第三部第二章 ワッター伯爵家
ワッター伯爵家の長男ロランは素性を隠して派遣軍に加わっていると言う。
「指揮官だったウェダ子爵やミュラ卿は気が付かなかったのかな?」
「無理でしょうね。ロラン兄さまは病弱と言う設定で人前に出ませんでしたから。その素顔を知っているのはワッター家内でも父と私だけでした」
とクレール女史。
「それで跡取りが務まるのか?」
「ワッター家には長子相続という決まりはありません。兄弟姉妹の中で最も優秀なモノが跡を継ぎます」
兄弟にそれぞれ任務を与えて互いに競わせると言う事か。
「と言う事は君が跡継ぎになると言う線もあるのかな?」
「実を言えば父も婿養子でした」
先代の娘だったクレールたちの母が家臣の中で最も優秀だった男を婿にとったのだと言う。
「婿は家中から選ぶのか?」
「特に決まりは無いと思います。まあ家業について知っている方が便利と言う事ですね」
「ともあれロラン君に会ってみるか」
クレール嬢の仲介は断った。互いの任務の邪魔をしないのが彼らの約束事であるし、本命が来るまでの余興としてはちょうどいい。
まず斧槍兵は除外できる。ミュラ家の一族郎党で構成されるので部外者が入り込む隙が無い。同じくナクァール家が提供した騎兵も外せる。やはり基本の二兵種である剣盾・槍盾のどちらかだろう。そして闘気は使えるはず。
まあ結論から言えば探すまでもなく見つかった。妹のクレール嬢を既に見ていたからだ。彼女も女性としては珍しい闘気使いで、それと極めて近しい闘気を発していたからだ。
「ロラン君。ちょっと良いかな?」
姓は隠していたが、名前はそのまま使っていたのだ。
「偽名を使うと却ってぼろが出ますから」
との事だが、
「妹にお聞きになったのですか?」
「兄が来ているとは聞いたが、どの人物かまでは強いて聞かなかった」
闘気を隠していたら見つけるまでもう少し手間取ったと思うのだけれど、
「あの騒動があったので、こちらから名乗って出ようかとも思ったのですが」
「子爵の暴走は、君の弟の策謀らしいが」
と切り出すと、
「マルセルですか。だとすれば目的は俺を殺す事でしょうねえ」
とロランは答えた。
「兄弟なのに?」
「兄弟だからと言うべきでしょうね」
家督を巡っての争いか。
「どうせ跡継ぎは妹のクレールに決まっているのに」
とロランが漏らす。
「彼女はそんな事は一言も」
「主家のお嬢様の侍女に付けられた妹が最も家督に近いのは、至極当然でしょう。弟がサガーエン伯の嫡子に付けられたのは、伯爵家の動きを封じるため」
「貴様が家に留め置かれたのは跡継ぎにする為では?」
「幼い頃は本当に病弱だったのです。十歳の頃、死に掛けて、死に損ねてこの力に目覚めましたけれど」
ロランは腕組みをしたままで腰の剣を抜き、背中の盾を構えた。
「闘気による義腕か」
闘気は基本的には体の外へ出せない。俺は外へ放出できる稀有な副次効果を持つが、闘気それ自体を物質化してモノに触れさせる事は出来ない。
「義腕は二対ありまして、通常の腕ではワッター家が得意とする双剣を使い、義腕では剣盾・槍盾を扱えます。そして状況に応じて切り替え可能です」
と言うと組んでいる腕が消えて剣と盾を握る腕が現れる。
「この義腕は、自身の腕に重ねる事で強化できます。通常の闘気強化では五割り増しが限界だと言われますが、私の義腕では三倍まで行けます」
「それは凄いな」
と褒めると、
「但し閣下には勝てません」
「謙虚だな」
「事実です。試しに闘気を出してみて戴けますか」
と言われたので闘気の結界でロランを覆うと、剣と盾が地面に落ちた。闘気の義腕が消えたのである。
「と言う訳で、閣下の闘気の中では干渉して義腕が出せません」
「だが通常の使い方、つまり腕力強化は可能だろう?」
「腕力だけ三倍あっても、双剣では閣下の剣には勝てません」
ロランの副次効果は義腕を作成できるが、腕以外の強化は出来ないらしい。
「この副次効果にはもう一つ使い道がありまして」
と言うので闘気を引っ込めると、
