第四部序章 ルイ・オーギュスト
ルイ・オーギュスト陛下とブロワ侯爵家御令嬢ヴァネッサ様との結婚式が三カ月後と決まった。
「三カ月後と言うと、陛下の誕生月だな」
八月生まれのルイ。士官学校時代に俺が付けた渾名だが、宮中でもこの名がしばしば用いられることとなる。但しその意味は尊厳王ルイと変わる。
「婚儀の一ケ月前には王都に入って欲しいとの事だったわ」
「それは忙しいな」
再上洛までに、まずはラシェルの為の近衛兵の定員の残り五十名を埋めたい。
オーエン家の兵から長身で見た目も悪くない兵を選び訓練を施す。大型の盾を構えるだけなので武器スキルはほとんどいらない。闘気を覚醒させるための最小限の鍛錬は必要だが、それよりも必要なのは宮中儀礼の知識だ。これは俺にも教えられないので、隊長に任命したサッカム男爵ロランに一任した。
もう一つトラウザー城に入ってから進めていたのが、ワッター家が構築していた諜報組織の再編だ。
ワッター家を継いだのは長女のクレール。そして諜報組織を指揮するのはその夫となったアルベール卿。アル、と略すとアルチュールと言う俺の名前と被ってしまうので、大尉と言うのが隠し名になっている。俺が大尉と呼ぶと、公爵と返される。互いの妻はそんな俺たちのやり取りを苦笑交じりで見守っている。
城は守備兵として四隅の各塔に千名ずつ。それが四組に分けられて三交代で警戒していた。一組が上に詰めて、二組が下の兵舎に待機する。残りの一組は丸一日休みとなる。
城砦に配置される兵なので、全員が弓のスキルを持っている。城壁の上から下に向けて撃つのでさほど高い技術は必要ないとはいえ、弓を扱える兵は貴重である。よって各塔の定員を八百名に削減して、捻出した八百の弓兵を機動部隊へ組み入れた。
サガーエン家から転出してきた(分捕ったとも言う)五千の兵を含めて大規模な編成を行う。
まずは親衛独立連隊は編成を見直した。基本の歩兵中隊を弓兵小隊を追加した五個小隊二百五十名編成にする。一個大隊を四個中隊で千名に増えた。騎兵は百騎で一個中隊として、一個大隊四百騎。これにギヨムの大剣部隊とミュラ卿の斧槍兵を合わせて百名。この配備比率は三対一か四対一かで悩んで、暫定的に後者で編成した。これに先立って隊長同士を戦わせてみたのだが、実戦経験の差でギヨムに軍配が上がった。但し一般の大剣兵と斧槍兵では後者の方に分がある。
残りは駐屯軍として、弓兵無しの通常一個大隊を六個。弓兵のみの中隊を二個。更に騎兵が四個中隊・これを二つに分けて二個連隊とする。
出発前に完了したのはここまで。残りの兵は予備兵として、再訓練を行っている。理由は大きく二極化していて、一つは力不足。これは判り易いだろう。もう一つは転化である。剣盾や槍盾と言った基幹兵団にとって重要なのは均衡と連携だ。能力が足りないのも困るが、それ以上に突出して高いのも穴になる。
今回特に着目したのは体格だ。大きすぎるモノ小さすぎるモノを抜き出した。小柄な者には敏捷力が生きる双剣を学ばせて、大柄な者には大剣を習わせる。と言うのは基本的な対処だが、基礎能力の高い者には別の選択肢を用意した。
一つは弓兵の養成だ。その為に特に弓の腕前の良いベテラン数名を教官として取り分けた。弓兵については他に二通りの選抜を行った。一つは特に射撃制度が高いモノ、射程距離が長いモノを選んで狙撃兵として鍛える事。もう一つは騎馬スキルを身に付けさせて新たに弓騎兵を養成する事だ。取り敢えずの目標は一個小隊が組める二十騎だ。弓兵に騎馬術を学ばせるだけでなく、騎兵に弓を覚えさせる訓練も進めている。
そして、
「さて君たちには特殊な訓練を受けてもらう」
「これは片手半剣ですか?」
正規兵の持つ長剣よりも長く、大剣よりは短い。刀身と柄の重さが釣り合うように設計されている。
