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退役して恩賞でもらった領土で第二の人生を始める心算だったのに  作者: 今谷とーしろー


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第四部第二章 スュドフェライ辺境伯

 御前試合を終えて、王の居室へ通される。護衛は無く、王の隣には間もなく王妃となるヴァネッサ・ド・ブロワ嬢が寄り添っている。

「あまり王宮の内部には詳しくないけれど、随分と様相が変わった気がするな」

「ああ拡張工事を進めているからね」

 裏手にあった旧ブロワ侯爵邸とが回廊で繋がれて、今後は向こうが新たな後宮として使われるらしい。

「新王妃は自分の屋敷も持参金とされた訳ですね」

 後宮の女官たちもこれまでの様に王妃を外から迎え入れるのではなく、自分たちが王妃の屋敷へ移り住む事になる訳だ。敵地に乗り込むのではなく、自分の縄張りへと引き込む、見事な戦略だ。

「使わなくなったオルレアン邸の方にも手を入れている」

 一部は厩舎に成り、それを管轄するマルシャルの職が俺に与えられることとなった。元々は王専属の厩舎係の称号なのだが、閣下の尊称を付される俺が名乗ると趣が異なる。

 新たに整備された軍法において戦場における王権の代理執行人とされ、戦場での指揮権だけでなく人事権も与えられ、その場で昇進・降格・任命・罷免まで行える。

 俺に権限を与え過ぎだと言う反対意見もあったようだが、

「モーリス=オーエン公爵が怖いのは、王位継承権を持つ妻と組み合わせた場合だけだ」

 挙兵の大義名分がなければ俺が如何に軍事的才能を持っていても意味は無い。

「俺が暴君と化して民心を失ったらいつでも討ちに来い」

「あのヴァネッサ叔母さまが付いている限り心配ない。とうちの妻も言っていましたよ」

 と言ったら、

「買い被りですわ」

 とヴァネッサ嬢が王の隣で含羞んだ。

「こうして改めて見るとやはり血縁なんですねえ」

 以前見たときはやつれた印象だったが、今は健康も回復したのか血色も良くなり、妻のラシェルに面差しが似ている事が分かる。

「ブロワ家は西部の名門なので、妖精の血を引くと言われていますから」

 と笑いつつも、

「私も妖精の実物は見たことがありませんけどね」

「奥方も連れて来てくれれば良かったのに」

 と王が言うが、

「王とその第一継承者はなるべく離しておくのが軍事の鉄則でして」

 と言い訳して、

「王妃様の方で当家をお訪ね戴く分には構いません」

「そうね」

「王妃がお世継ぎをお産みに成れば、妻の継承順位も下がって自由が利くようになりますけれど」

「それは私だけでは何とも」

 と笑った。

「お前の方はどうなんだ?」

「子供が出来ても、現状では守る対象が増えて、気苦労が増すばかりですよ。陛下の第一王子に俺の娘を王妃として嫁がせる事が理想な展開ですが」

「式にはレモリアの総主教も来るそうだ」

 と話題を変える王。

「戴冠式は王国の公式行事なので教会は干渉できないが、結婚となれば話は別、と言う訳だな」

「総主教台下が来るならアターリ領を通るのでは無いかな?」

「おそらくはそうなるだろうな」

「事前に聞いていれば向こうで待機していたのに」

 と言うと、

「お前には別に仕事があるよ」

「仕事?」

「ああ。今度の結婚式には辺境伯が参列するそうだ」

 辺境伯とは文字通り国境の辺境に配置された伯爵であるが、辺境警備の必要から独立した軍事権を与えられている。普通の伯爵家よりは格上で、侯爵とほぼ同格なのだが、外様なので王を選ぶ選挙には関われない。が選挙王制が終了した今となっては侯爵位を与えても問題ないのかもしれない。

