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退役して恩賞でもらった領土で第二の人生を始める心算だったのに  作者: 今谷とーしろー


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第四部第一章 ナクァール伯爵家

 上洛に随行させる兵力は、第一にラシェルを守る近衛隊の半分に当たる百名。これを率いるのは近衛隊長のサッカム男爵ロラン。ラシェルの侍女頭であるワッター女子爵クレールの長兄だ。そして俺の親衛隊は、歩兵大隊の中から第二中隊を選ぶ。第一中隊は大隊長でもあるアンニバーレが隊長を兼務しており、今回は留守番だ。第二中隊長はクレールの夫であるアルベール。第二中隊にはワッター家が鍛えた隠密兵を編入してあり、弓兵を除く二百名は第二装備として双剣を携帯させている。まだ全員が使いこなせてはいないが。他にギヨムの大剣部隊とジュスタン・ド・ミュラの斧槍部隊と俺の直轄騎兵中隊百騎は我が親衛隊の中核であり、常に俺と共にある。片手半剣組は練度が足りなくて今回は待機となった。


 王都への道筋、四天王の一角ナクァール家の城を横目に見ながら俺とラシェルは土地勘のあるオルレアン城に入った。

 オーエン家の四天王と言われたミュラ伯とアダーツ伯とはトラウザー城に入った時に面談したのだが、筆頭のナクァール伯は俺が城外で野営しているうちにしびれを切らして帰ってしまった。

「待てと言ったのですけれどね」

 と呆れ顔のミュラ伯オンフロワ。息子のジュスタンは父親似らしい。伯爵は斧槍使いだったらしいが、世継ぎに予定されていた長兄の急死で次男の彼が繰り上げで当主になったので斧槍は返上したと言う。

「あの方はせっかちでして」

 とフォローに回るのが若いアダーツ伯ピエール。主家の代替わりに合わせて跡を継いだばかりの三十歳だ。

「ナクァール伯の長女がナガーユ伯の妻で二人の間に生まれた息子を本家の跡取りにしたがっていたと言う話も聞いたが」

「ナガーユ伯の息子はまだ七つだけどねえ」

 と笑うラシェル。

「それは流石に現実的では無いなあ」

「ナクァール伯爵家と言うのは初代オーエン侯爵の次男の末裔で、だからこそ四天王筆頭を名乗っているのだけれど、それ故にか私がモーリス伯家の末裔を探していた事がご不満だったのでしょうね」

 次男の家が四男の家の下に立つことになる訳だ。

「面倒な話だ」

「血統で言えば、ワッター家は初代の三男の末裔で、うちとアダーツ家はともに娘婿ですから」

 とオンフロワ。

「四家それぞれに言い分はあるでしょうが、オーエン家に対する忠誠では一致しています」

 とピエール。

「それは困ったな。俺はオーエン家に対する忠誠なんかないぞ」

 二人の伯爵は困惑したが、ラシェルは別に気にする様子もない。

「俺が守るのはオーエン家と言う枠じゃない。そこに属する一族郎党の方だ。家を守る為に誰かを犠牲にするつもりは無いので、卿たちもその心算でいてくれ」

 二人の伯爵は改めて頭を下げ、ラシェルは自慢げに笑った。


「ようやく会えたな。ナクァール伯。名前は何と言ったっけ?」

「テオドールですよ。貴方」

 と隣にいるラシェルが教えてくれる。

「報告を聞こうか。アルベール」

「我々がナクァール伯の城の脇の街道を抜けようとしたときに、一人に騎士が馬車の傍へ駆けつけてきました」

 騎兵隊長を名乗るその男は、馬車に乗る二人を公爵夫妻だと勘違いして城に招待したいと告げたが、

「公爵夫妻なら既に二日前にここを通過している。私はこの兵団の指揮を預かるアルベール。隣にいるのは妻のワッター女子爵クレールだ」

 俺は忠誠の儀式を拒否した伯爵の領土を素通りして妻と二人でオルレアン領へと先行したのだ。

「忠誠を拒否した訳では」

 と言い訳するが、

「それは今此処で私に言われても困るな。伯爵ご本人が公爵殿下に対して直接されるがよかろう」

 騎士は大慌てで城に戻った。

 伯爵が単騎で駆けつけてくるが、俺の兵が街道いっぱいに広がって行く手を遮る。慌てた伯爵は隊列を突っ切ろうとして取り押さえられて連行された。

「何か申し開きはあるかな?」

 俺は後ろ手に縛られている伯爵の縄を切った。年は三十代後半、死んだ兄と同年か少し上くらいだろうか。

「私、ナクァール伯テオドールはオーエン公爵アルチュール様に忠誠を」

「拒否する」

 俺は食い気味に言い捨てた。

「俺の呼び出しに応じながら、俺が現れる前に無断で帰った。この時点で卿は俺への忠誠を拒否したとみなされても仕方ない」

「この成り上がり物が」

 と声を荒らげる伯爵に、

「ようやく本音が聞けたな」

 と余裕を見せる。

「貴様は祖先が初代オーエン侯爵の次男であることが自慢らしいが、血統によって父親から与えられたナクァール伯よりも自力で勝ち取ったモーリス伯の方がよほど偉いと思うが。そもそもオーエン家が侯爵に叙されたのもモーリス伯の戦功があっての話だろう。要するに貴様の祖先は弟のおこぼれに与っただけ」

