第三部第三章 ワッター伯爵二コラ
オーエン侯爵家の譜代伯爵家の一翼として主に隠密活動を担ってきたのがワッター家である。
長男のロランは近衛の隊長として登用した。長女のクレールは妻ラシェルの侍女である。そしていま次男のマルセルは掌中に収めて尋問しようとしている。
「さてマルセル・ド・ワッター、貴様のサガーエン家での任務のすべてを語ってもらおう」
マルセルは先程までサガーエン伯爵が座っていた椅子に座っている。但し拘束はしていない。部屋には俺の闘気が満ちている上に、マルセルの背後にあるドアの前には信頼する副官エルキュールが陣取っている。武器を持たないマルセルを取り逃がす心配は万に一つもない。引き続き書記官が記録を取っている。
「父の意図としては、伯爵家の嫡子が姫御前の婿養子に迎えられた場合に備えた布石と言うところでしょう」
「つまり貴様の意図は別にあると言う事だな」
「私は実家の意図がどうあれ、仕えた主を全力で支えるのみ」
尤もらしい答えではあるが、
「閣下がルイ陛下に賭けたように」
と言うのは言い過ぎだ。
「一緒にするな」
と一喝する。
「俺は自らの目で見て確かめて選んだ主君だが、お前は親に言われただけだろう。ましてや」
俺は主君を操ろうとは微塵も思わない。
「先程伯爵に質問しておられましたが、私は出兵を進言しました。但し閣下とは反対の勢力を支持するようにと」
「なるほど」
「伯爵家だけでは最大でも八千がやっとなので、親戚筋のナガーユ伯爵と共同で本家に働きかけましたが」
オーエン家は最後まで動かなかった。
「私が閣下の存在を知ったのは王都が落ちた後でしたが、侯爵様や父は知っていたようですね」
「知っていたと言っても名前だけだろうけどな」
「は?」
マルセルは俺がモーリス家の末裔かもしれないと言う話を知らなかったようだ。
「それを知っていれば挙兵の提案なんかしなかった。したとしても逆の提案を…」
尋問を始めてから初めて表情が変わったが、
「ワッター家でその調査を担当したのは恐らく兄のロランでしょう」
と言った時には元のポーカーフェイスに戻っていた。
「ワッター家としては俺の婿入り相続は都合が悪かったのだろうな」
「若に閣下への敵意を吹き込んだのは私の独断です。最後の賭けだったのですが、見事に裏目に出ましたね」
とさばさばした表情だった。
「ところで、先ほどサガーエン伯爵家の最大動員は八千だと言っていたが、だとすれば後の二千はどこから持ってきた?」
「それはワッター家ですよ。自らも兵を出すことでサガーエン伯の決意を後押しすると同時に、いざと言う時は自らを守るためにも使える」
俺はマルセルに戒めの首輪を付けて、
「ベルナールが二コラ伯を取り逃がしたなら、卿をワッター家の代表としてすべての責任を負ってもらう」
「それはある意味で光栄な最後ですね」
とマルセルは乾いた笑いを見せた。
「ベルナールが無事に任務を全うして戻って来たら、首輪も外して自由にしてやろう」
「その時には、閣下の下で使って戴けませんか?」
「考えておこう」
この場合の考える、は登用の是非ではない。どちらに転んでもワッター家の扱いに関しては既に決めてある。問題はマルセルに使い道があるかどうかだ。
現場まで騎馬でも半日掛かるので、戻ってくるまで最短でも一日ある。それまでに対応を詰めておこう。まずは、
「アルベールです」
隻腕の元大尉アルベール・デュマ。失った左腕を操り人形の腕で補完している。これは闘気を使る人間なら誰でも使えるのだが、問題は見た目である。彼は副次効果の偽装を用いて普通の腕に見せている。
「左手の具合はどうかな?」