「直列に繋ぐとこの通り」
下に落ちた剣と盾を屈まずに拾って再装備する。直列に繋ぐと言うのはつまり腕を三倍まで伸ばせると言う事だ。
「なるほど戦闘以外でも使い道はあるな」
肝心なことを訊きそびれていた。
「結局のところ、貴様は何をしに来たのだ?」
「父からは、閣下がオーエン家にとって益か害かを確かめろと命じられましたが、それとは別に個人的に閣下を見定めに参りました」
「家臣が主君を値踏みするか。まあ俺は余所者だから仕方ないが」
「父は姫の能力も知っていますから、そこまで危険視はしていないでしょうけれど」
むしろ知った上でなお値踏みするとは出しゃばり過ぎだな。
「それで貴様の評価は?」
「父はお家大事の人ですが、私はオーエン家もワッター家もどうでも良いのです。私個人として使えるに足る人物か否か。最初の遭遇であのバカ子爵を一喝した時点で評価は決まりました」
ロランは俺の前に片膝を付いた。
「いや、卿の忠誠を受け入れる前に一つ訊いておきたいのだが」
「何でしょうか?」
ロランは気勢をそがれて顔を上に向ける。
「近衛をやる気はあるか?」
「私は閣下に…」
「ああ。王宮のではなく、俺個人の近衛兵団だよ」
俺は計画を説明する。
「今回のお国入りの際には陛下から近衛を借りたけれど、今後は公爵家で独自に近衛兵団を編成しても良いと許可を戴いた。王宮の近衛から二百名を上限としてスカウトしてよい事になって、今回の行軍はその選定も兼ねている」
オルレアン家からの移動組は対象外なので残りの八百が候補になるのだが、
「その中隊長を任せたいと思うだが」
「新参の私にそんな大役を?」
「いやあ、新参と言うなら俺の方だろう」
と笑い、
「自信がないかな?」
と挑発してみる。
「近衛と言えばあの大きな盾ですが、剣盾用と槍盾用、二本の義腕を重ねればいけるかもしれませんね」
ロラン・ド・ワッターの近衛への登用は決まった。
「単に護衛ならギヨムでも良いのでは?」
とエルキュールに言われたが、
「ギヨムは見た目が威圧的過ぎる。近衛兵は見栄えも重要だからね」
と言うのは表向きの理由。
「ギヨムの力は防御よりも攻撃に使いたい。それに護衛に必要なのは戦闘力だけではない。隠密として動いてたロランには暗殺への対策にも精通している」
特にワッター家がどう動くか判らない現状では、彼は目の届く場所に置いておきたい。
「ワッター伯はこちらの呼び出しに応じるかな?」
だが事態はこちらの予想を超えて動き出す。
「領地の境に軍勢が現れました。その数約一万」
と伝令が報せてくる。
「まさか、ワッター家にそんな動員力が?」
「いいえ。軍旗から見てサガーエン伯爵の兵かと思われます」
「アターリ伯爵家には兵は三千ほどしかいませんが」
とアンリ伯爵。
「心配しなくても良いよ。彼の相手は俺だろうからね」
俺は騎兵五百を率いて最前線へと向かった。
「これは何の騒ぎだ?」
と最前線の兵に詰問する。
「若を返して頂きたい」
最前線を仕切る指揮官が名乗りもせずにこう宣言した。
「貴様は誰に対してモノを言っているのか理解しているのかな」
俺は馬上から威圧する。
「その胸当ての紋章から公爵閣下と拝察いたします」
と膝を付いて礼を示す。
「貴様では話にならない。総大将を呼んで来い」
と命じると軍が左右に割れて伯爵本人が馬に乗って現れた。
「やれやれ。息子のバカは親譲りか」
伯爵は馬から降りずに名乗ったので、息子の時と同じく馬に闘気を浴びせて落馬させてやった。息子の方は若かったのでまだ受け身が取れたが、父親の方は頭から落ちて気絶した。俺は騎乗のまま進んで馬の前足で踏みつけさせた。
「全軍その場を動くな」
と広域で威圧を掛けて、
「一歩でも動いたら、反逆罪で一族郎党皆殺しだぞ」
俺は付き従ってきた騎馬兵に伯爵を縛り上げさせて悠然と北の町まで凱旋した。一万の兵は主君を捕縛されそこから一歩も動けなかった。ただ一人の例外は、
「お待ちください」
「誰だ?」
