の人間と接触する機会の無い、その必要も無いベータをわざわざ同行したと言う点に辺境伯の俺に対する敬意と信頼が感じ取れる。


 もう一人の辺境伯との対面は結婚式の後になった。先に対処しなければならない相手が現れたのである。

「まさか兄さんとこんなところで会うとはねえ」

 サン・ナーブル司教リシャールである。レモリアの総主教がアターリ伯領を通過する際に随行を求められたらしい。

「それで、総主教台下は何をお望みなんですか?」

「皇帝の復活」

 厳密には行程は半島の向こう側に健在で、かつての帝国領の東半分を今なお支配している。レモリア総主教の狙いは空位になった西の皇帝を再興する事だ。

「すでにルイ陛下には断られたが、台下の本命はお前らしい」

 ルイ陛下が皇帝になれば、ダグーン山脈の向こう側にある聖教国領の統治権を得られるが、今の陛下にとってさほど美味しい餌ではない。領土は多少増えるとしても、教会の干渉がうるさい事になる。与える方の教会としては懐が痛むわけでもない。それどころか、現状では僭主が跋扈して実質的な支配権が及んでいるのは聖都レモリアの周辺のみ。要するに皇帝の冠を餌にして領内の平定をさせたいのだ。

 では俺が皇帝に成ったらどうなるか。そもそも王と皇帝のどちらが偉いか。称号そのものに明確な優劣は付けられない。考慮されるのは支配する土地の広さと臣民の数と言う事に成るだろう。今の王国の全土はかつては皇帝の支配地域であったが、それを要求するには力をもってするしかない。

 では戦って勝てるか。条件が対等であれば勝算はある。だがその条件を揃えるのが至難である。皇帝に為ったとしても、集められる兵力は質量ともに王国軍に遠く及ばない。更に前線指揮官も足りない。何よりそこまでしてあの陛下と戦いたいとも思わない。俺にとって戦いとは何かを手に入れるための手段に過ぎない。俺は既に十分すぎるモノを手に入れている。

「俺としては、弟が皇帝に成れば教会ででかい貌が出来る。まあその程度だな」

「兄さんが総主教に成りたいと言うなら、後押ししなくも無いけれど?」

 と訊いたら、

「いや。俺の野望は総主教などと言う小さなものでは収まらない」

「と言うと?」

「東西に分かれた教会を統合し、総大司教になる」

 思わず真顔に成ったら、

「半分冗談だからな」

 半分は本気なのだろうか。

「ともかく、結婚式まではここに置いてくれ」

 と兄さん。

「台下は、俺を通さない限りお前とは接触できないのだから、俺がこの屋敷に籠ってしまえば何も出来ないだろう」

「のんびりとお寛ぎください。お義兄さま」

 妻のラシェルは事情を聴いて快く応対してくれた。

奥様(マダム)は我が弟が皇帝になる事に付いて如何お考えですか?」

「夫が皇帝なら、私は皇后かしら」

 と笑って、

「皇帝は世襲ではないから、後々大変ですわ」

 と婉曲的に反対を表明した。

 オーエン侯爵家は家訓として自ら王になるよりも、王を選ぶ黒幕の立場を選んで生きてきた家だ。自身が継承権第一位にある現状に居心地の悪さを感じてもいる。早く王に世継ぎが生まれて王家との潜在的な確執を解消したいと思っているのだ。

「お義兄さまが総主教を目指すのであれば、助力は惜しみませんけど」

「あまり大きな声では言えませんけどね」

 まだ若輩の身で現総主教に近付き過ぎると、今は良くても代替わりの時に干される可能性が高い。

「実家の後ろ盾があれば別。でしょう?」

 初めは長兄が継いだアターリ伯家に期待していたのだろうが、今は俺の公爵家がある。

「世俗との協調を唱える一派がある一方で、世俗からは距離を置くべきとする一派もある」

 前者の方は世俗君主からの資金が得られるので羽振りが良い。後者が清貧を重んじていると言う訳でもなく、単に世俗君主からの干渉を避けたいと思っているだけだ。

「本当に清貧に徹しているのは在野の修道会だろうねえ」

 その修道会も多様である。庶民からの寄進だけを受け、自給自足で日々を暮らす修道会がある一方で、一部の騎士修道会は巡礼者の保護の過程で巨万の富を蓄えている。そんな聖堂騎士の一人が総主教の命を受けて屋敷にやってきた。

