表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退役して恩賞でもらった領土で第二の人生を始める心算だったのに  作者: 今谷とーしろー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/26

第三部第四章 トラウザー城

 高等法院とは王国の最高司法機関である。

 およそ百年ほど前に王権を補助する王会が、政務を司る国務会議と財政を司る会計監査院、そして司法を司る高等法院とに分けられた。地方にも裁判所はある。村の裁判集会、その裁定が不服なら領主への上訴も認められている。そして高等法院はその上に位置する最後の機会であるが、王都まで持ち込まれる事案はそれほど多くない。費用と時間が掛かり過ぎるからだ。

 そこで新たに地方に高等法院を設けようと言うのが陛下の施政方針で、東部・西部・南部・北部、そして王都を含む中央の五つに分割しようと言うのだ。オーエンの高等法院はその先駆けとして、最終的には南部一帯を統括する予定である。ちなみにこのアターリ伯爵領も南部に属する。

 オーエン公爵領の首府トラウザーが地方高等法院の第一号となったのには二つの理由がある。一つはオーエン公爵家が王国最大の諸侯である点。オーエン家が高等法院の設置を受け入れたとなれば、他の諸侯は受け入れを拒めようはずはない。

 俺を婿にと望んだのはオーエン家(の当事者であるラシェル姫)であるが、持ち掛けられたルイ陛下にとってはまさに渡りに船であった。

 そしてもう一つの理由が、南部特有の事情である。

 現行の王国法典は商業が未発達だった旧帝国時代のモノを土台にして、部族法を適宜反映させて構築されている。この部族法と言うのが厄介で、部族ごとにまちまちでそれが地方ごとの差を生んでいた。それを埋めるために作られたのが王都の高等法院である。これにより民法と刑法に関しては均一になってきたが、商法は未だに慣習法の域を出ていない。

 俺がワッター伯の次男マルセルを推挙した調査部と言うのは、上訴案件についての再検証を任務とするが、同時に商業が発達している南部の慣習法に基づく様々な判例を収集して商法を構築する作業を期待さえている。

「自分は法学についてはそれほど詳しくありませんが」

 とマルセルは躊躇うが、

「高等法院が出来るのは一年後だ。その間は王都の法学院で学んでもらう」

「無茶ですね」

「卿は既に最低限の教養は修めているのだろう」

 最低限の教養とはいわゆる自由七科の事だ。俺も士官学校で三学(文法学・修辞学・論理学)は修めたが、四科(算術・幾何学・天文学・音楽)は選択制だったので、履修した幾何学以外は疎い。

 これまでは軍隊と教会だけが実力主義で出世できる場であったが、これからは官界がこれに加わる事に成る。但し、官界へ入るには文字の読み書きのスキルが必須である点が異なる。

 軍隊は腕っぷしさえあれば下士官までは進める。無論死ななければであるが。士官になるにはやはり文字の読み書きは必要となる。一方の教会では初っ端に読み書きを教えてもらえる。こちらで出世するには知能と弁舌だ、と兄に聞かされた。

 これまでは軍である程度のキャリアを積んだものが教会に勧誘されて僧兵や修道騎士になったモノや、逆に教会で読み書きを覚えて士官学校へ入った聖騎士が居た。

(注:僧兵とは教会に所属する兵士で、清廉の誓いを行わないもの。それに対して修道騎士は清廉の誓いを行うもので、教会の地位としては後者の方が高いが、戦闘力はそれとは別の話である。そして聖騎士とは、教会には属さないが聖なる力を行使できるものを指す)

 読み書きのスキルさえあれば、官界は軍や教会よりもずっと安全で確実な進路である。教会で読み書きを覚えた上で、大学で学んで官界へ進むと言うのが今後の流行りになるだろうか。

 さて軍はともかく教会の何が危険なのか、という疑問があるかもしれない。聖なる力を得るための修行は死亡率が三割近い難関なのである。兄も詳細は語ってくれなかったが、闘気を得る修行に近いものがあるようだ。死に近付くほどに高い法力を獲得する。銀十字の御救い主は死から復活したことによって超越的な法力を得たのだと言う。


 義姉とその夫クローディス伯爵ケヴィンは予定よりも早く三ケ月で戻ってきた。

「人員の入れ替えは最低限に留めたよ」

 とケヴィン。

「代わりを用意するのが面倒だったからね」

 クローディス家の家政は異母弟支持派に握られていた。内乱の結果、クローディス伯爵家の家督は長男のケヴィンが継承する事に成ったので、反対派は主要な役職から外された。

「義弟派の首魁二人が内乱で討死したのが大きいな」

 伯爵の後妻の父と兄の事だ。この二人がクローディス家の主戦派の重要人物でもあったのだ。俺はクローディス家の内情とは無関係に主戦派の二人を狙って討ち取った。逆に向こうの二人もケヴィンが俺と親しい事を知って抵抗を止めなかったらしい。