「でどちらのだ?」

 辺境伯家は南北に一つずつ存在する。

「両方だ」

「それは一大事だな」

「他人事では無いぞ。お前には軍事統帥権を委任するから、辺境伯はお前の直轄になる」

「面倒な事だな」


 王宮を辞してオーエン邸に戻ると、玄関前で執事が待ち構えていた。

「入って良いのだよな?」

 ここへ到着した時には門の前で、王からの呼び出しを告げられてそのまま参内した。

「ご不在の間に辺境伯からの使者が来まして」

 と言ってトレーに乗った手紙を差し出す。

「まずは着替えたい。部屋で読むから案内してくれ」

 なにせ俺はまだ旅装のままだ。本来なら着替えてから参内しても良かった筈だが、この執事が門の前で待ち構えて急かしたから仕方なくそのまま向かった。

「かしこまりました」

 執事は背後に控えていた俺の近習兵に指示を出し、自身は、

「私はお嬢、いえ奥様に御帰宅をお知らせして参ります」

 古くから居る執事にとって俺はまだ主ではなくお客様なのだろう。

 俺は近習兵の手を借りて旅装を解いた。軽装備ではあるが一応軍装なので重くて動きに制限がある。平服に着替える前に軽く体を解す。

 長衣に着替える前に手紙を近習兵に渡して、

「読んでくれ」

 と頼んだが、

「自分には読めません」

 と帰ってきた。

 手紙は王国語ではなく、北方のノルド語でもない。

「リトロア語だな」

 王国語はこの古式ゆかしきリトロア語の文語体の一つなのだが、表記法が変化していて知識層しか読めない。俺も士官学校で基礎をなぞった程度だ。

「入っても宜しいですか」

 内扉がノックされてラシェルの声がする。

「開けて良いよ」

 どうやら内側でラシェルの部屋と繋がっていたらしい。と思って部屋を見渡すとかなり豪華な造りなのが判る。

「済みません。そちら側から鍵が掛かっているようです」

「ああこれか」

 と鍵を外す。

「まだ片付いていないようですね」

 と俺の部屋を見渡して、

「こちらへいらっしゃいませんか」

 と招かれた。

 俺の与えられた部屋はラシェルの父が使っていたモノで、隣はラシェルの母が使っていたモノらしい。

「リトロア語は読める?」

 と言って手紙を渡す。

「読んでも良いの?」

 と言いながら受け取るラシェル。

「別に機密文書では無いから」

「この度、父ルドルフより爵位を継承致し、陛下に拝謁してお許しを得ました。その際に公爵閣下との面談の下命を受けましたので、ご予定をお知らせください。スュドフェライ辺境伯レナード」

 文面が固いな。それよりも、

「俺が新任の頃に北方へ配属されて、当時のルドルフ伯世話に成ったが。そうか代替わりしたんだな」

「北方ってどんなところ?」

「一言で言えば荒涼な平原。辺境伯領はローレリア大河からの灌漑で農地が広がっているけれど、それが及ばない地域は草原か、あるいは低湿地が広がる。慣れれば植生の違いで判るが、うっかりすると泥地に足を取られて帰れなくなる」

「怖いところですね」

「まあ北からの脅威を差し引いても、貴族のお姫様が気軽に足を踏み入れて良いところでは無いなあ」

「住人のほとんどが獣人ですか?」

「辺境伯領だと、獣人が七割で後の三割は王国からの入植者。と言っても三分の一は修道士だけれど」

 半分が修道騎士、残りが伝道師だ。

「獣人は大きく分けて二種類。元々が捕食者だった牙族と、非捕食者だった角族。帝国の全盛期と言うから千年ほど昔に、角族に農耕を教えたことでその人口が半世紀ほどで十倍になった。帝国が衰退してローレリアの大河から撤退した後も、増えた人口と抵抗に仕込まれた軍事技術によって角族は牙族の捕食から身を守れるようになっていた。そこで牙族の一部がリスクの高い捕食を捨てて、角族の作る作物を取り立てて、彼らを庇護する契約を結んだ。この共同体が王国の建国に際して同盟者としてスュドフェライ辺境伯領を形成する事に成る」

 王国の北にあるのに”南の獣”と言う名称になったのは、北隣に王国に従わない狩猟生活を続けている牙族の版図が広がっているからだ。これら”北の獣”の居住域は約十倍。王国全土の広さにも匹敵するが、そこに住む獣人の数は辺境伯領の半分以下と見られている。と言うよりも狩猟社会でこの数を維持するにはそれなりの広さが必要だと言う事だ。