 正面から堂々と入って来たならそれなりの歓迎をするところだが、この男はこっそりと侵入してきた。俺の屋敷には俺の闘気による結界が張り巡らされているので侵入は不可能だ。まあ普通なら俺一人の闘気でこの広い屋敷のすべてをカバーするのは難しいのだが、ここには俺の闘気を分けた部下が多数いて、互いに強化しあっている。また俺の配下には隠密行動に優れた一団が居て、侵入者が来れば直ぐにその行動を察知して背後を押さえる。

「誰をお探しかな」

 俺は侵入者の正面に立って誰何した。男は逃げようとしたが背後に控えていた二人が隠密スキルを解除してその動きを掣肘する。

「俺はモーリス=オーエン侯爵アルチュールだ。君の名は?」

「聖堂騎士団員シャルル=ダルタニアン」

 背後にいた配下が代わって答える。触れている相手の心を読む力を備えているのだ。正確には質問をぶつける事で、脳裏に浮かんだその回答を読み取るのである。よって適切な質問を選び出すことが重要になる。

 俺はそのまま屋内へ連れ込んだ。椅子に括り付けて、配下二人を背後に張り付けると、兄のリシャール司教を同席させて、

「彼を知っているかい?」

「ああ。うちの教会に派遣されている修道騎士だな」

「司教殿が戻られないのを心配して」

 と言い訳を始めるが、

「それなら、何故正門から入って来ないで、こっそりと忍び込んだのかな?」

「司教殿が囚われているのではと疑念を持ったので」

「ダウト」

 背後にいる部下が指摘する。

「総主教台下の命令を受けてきたんだな」

「違います」

 もう隠しても仕方がないと悟って自ら告白を始めた。

 聖堂騎士団は各地の有力諸侯の領地にいる司教の元へ修道騎士を派遣して情報収集をさせている。それは想定できたが、

「今の聖堂騎士団の団長は台下の甥にあたる」

 とリシャールが説明してくれた。

「それだと、帰す訳には行かないなあ」

 俺が腰の剣に手を伸ばすと、配下の二人はさっと距離を取る。ダルタニアン卿の座っていた椅子が後ろに倒れたので、横薙ぎに抜かれた俺の剣は空を切る。

「命拾いしましたね」

 と言ったが、

「後頭部を打って気絶しています」

 と配下の一人。

「お前、本気で殺す気は無かったな」

 とリシャール。

「何か見えましたか?」

 と訊いてみると、

「お前が剣を抜く時に柄頭が一瞬光ったように見えたが」

 種明かしをすると、柄頭から微弱な闘気弾を放って、ダルタニアン卿の額に命中させた。その威力で椅子ごと後ろに倒して剣をわざと空振りせた。と言う次第だ。この技は射程が短いので、接近戦で剣を抜く隙が無い時に使う奥の手だ。本気で撃てば敵の体を貫通させる事も出来るが、剣を鞘ごと抜いて敵にぶち当てて衝撃を与える方がより実戦的だ。

 それにしても兄には闘気は無い筈だが、

「お前は赤ん坊のころから光っていたからなあ」

「は?」

「俺にしか見えなくて、誰に信じてくれなかったが。いや兄さんだけは信じてくれたな」

 俺には見えないけれど、お前が嘘を言う理由も無い。それが話を聞いた兄の返答だったと言う。

 一般的に闘気は目視出来ない。それは闘気が基本的に体内に留まっているからだ。ただ俺の場合は闘気を体の外へ放出できるので、

「じゃあこれは?」

 俺は肘を直角に曲げてその先を水平にすると右の掌に闘気弾を作る。

「右だけ光っているな」

 闘気そのものが見えているのではなく、闘気を放出している部位を認知できるらしい。おそらく闘気を内在しているが、聖界に有ってその才能を覚醒させる機会が無かったのだろう。 

 闘気に付いて説明して、力が欲しいかと訊いたら、必要ないと言われた。

「奇麗事に聞こえるかもしれないが、俺の生きる社会は力とは別に原理で動いている。いやそうあるべきだと思っている」

「そう言うだろうとは思ったよ」

「それ以外の手が無いとなったら声を掛けるよ」


 この件はこれでお終い。総主教は結婚式の時にちらりと見たが、一言も言葉を交わす機会は無かった。俺がレモリアの総主教と関わるのは、数代後の話になる。


タイトルと内容が離れすぎ。

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