「第一王子のジャン殿下が急死せずに即位していれば、多少の問題はあってもお前の継承に問題は無かっただろうになあ」

 ケヴィンはジャン王子の幕僚の末席に居たのだ。

「弟はまだ幼いから、母親から引き離して教育し直せば大丈夫だ。継母の方もあまり政治には興味がないタイプだから」

 異母弟を後継者にと強く推していたのは継母の父と兄、特に兄の方はかなりの野心家だった様だ。

「戦場で仕留められたのは幸いだったな」

「これでようやく家に帰れます」

 とラシェル。

 俺はオーエン公爵領の首府トラウザー城へ向かうに当たってアターリ家の兵権をケヴィンに委譲した。俺自身の手駒であるコーバス兵も含めてだ。アターリ家の兵力は五千。王都から戻ってきた旧サガーエン伯爵軍の一部も所属替えしている。サガーエン家は子爵に格下げされて所領は四分の一になったので、ベルナールは二千だけを連れ帰り、残りの六千は俺の指揮下に入る。そこから千名をコーバス兵に加えて元から居た五百と合わせて当初の目標である千五百に達した。この留守居部隊の指揮官はエルキュールである。

 借りていた国王近衛隊も王都へ帰還する訳だが、そこから最大で二百名までオーエン家の近衛兵としてもらえる約束だった。近衛と言うのは兵種の名称であり、王族かそれに準ずる身分の人物を守る部隊の事。つまりは妻のラシェルの為の兵団だ。

 オルレアン出身の二百名を除く八百名を鍛えて半年かけてすべて闘気使いにする計画だったのだが、予定よりも早く帰還する事に成ったので、まだ三百ほどしか覚醒に至っていない。これでも常識外れのペースではあるのだが、この三百から予定の二百を抜くのは流石に気が引けるので、半分の百五十名を選抜した。残りの定員はオーエン領へ移ってから向こうで選考する事にしよう。

 オーエン家へ同行するのは、サガーエン家からの転出組五千と俺の親衛隊千五百。ここに編成途上の近衛隊百五十が加わる。前衛は親衛隊、そしてラシェルの乗る馬車を取り囲むのが近衛の百五十。そして三編成状態の新参衆五千が後に続く。俺は馬車には同乗せずに騎馬で隣を進む。

「前回は馬車に乗っていて対応が一手遅れたからね」

 と言うのは表向きの理由。俺は軍務の中で王国内の様々な名城を巡ってきたが、これから向かうトラウザー城はその中でも屈指の名城である。馬車の中からではなく騎乗してじっくりと眺めたいと思うのだ。

 軍人として王国中を転戦した俺も、オーエン領は未踏の地だ。アターリ領を出てから三日目にオーエン領に入ったが、ここからトラウザー城までは同じ行軍速度で四日掛ると言う。オーエン公爵領が如何に広いかが分かるだろう。しかも、オーエン領内の街道は王国中のどの街道と比べても整備が行き届いている。

 領地の境には監視塔が設けられて、監視兵が常駐している。勤務は六ケ月。二カ月ごとに三分の一が入れ替えになるらしい。そんな監視兵の中に斧槍を携えているものが居る。この方面の防衛はミュラ伯爵家の受け持ちなのだ。

「此処から少し進むと南へ折れる道があって、その先がミュラ家の居城であるクラーロです」

 とジュスタン卿が案内してくれた。

「機会が有ったらお邪魔しよう」

 最大で百人しかいないミュラ家の斧槍兵だが、半分はトラウザー城に詰めていて、クラーロに残ってる三十名はまだ修行中の若者衆だと言う。

 トラウザーから延びる大きな街道は三つ。一本は今進んでいる道で東部のディジョン領へ至る。アターリ領へ繋がる分岐点は街道の真ん中位だ。次にオルレアンを経て王都へと向かう大動脈があって、この方面を領するのがナクァール伯爵家である。そして街道はアダーツ伯爵領内で西部のブロワ領とへ繋がる本道と。王国最大の海港であるブルディガラへ通じる道とに分岐する。

 オーエン領へ入ってからの三日間は、丘陵地をうねうねと抜けていく道だった。直進性よりも高低差を最小限にする意図でルートが選ばれているようだ。そして最後の一日は開けた盆地をまっすぐに進む。目指すトラウザー城は盆地の中央から若干南寄りの高台にある。見えているのになかなか辿り着かないのがトラウザー城である。