 図星を突かれて黙り込む伯爵。

「まあ遠い祖先の話はこの際どうでもいい。父親から伯爵位を世襲した貴様と、実力で公爵にまで上り詰めた俺とどちらが偉いかと言う話だよ」

 俺は伯爵に最後通告する。

「貴様の伯爵位を剥奪する」

「そんな無体な事が」

「ワッター家の前例があるぞ。ルイ陛下は直参のサガーエン家は自ら裁断されたが、陪臣のワッター家は主君である俺に一任された」

「させるか」

 伯爵は激高して腰の剣に手を掛けた。

 伯爵が闘気使いであれば、俺の闘気の結界で身動き出来なかっただろう。伯爵に害意が有ればラシェルが反応しただろう。

 伯爵を取り押さえたのはその背後に控えていたアルベールだ。

「死なせてくれ。私を伯爵として逝かせてくれ」

 伯爵は俺に斬りかかろうとしたのではなく、自決を意図したらしい。だが、

「どんな意図にせよ、この場で抜刀すれば反逆罪だ。貴様だけでなく一族を丸ごと処罰する事になるぞ」

 と諭す。

「伯爵家の後継者は俺が決める」

 つまり伯爵家を取り潰さないと明言したことで伯爵は抵抗を止めた。

「自分から隠居を言い出せば、跡継ぎは貴様に選ばせてやったのになあ」

 俺はアルベールに指示を出す。

「エルキュールに早馬で連絡しろ。プランBだ」

 プランAは伯爵が自発的に隠居を申し出た場合。あらかじめ用意していた文面に伯爵の自筆で後継者の名前とサインを入れさせて、速やかに家督継承を行わせる。

 プランBは爵位剥奪。跡継ぎは俺が直接審査して決めるので、取り敢えず城に兵を入れて相続候補の身柄を確保させる。

 最悪のケースとして伯爵を処断した場合。やはり城を占拠して、伯爵領は一時的に統治下に置く。これはやりたくなかったし、やらずに済んでほっとしている。内戦時の国盗りでは、勝利条件を簡略化して最短での勝利を目指したが、今回は時間が掛かっても犠牲を最小化することを優先した。血を流し過ぎると勝った後の統治が面倒になるからだ。俺は軍人であっても政治家ではない。国盗りの時は軍事的勝利にだけ集中して、後の統治は主君に引き継げば良かった多少の無茶も出来たのだ。

「審議は済んだようですね」

 部屋を出たアルベールと入れ替わりに近衛隊長のロランが入ってくる。

「ああ。この元伯爵を別室へ入れておいてくれ。今更抵抗はしないだろうが、見張りは怠らないように」

 オルレアン城に一泊して翌日には王都に向けて進発する。ナクァール元伯爵は別に馬車を借りて王都まで同行させる。王都にあるオーエン邸には家臣の伯爵たちが使う別棟もあるのでそこで余生を過ごしてもらう事に成る。

 オルレアン城から騎馬で飛ばせば三日の所をゆったりと五日掛けて王都に到着する。道幅も以前よりも拡幅されているようだ。


 オーエン邸に着くや否や王宮から呼び出しが掛かったので、アルベールとギヨムの二人を連れて参内した。

「お申しつけ通り手練れを二人連れてきましたが」

 案内されたのは謁見室ではなく中央の広場である。四隅には近衛騎士が陣取って闘気陣を張っている。いずれも俺には及ばないが闘気を外へ拡散する副次効果を持つ者たちだ。単体では剣の届く範囲ぐらいまでが精々だが、互いの能力を共鳴させることで広場全体を覆う事が可能になった。

「何の為の防御陣ですか?」

「いやあ。お前が出てくることを想定したんだが」

 なるほど。俺の飛斬剣の流れ弾対策か。

「一対一では大剣鬼には通用しそうにないから」

 と言いつつ、

「左手の男は初めて見る顔だな」

 とアルベールに目をやる王。これは単に彼が俺の左側に立っていたからだが、

「妻の侍女でワッター家を継いだ女当主の夫ですよ」

 と紹介する。

「そうか。では御前試合を始めようか」

 王の近衛兵二人と、二対二の試合である。

「俺一人でも十分ですけどねえ」

 と言いながら大剣を抜くギヨム。ギヨムはいつも通りの構え、右の二の腕を肩と水平にして肘を直角に曲げて敵に向ける。通常なら剣は立てて構えるのだが、ギヨムは後方へ寝かせて水平を保つ。左手は柄尻に軽く添えるだけ。強く握り込むのは攻撃の瞬間だけだ。