「配ったのは練習用の模造剣だ。これは士官学校でのみ教えられて一般兵が持つ事は出来ない。何故ならば、一本一本が使用者の為に作られる特注品だからだ」
基本的に使用者が片手で扱える限界の長さ重さに設定される。
「この剣が私生児の剣と呼ばれるのは」
俺は剣を抜いて左拳を前に突き出して盾に見立てて、一般兵の剣のように突きを放つ。続いて両手で握って大剣のように上から下へ振り下ろす。
「とまあ、二通りの使い方が出来るからだが」
と言って抜き身の剣を肩に担ぐと、
「これは初歩の初歩。この剣の真価は左手にある」
一人を選んで剣を持たせると、
「打ち掛かって来い」
と促す。
俺はその剣を掌で受け止めて中指と薬指で挟んで握り止めて、右の剣を相手の首筋に当てる。
俺は日頃から左右の手に指の出る手甲を付けているが、その裏に手鉤を仕込んでいるのだ。
「これが回答の一つ。まあ戦場では籠手を着けているからそれで相手の武器を弾くのも良いだろう。もっと単純に、腕に装着する形式の盾を使えば、いざと言う時にすぐに両手持ちに切り替えが出来る。あるいは」
と言って腰から短剣を抜く。
「通常は突剣と組み合わせて使うマンゴーシュだが、片手半剣とも組み合わせられる。俺のマンゴーシュは特注品で、ナックルガードに突起を付けてあるからこれで殴って攻撃も出来る」
と言って動作を見せる。
「要するに左手で何を扱うかで戦術が決まる。知恵を絞って欲しい」
ここに選んだ五名は俺と体格が近い。つまり俺の脇を固める副官候補なのだが、それは今は教えない。
この婚姻と並行して、継承法が明文化された。ブロワ侯爵家の正統後継者であったがヴァネッサ姫の輿入れにより五大侯爵家による選挙王制が完全に崩壊したからである。
これまで王国に女王は存在しなかった。それは女性が王に成れないと言う不文律があったからであるが、裏を返せば女性が王に成れない明記されれていないと言う事でもある。そもそも現王は母親が王女であったと言う点から王位継承権を主張したので、女性の王位継承権を否定するのは都合が悪い。そこで男子優先ではあるが、男子継承者が居ない場合に限って女性の継承も認めると明記された。
新たに明文化された継承法では王に成れる人間も明確に規定した。つまり王族とそれに準ずるものである。王族とは王の子として生まれたもの。そして準ずるものとは具体的には王より公爵に叙せられたものとその子孫とされている。誰でも公爵に成れると言う訳では無く、侯爵家かそれ以上の家に生まれたものだけがその資格を有する。王の孫には継承権がない。孫に継承権を付与するためにはその親を公爵に叙せば良い。
以上の事から公爵に成れる条件は三つ。第一に侯爵家に生まれる事。第二が公爵家に生まれる事。すなわち分家して新たに公爵家を立てる事。そして第三が王族に生まれる事。これは実質的には格下げに見えるが、王位を継がない王子王女は家産を持たない。つまり継承権は下がっても世襲の財産を持てると言うメリットがあるのだ。
さて俺はオーエン公爵家の婿養子ではあるが、王継承権を持つ王族に準ずるものではない。俺が男爵家の生まれだからだ。これはオーエン家を公爵に引き上げるに際して、俺に継承権を与えないための仕掛けだと言える。まあ王になる心算など初めから無いのであるが。俺の正式な名前は、アルチュール・ド・モーリス=オーエンとなる。そして家名も正式にはモーリス=オーエン公爵家である。
侯爵家の娘に生まれ公爵に陞爵された妻のラシェルの継承権はこの継承法により明文化された。現状では第一位で他に正規の継承者が居ないが、王と王妃に子供が生まれれば順位は下がっていくことになる。早いところ王族を増やして俺たちの負担を減らして欲しいものだ。
「今は良いけれど、将来的に王族が増えたら大変だな」