「彼ら獣人族(ベスティア)我々(ユマン)の違いの一つは尻尾の有無で、彼らは我々を尻尾の無い種族と呼ぶらしい」

 獣人族と無尾族の違いのもう一つが脚部の構造で、彼らは我々で言う踵から爪先までが長い。故に我々の様に足の裏ではなく爪先だけで地面に立つ。角族に至っては馬に似た蹄を持ち、その蹴りは強力な武器となっている。

 角族には額に一本だけ生やした単角族と耳の上辺り二本生やした双角族に分かれるが、単角族は北方には居ないので俺も詳しくは知らない。双角族は角の形状で身分が決まる。前方へ突き出すのがタウラス型で、兵卒として召し出されて一部は下士官となる。上に伸びて左右に広がるのがカプラス型で学者や官僚となる。そして後方へ伸びて渦巻き状になるのがアリエス型で、主に農耕に従事する。角の形状は育ってみないと判らないらしく、親と子でタイプが違うと言う事はしばしば見られると言う。この三型の比率はおおむね三対一対六とされる。

 牙族も大きく二種類に分けられる。群れで暮らし社会性に富むカニス種と、分散して縄張りを形成する孤高のフェレス種だ。この両種は太古には見ただけで区別がつくほど違いがあったらしいが、今は混血が進んで見た目では区別出来ない。王国と近しい辺境伯領に暮らす者たちは傾向としてカニス種の血が濃いとは思われる。

「さて、辺境伯を招くに当たって準備が必要だな」

「何の準備?」

 と首を傾げるラシェル。

「北の来客の舌に合わせた料理の準備」

 と聞いて、

「それって難しいの?」

「いや。俺は此処の料理人の腕前を知らないし」

 まずは試作品を作らせてみよう。北方勤務の経験がある将校数名を選び出して意見を出させる。

「メインを何にするか?」

 北方では豚が良く食されるが、王都では手に入り難い。

「やはり鶏肉、アヒルかガチョウが良いと思われます」

 北方でも手に入る素材、味付けもシンプルで、向こうでも再現可能な料理と言う課題で料理人に作らせた。

「彼らは食に関して極めて保守的だ。彼らに受け入れられて、それでいて驚きを与えられたら良いな」

 献立が決定し、材料の調達期間を見込んで食事会は十日後と決まった。

 招待状は三日前に送ったが、その翌日に南の辺境伯が王都に到着した。そちらにも対応しなければならないが、それはまた別の話。


「スュドフェライ辺境伯レナードです」

 頭の上に大きな耳。頭から顎までふさふさの金髪。そして大きくて丸い眼。典型的な獣人(ユマ・ベスティア)の顔立ちだ。

「父はカニス種の血が濃いですけれど、母はほぼ純血のフェレス種だったようです」

 とレナード伯。

 同行者は、こちらの指定通り二人。一人は双角の大男。そしてもう一人はその下肢の形状からユマンと思われるが、顔の上半分を仮面で隠している。

 こちらの参加者はアルベール大尉とジュスタン・ド・ミュラ卿。ギヨムも参加したがったが、この手の仕事には不向きなので遠慮してもらった。

 料理は問題なく受け入れられたが、

「先代のルドルフ殿には世話に成ったが」

 と話を振ると、

「父はまだまだ元気ですが、今回の中央の内乱に危惧を覚えた様で」

 ルドルフ伯には弟が三人居た。自分が元気なうちに後継者をきっちり定めないと後々騒乱を招きかねないと考えたらしい。王に拝謁しておけば王国の後見が受けられる。陛下が俺にも会っておけと言ったのは、実際に軍事行動が必要なら俺が動く事に成るからだ。

「近い内に辺境伯領へ赴いて共同訓練を行う事にしよう」

「ところで、この男をご存じではありませんか?」

 とレナードが共の一人を示す。視線を向けられた男が仮面を外すと、

「まさか、ランスロ?」

 そこに見出しのは北の戦場で散ったはずの同期の顔だった。


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