「もう以前と変わりなく。いや色々と仕込めるから便利になりました」
と言って前腕部に仕込んだ刃を出して見せる。斬る為ではなく突く為の形状。敵に無手と思わせて不意を打つ暗殺用の武器だ。上腕部は軽くて丈夫な木製だが、前腕部は金属製で手の甲からナックルパートに掛けても金属板で補強してあり、籠手を着けているのと同じ効果だ。
これだけの仕掛けがあっても、アルベールの偽装により生身の腕にしか見えない。知らなければ俺でもやられただろう。俺は彼を諜報部の主任にと考えていた。出来ればワッター家の諜報組織も彼の下に組み込みたい。アルベールとクレール嬢の婿にすれば良いのだが、俺もラシェルもこの件に関しては命令したくない。
案ずるより産むが易しと言うが、一度会わせてみたら意気投合した。
「貴族の家に生まれたら、相手を自分で選べるなんて滅多にありませんから」
と言いつつも満更でもない様子のクレール嬢。
「結婚後も侍女の仕事を続けられるのが私の最低条件です」
「平民出の私が伯爵家のご令嬢を娶れるなど望外の幸福です。無くした左手は幸運の女神の裾を掴んでいるに違いないですね」
とアルベール。
「貴族のご令嬢では無くてもお綺麗な方ですけれどね」
クレール嬢は嘘が見抜けると言う。だからこそ嘘の付けないアルベールを気に入ったらしい。
この時点ではまだ跡継ぎの話はしていない。ワッター伯の動向がまだ不確定だからだ。クレール嬢は兄が二人言う状況で自分に跡目が回ってくるとは全く考えていない様だ。
そしてあくる日、
「ベルナール卿がワッター伯を連れて戻ったようです」
と連絡を受けて街の外で待ち受ける。
「抵抗されなかったか?」
もう少し手間取るかもと思ったのだが、
「ワッター伯軍は抵抗の意志を見せましたが、伯爵が制止したので事なきを得ました」
ワッター伯が率いているのは二千、対してサガーエン伯軍は八千で、これはベルナールに味方するはずだ。ベルナールが率いる騎兵五百も合わせれば負ける要素は無い。が伯爵が逃げに徹すれば不可能ではない戦力差だ。まあ逃げる心算なら、サガーエン伯が拘束された時点で逃げを打つべきだろう。
伯爵の次男マルセルは城門の上に待機させている。声は聞こえないが状況の推移は判るだろう。
後ろ手に縛られた二コラ伯爵を地面に座らせて、
「さて、一万の兵があれば俺に勝てると思ったか?」
と切り出した。
「貴方と戦う気はありませんでした。ただ交渉の切り札として使えればと」
出兵の首謀者が自分だと自白したのと同じだ。まあ盟友のサガーエン伯と息子のマルセルがこちらの手にある時点で逃げ道は無いと悟ったのだろうが、
「交渉だと。主君を相手に交渉とは随分と思いあがった物言いだな。貴様がすべきは謝罪。少し譲っても釈明だ。主君に会うために兵を伴うのは、叛逆以外の何物でもない」
と一喝するとそれまで平静を装っていた表情が一気に青ざめて引きつった。
「私は主家の為に」
「と言う名目で自家の利益を最大化してきたのだろう」
と一蹴し、
「それはそれで構わないよ。俺とルイ陛下もそういう関係だ。俺が許し難いのは、目的を果たす為に他人を利用する卑劣さだ。お前の息子はお前に倣って主君を使って俺を殺そうとしたよ」
俺はベルナールとのいざこざについて説明した。
「息子をそこまで追い込んでしまったことは父として慚愧に耐えません」
少し安心した。ここで、
「それも自分が命じたことです」
とか言って息子の責任を被ろうとしたらぶん殴ってやる所だった。
「卿の最大の失敗は、俺に戦争で挑んだ点だ。同じ負けるにしても最後まで自分が得意な謀略で押すべきだった」