と漏らしたら、
「そうでもないでしょう。オーエン家も侯爵になったからと言って加増があった訳では無いわ」
「と言うと?」
「侯爵と侯爵の違いは王位継承権が有るか無いか。なので公爵に叙するのに領地を与える必要は無いのよ」
「土地ではなく一定額の金銀を与える事で代用できると言う事か」
それなら反乱を警戒する必要も無い訳だ。
「一番危ないのは我が家だよなあ」
「陛下は意図的にそうしていますからね」
ルイ王が進めている政治改革がもし頓挫すれば、即座に俺が動き出す。と脅しを掛けているらしい。
「俺に宮中改革をやらせたら、予算は今の十分の一以下に切り下げるだろうなあ」
当然官僚も大量に失業するだろう。軍人を大量に失業させると社会不安を起こす懸念があるが、官僚なんかどれだけ馘にしても大した事は出来まい。
「ルイ陛下が跡継ぎを残さずに死ぬと、王位に就くのは女性の私。となれば真っ先に不要になるのは後宮ですから、王妃を迎える事に成って女官たちは安堵しているでしょうねえ」
とラシェルは笑う。
「でもヴァネッサ叔母さまは甘くないわよ」
ヴァネッサ王妃は後宮の女官を三分の一に削減した。更に実家から連れてきた侍女も要職に配置して後宮の勢力図を一変させた。のだがそれはまた別の話。
女性の相続権が拡大されたのは王位ばかりではない。爵位についても女子の継承が認められた。この女性当主は陪臣レベルでは既に前例がある。オーエン家の家臣であるワッター伯を娘のクレールが継いだのもその一例だ。この相続新法は王位そのものを含む、直参貴族すべてに女性当主を認めると言う画期的なものだ。
直参が男性当主しか認めないと言うのは、軍事的な奉公義務を考慮しての話だ。新たに軍役免除税が創設された。王はこの税金で兵を雇って軍務を担う。そして封建貴族は一定額の金銭を払う事で軍役を回避できる。但しこれは最低五年以上継続して払っていることが条件なので、制度の発効から五年後に機能する制度である。
この制度には大きな落とし穴がある。軍隊と言うのは戦争だけに用いられるものではない。治安維持機能も担っていると言う事だ。軍役から解放されて貴族たちは、やがて自国の治安を維持する事が困難となり、王家の軍隊による治安維持活動を求めるようになる。そして独立領主として最も重要な不輸不入の権を失う事に成るのだが、それはかなり先の話だろう。
王が提示した貴族への懐柔策はもう一つある。貴族院の創設だ。軍役免除税を払った貴族は議席を与えられるが、不定期に開かれる会合に参加するためには王都に常駐する必要がある。義務では無いが、議決権を行使するためには必要不可欠だ。貴族院は王の諮問機関であり、その決議は王も無視できない。だがこれも貴族を領地から引き剥がす政策の一環だ。
さて俺は最低限の税を収めた。これは軍役免除にはならないが、軍務中に国庫から補給を受けられる権利を得る。この制度は元々俺とルイ王とで素案を作ったので、その辺は抜かりが無い。
「まさか実現するとはその当時は思いもしなかったが」
「いつの話?」
とラシェル。
「士官学校時代だよ。俺が下からの意見を代弁して、ルイが上からの立場でそれを咀嚼していく」
「そんな頃から王位に野心を抱いていたの?」
「どちらかと言うと俺たちが煽った口かな」
「貴方以外にも?」
「俺以外に三人。一人は乳母の息子、いわゆる乳兄弟と言うやつで、近衛の副隊長の一人だ」
隊長をやるにはまだ若過ぎると言う理由だが、
「一人は士官学校を卒業出来ずに、つまり闘気が身に付かなくて、大学へ進んだ。今は王の法律顧問の一人だ。そして最後の一人は北部に赴任して戦死した、と聞いている」
今度の上洛行でその死んだはずの男と再会する事に成るのだが、この時の俺はまだそれを知らない。