 ギヨムが我流で編み出したこの構えは、後に教本に書かれるほどに広まる。剣を自在に振り回す膂力が前提ではあるが、この構えには二つの利点がある。一つは剣の長さを敵に悟らせない事。そして第二が横の変化。剣を立てて構えると縦に振り下ろす以外に選択肢は無いが、寝かせて構えれば横に薙ぎ払う事も出来る。

 ギヨムは基本的に待ちだ。足を止めて全闘気を剣に集中する。対する近衛も大きな盾を構えて防御に徹する。

「これでは勝負になりませんね」

 アルベールは苦笑しつつ単騎で近衛二人に突進すると、鞘を地面に立ててそれを足掛かりにして近衛の頭を跳び越える。一人が反応して盾を上に向けた瞬間にギヨムの横薙ぎが襲う。直撃を食った一人は当然としても、その隣にも飛び火して体勢が崩れると、背後に廻ったアルベールの剣がもう一人を捕らえる。

「ギヨム一人でも勝てただろうけれど、アルベールの攪乱は効果絶大だな」

「大剣鬼を止めるなら最低でも近衛五名は必要だな」

 王は部下に歩み寄ってその傷を癒す。

「陛下も、副官殿と同じような能力を持っているのですね」

 とアルベール。

「ルイ陛下のそれはエルキュールのとは少し違う」

 ルイ・オーギュストの持つ副次効果は巻き戻しだ。触れたものの時間を一分だけ巻き戻す。つまり一分以内なら死者の蘇生すら可能だ。そして俺の能力と共鳴させて周囲に効果を拡散すれば。

「二人が戦ったらどちらが強い?」

「強いのは間違いなくギヨムでしょうけど、戦ってどちらが勝つかと言われると微妙ですね」

 二人とも俺の意見に同意した。

「それは興味深いな」

 陪臣の二人に王自ら戦えとは命じられない。俺が許可しなければそれまでなのだが、

「やってみるか。最悪の場合でも”王の手”があれば」

「左手を使っても良いですか?」

 とアルベールが訊いてくる。

「その義手に何か仕掛けでも?」

 と王が興味を示す。

「やはりお気付きでしたか」

「いや。まさかとは思ったが。実に良く出来ているな」

「後で説明しますよ」

 闘気を使った義手はもともと陛下の発案だ。

「ではあと一つ。閣下の剣を貸して頂けませんか」

 ギヨムは先ほどと同じ構え。対するアルベールは、右手に俺の片手半剣を持ち、左手に仕込んだ短剣を飛び出させた。

「あれはどういう仕掛けだ?」

 木製の手の甲に銀の十字架を埋め込んである。闘気を込めるとアルベールの副次効果を相まって拳の先から闘気の短剣を構成するのである。

 アルベールの本来の戦闘スタイルは、左手の短剣(マンゴーシュ)で相手の攻撃をいなしつつ、右手の細身の剣で相手の急所を突くと言うもの。鎖帷子は当然として、板金鎧であってもその隙間を貫いて敵の戦闘力を奪う。

 だがこの時の構えは通常とは逆。右半身で片手半剣を敵に向けて突き出して、左手は腰の辺りに据える。確かにマンゴーシュではギヨムの大剣には対抗できない。それにしても逆構えとは驚いた。

 例によって待ちの態勢を取るギヨムに対してアルベールが仕掛ける。アルベールの右手の突きをギヨムの大剣が撃ち落とす。剣が交わった瞬間にアルベールが手首を回してギヨムの大剣を絡み取って封じる。そして左手の攻撃がギヨムの首筋を襲う。

「参った」

 とギヨムが漏らす。

 アルベールが俺の剣を使ったことが勝敗を分けた。ギヨムが本気で打ち込めば俺の剣を叩き折るかあるいは腕を切り飛ばしていただろう。しかしギヨムはわずかに躊躇した。しかしギヨムが躊躇わずに踏み込んでいたら、横から襲ったアルベールの短剣はそのままギヨムの首を掻き切っていただろう。わずかな差で、剣は喉元をかすめるに留まった。

「余の手は必要かな?」

「いいえ、陛下。この傷は我が戒めとして残したく思います」

 と答えるギヨム。彼の左目に残る縦の傷もかつて俺が付けたものだ。視力そのものはエルキュールの力で戻ったが、傷は敗北の記念としてあえて残したのだ。

「念の為、公爵の剣に触れて戴けますか」

 とアルベール。

「ギヨム卿の大剣の威力を完全に殺せた自信がありません。傷でも残っていたら申し訳が無いので」

 と言う訳で俺の剣は陛下を経由して戻ってきた。

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