「伯爵の嫡子ウェダ子爵の小姓を務めております。マルセル・ド・ワッターと申します」
同行を申し出たので許可した。
「卿の父親、ワッター伯爵は来ていないのか?」
「いいえ。後方に控えております」
「俺は伯爵に召喚状をだしたのだが」
「存じております。父がサガーエン伯に相談して参りましたところ、伯爵様が激高して兵を率いての来訪となりました次第です」
激高だと。サガーエン伯爵を挙兵に誘導したの間違いだろう。
「それで、ワッター伯爵は何故出てこない?」
「二人とも居なくなると兵の抑えが利きませんので」
物は言いようだな。ワッター伯爵は巧みに一万の兵権を握ったことになる。まあそれを使う機会は与えないし、伯爵に一万の兵を運用できる戦術能力があるとも思えない。
町の参事会の一室を借りて伯爵の尋問を始める。鎧をはぎ取り、椅子に座らせて後ろ手に縛る。椅子があるだけ息子の時よりマシだろう。マルセル卿は同席を希望したので、口を開かないと言う条件で後ろに控えさせた。
「息子に会わせろ」
これが第一声だったので俺は一発殴ってやった。
「立場をわきまえろ。この反逆者が」
今すぐ首を刎ねて王都へ送れば、伯爵領はすべて俺のモノになる。
「一万もの兵を王の許可なく動かせば、自動的に国家反逆罪だ。俺が陛下に詫びを入れれば許して戴けるかもしれないが、何故俺がお前のために陛下に頭を下げなければならないのか。納得のいく理由を説明してもらおうか」
殴ったのは怒りの感情からではない。伯爵が何らかの操作を受けていても、この闘気注入で正気に戻せると踏んだのだ。部屋には俺の闘気で結界を張ってあるので背後にいるマルセルが何か仕掛けてくれば直ぐに判る。闘気を使えない伯爵には影響がないだろうが、闘気使いのマルセルにはかなりの圧が掛かっている筈だ。
「お前のその地位は本来ならワシの息子が得るべきだったのに」
あんまり改善したとは思えないな。
「動くのが一年遅かったな。昨年にオーエン家の意向に従わずに陛下のもとに馳せ参じていれば、オーエン家の婿は卿の息子だっただろうな」
と指摘されて項垂れた。
「但し、その場合でも得られたのは侯爵であって、公爵への陞爵は俺の軍功によるものだったと思うがね」
と付け加える。
「卿の息子は今こちらに向かってるはずだが、子爵がここでやらかした行為は卿の指図かな?」
「息子が何をした?」
と問い返されたので、
「ちょうど今卿の連れてきた兵が居た辺りに展開して、俺の行く手を遮った。前衛には陛下より借り受けた近衛兵団が居たにも拘らずだ」
「それは叛逆行為ではないか。そんなことをワシがさせるはずがないだろう」
「では彼の独断専行と言う事で、反逆罪は彼に適用されることになるな」
伯爵が兵を率いてやって来なければ内々で済ませる事も出来ただろうに。
「此処への行軍は王宮の許可を取ったのか?」
「二コラが手続きを取ったと思うが」
二コラとはワッター伯の名前だ。
「どうなのかな。マルセル君?」
「王都へ使者は出していると思いますが、詳細までは」
「ラシェルは王妃候補の姪で現状では王位継承権の第一位だ。その夫の領地へ兵隊を送りますなんて申請がそもそも通る訳が無いし、通ると思った時点でどうかしている。出兵を言い出したのはどちらの伯爵かな?」
「ワシは息子を助けたいと二コラに相談しただけだ。そうしたら行くなら兵を連れて行けと助言されて」
ちょうどベルナールが到着したので、
「ベルナール。お前に騎兵五百を任せる。直ちに領地の外で展開する軍の陣中からワッター伯二コラを捕縛してここへ連れてこい」
「了解しました」
ベルナールは俺から命令書を受け取ると、縛られている父には見向きもせずに任務に向かった。
「悪いが親子対面は少し待ってくれ」
と言って懐剣で縄を切り、伯爵を別室へ移す。無罪放免ではないので兵には監視を命じた。
「どこへ行く?」
伯爵の後へ続こうとするマルセル卿を呼び止めた。
「次は君の番だ。父親が到着する前に君の話をたっぷりと聞かせてもらう」