「これはもはや文化財の域だな」

 建国当時に作られたと言うから築三百年。難攻不落と言うよりも一度も攻められた事の無い無傷の城である。目の当たりにすると、この城を攻める立場に成らなくて良かったと安堵の気持ちが湧いてくる。と同時にこれからこの城を守り受け継がなくてはならないのだと身の引き締まる思いだ。

「ところでこの町の人口はどれ位だい?」

 とラシェルに訊ねる。

「四万弱でしょうか」

 王都で十万そこそこだから、まあそんなものだろうか。しかし、

「人口四万弱の街に六千余りの兵を受け入れるだけの余力は無いだろうなあ」

 取り敢えず近衛の百五十はラシェルと共に城内へ入れる。そして残りの六千五百だが、遠目に見えていた街の南東に位置する台地へ向かわせる。面積はトラウザー城のある台地の半分ほどだが、こちらの方が若干高い。生い茂った木を伐採すると、現れたのは旧帝国時代のモノと思しき砦跡である。

 破壊された訳では無く、ただ単に放置されただけ。帝国軍がこの地を去ってから少なくとも六百年は経っている筈だが、少し手入れすればすぐにでも使えそうな施設である。具体的には屋根を付ける事。俺としては伐採した丸木をそのまま載せれば良いかと思っていたのだが、兵の中に木材加工の技術者が数名いて、角材に加工して屋根を作り始めた。

「思ったよりもしっかりと残っているのね」

 とラシェル。

「君も知らなかったのかい?」

「ここが旧帝国時代の駐屯基地であったことは知識としてあったけれど、実際にこの場所に来るのは初めてですもの」

 木が鬱蒼と生い茂っていて侯爵家のご令嬢がお散歩に来られるような場所では無かった。今は町との間の道も切り開いて整備されている。とは言え、妻はスカートなので馬に横座りで乗って近衛隊長のロラン男爵に轡を取らせている。

「わざわざ来なくても」

「夫が自分の城の目の前で一週間も野営しているのだから気にならない方がおかしいでしょう」

 怒っていると言うよりは拗ねているようだ。

「引き連れてきた兵を屋根のないところへ置き去りにするのが忍びなくてね。まあ兵舎が形になったから一度城に入るとしようか」

 俺は轡役をロランと交代して城へ向かった。

「それにしてもあれだけのものが何故放置されていたのか?」

 と疑問を漏らすと、

「そもそもトラウザーの街がある台地は、あの駐屯地の為に運ばれてきた物資の貯蔵場所として山を掘り崩して整地されたモノなの」

 とラシェルが謎解きを始める。

「トラウザーの街は帝国が運んでくる物資と、それを目当てに集まってきた現地人の集落が始まりで、帝国軍が去った後はこちらが街として発展してきた」

 オーエン家がこの町の支配権を確立したのは抵抗軍が去ってから二百五十年後。そこから五十年ほどして王国が誕生し、この地の領有を正式に認められた。

「オーエン家がこの地を得たときに、ここにあったのは四本の見張塔だけ」

「あの四隅の塔は、旧帝国時代の遺産と言う事なのか?」

「ええ。私の祖先が当を繋ぐ城壁と城門を築いたのよ」

 とどこか誇らしげなラシェル。

「道理で街の形状が歪な方形になっている訳だ」

 トラウザー城は不等辺の四角形だ。台地の形状に添っているからと言う俺の予測は半分しか当たっていなかった訳だが、

「それが駐屯地が利用されなかった説明に繋がるのか?」

「現地を見れば一目瞭然よ。原因は帝国の建設技術の高さにあるわ」

 潰すには手間とコストが掛かり過ぎ、さりとて兵舎以外への転用も難しい。

「奇しくも当時と全く同じ用途での再利用となった訳だな」

「城の警備兵も建設に参加しているのね」

 ラシェルが城の兵の顔を見知っていた訳では無く、軍服が違うのだ。

「軍服も統一する必要があるな」

 近衛も国王付きと差別化する必要があるし、何よりも、

「それが軍を強くする近道だから」

「そんなものですか?」

「軍の強さは練度と士気の高さ。練度を上げるには時間が掛かるけれど、士気は簡単に上げられる。軍服の新調はその一環だけれど、兵の統一感は練度の向上にも貢献するよ」

「では製作を急がせましょう」

 とラシェル。

「王都から連絡が来たのです。陛下の結婚式の日取りが決まりました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