俺の召喚に対して兵などに頼らずに無手で乗り込んでくるべきだった。娘のクレールを介してラシェルに泣きつけば、俺もおいそれと手は出せなかっただろう。
「ええ。貴方と実際に戦場で対峙してその愚を悟りましたよ。こちらが一万の兵を擁しているのに、貴方が率いる五百の騎兵に勝てる気がしなかった」
「今の王国で、俺に勝てるのはルイ陛下だけだよ。それも兵が同数なら俺に分があるけれどな」
ルイと同数の兵を集めるのは至難と言うか、この王国内では不可能だろう。
「さて、何か言い残すことはあるかい?」
俺は剣を抜いた。
「ワッター家の跡取りは?」
「それはもう決めてある。安心しろ」
「ならばもはや思い残すことは御座いません」
「判った」
俺は二コラの背後に廻り、剣では無く手刀を揮った。厳密には手刀の先から闘気を噴出して闘気の剣で首を刎ねたのだ。
「気分はどうだ?」
「どうだと言われても、あ」
二コラの闘気が完全に封じられている。闘気は生命の根源である心臓と知性を司る脳の間の連絡によって生まれる。その連絡を断ち切れば闘気は失われるのである。しかしそれを為すには闘気を込めた剣を用いるしかなく、それをすれば相手を殺す事になる。だがロランの義腕を見て閃いた。闘気を体の外へ出せる俺ならば闘気の流れだけを断ち切ることが可能なのではと。
「実験は成功だ」
思いついてもやたらと試す訳には行かなかった。
「ワシを殺さないのか?」
俺は縄を切ると、
「それは陛下次第だな」
と言ってベルナールを呼び寄せて、
「この書状を持って王都へ行け。陛下に直接渡して裁可を仰ぐように」
書状にはこの度の一連の騒動の顛末が詳細に書かれている。嘘は無いが、ある程度は主観を交えての内容だ。
「行く際には領地境にいるサガーエン家の兵八千を同行しろ。この旗を掲げて行けば咎められる事は無い筈だ」
と言って俺が賜った軍旗を授ける。
「さて次は」
城門の上からこちらを伺っているマルセルを手招きして、
「ワッター元伯爵二コラを領地まで護送してそこで勾留しろ。陛下の判断次第では死刑もあり得るので、それまでは早まるなよ」
と後半は伯爵に対してだ。
「ワッター家の相続に関しても保留だ。陛下の判断で改易もあり得るからな」
こちらにも連れてきた二千の兵の撤収を命じる。
後は陛下の判断待ちだ。
陛下の裁定は一月後。
サガーエン伯爵家は改易。息子のウェダ子爵ベルナールに改めて子爵に叙されると言う形式を取った。所領は飛び地状態だった旧領のみで以前の四分の一。没収された領土はオーエン家から嫁いだ姫の持参金だったので、オーエン家に返納された。
そしてワッター家に関してはオーエン公、つまり俺に一任とされた。サガーエン家が王家に直接仕える立場なのに対して、ワッター家はオーエン家の家臣。つまり王から見れば陪臣に当たるからだ。
「子爵に降格の上、領地は半減」
と決めた。
「サガーエン家に比べて甘くないですか?」
とギヨムが言うが、
「元の経済力が違うよ」
サガーエン家は最大で八千の兵を動員出来たが、ワッター家はその四分の一。この度の減封によりサガーエン家の動員力は二千に落ち、ワッター家は千と言う事に成る。これは子爵家としては最低ラインだ。
ワッター家を相続するのは長女のクレールとその夫となるアルベール。俺はワッター家が返納した領地の半分をアルベールに結婚祝いとして与えた。そして残りの半分を長男ロランに与えて男爵に叙した。ロランは叙爵に際してサッカム姓を名乗った。父二コラの結婚前の旧姓らしい。
さて相続からは外されたマルセルであるが、
「ルイ陛下はオーエン公爵領に王都以外では初めての高等法院の設置を決定された。そこで卿を調査部の主任に任じたい」




