第三部第一章 オーエン四天王
久しぶりにアターリ伯爵領内へ戻ってきた。北の玄関口であるミョスヴィルにはギヨム率いる五百のコーバス兵が待機していた。ギヨムが鍛えた大剣兵が百。後は剣盾と槍盾が半分ずつだ。
「領境に不審な部隊が展開していると聞いて、状況を伺っていました」
ミョスヴィルは領地境まで徒歩で半日程度で駆け付けられる。
「そうか」
俺は縛られているベルナールに向かって、
「助かったな。俺たちとトラブルを起こしていたら、背後からこいつらに襲われて全滅していたぞ」
「馬鹿な。数はほぼ同数ではないか」
とベルナールは言うが、
「五百のすべてが闘気使いだとしても?」
と言うと絶句した。
闘気使いは単体でも通常兵の三倍の強さとされるが、集団になると闘気の共鳴によって更に力を増す。その攻撃力は想像を絶する。
「ついでに言うと、貴様らと対峙していた近衛の前衛二百はオルレアン家からの転入組で、こちらも全員が闘気使いだよ」
近衛隊の主要装備は体を覆い隠せるほどの大きな盾。機動力には欠けるがその防御力はまさに鉄壁だ。これに傭兵団五十が機動力と攻撃力を付与する。俺の指揮があればこの二百五十だけでもオーエン兵を十分に蹴散らせるだろう。
「ところで、その男は何故縛られているのですか?」
鎧は剥がされているが、着ているモノは上等だ。
「叛逆の容疑者だ。出丸の独房に放り込んでくれ」
と言ってギヨムに託す。
「判りました」
ベルナール子爵は特に抵抗も見せずに従った。どうせ殺せはしないと高を括っているようだ。
ミョスヴィルで馬を調達してベルナールとギヨムを先行させて、残りはここで一泊する。ギヨムが率いてきた五百と、オーエン家からの派遣兵五百をまとめて俺の親衛隊として再編成するのが目的だ。
傭兵団は兵種が雑多なので一旦脇に置く。オーエン領から派遣された四百五十は、ミュラ家の斧槍兵二十と槍騎兵三十を外すと、剣盾と槍盾が二百ずつ。この二種が王国正規兵の主軸だからだ。
やや大きめの盾と剣を扱うのが第一列。そして少し小さめの盾を携え、槍を使ってその背後から支援する第二列。と言うのが王国の基本編成だ。よってこの二種の兵は出自が違っても無理なく混ざる。それぞれを五十名単位で小隊を作りその中から一人を隊長に選ぶ。それぞれ二個小隊、四個小隊をまとめて中隊とし、四個の中隊をまとめる大隊長としてアンニバーレを指名した。中隊の一つはアンニバーレが中隊長を兼務、一人は副長であったフィリップ。残りの二人は城に着いてから選ぶことにする。
残ったのは大剣部隊百名と槍騎兵三十騎、そして斧槍兵二十名だ。大剣部隊の指揮はギヨム以外にはあり得ない。騎兵は城に戻ってから二十騎追加してマゴンに小隊長を任せよう。あとは弓兵を五十で千名になる。傭兵団の中にも弓使いが数名いるようだからこの中から指揮官を選べるかもしれない。
「我々は員数外ですか?」
とジュスタン。
「斧槍兵は特殊過ぎて、俺にもどう扱って良いか判らないからな」
とぶちまけた上で、
「君にはコバース領へ戻ってから斧槍兵を含む兵五百を任せたい」
斧槍兵は最大で百名しかいない。それはすべてミュラ家の旗下に有るが、斧槍を扱う技それ自体は秘伝ではない。秘されているのは斧槍の製造方法だ。斧槍は構造が複雑で、ミュラ家以外では造れない。部外者が複製しようとしても重すぎて扱えないか、脆くてすぐに壊れるかのどちらかだ。一本ごとにナンバリングされて、何番を誰が持っているかが記録されている。誰かが奪ったとしても、それを扱えるようになる前にミュラ家の刺客によって討たれ、奪還されるだろう。ジュスタンが持つのは百番。これは一番若い番号で、最後が百九十九になる。
「ええ。家督は長兄が継ぎますが、流派の家元は自分が受け継ぐ事になっています」
本家の人間がこの番号を与えられるのは久しぶりらしい。
「別に何番の斧槍を持ったとしても、総指揮権は本家の人間が持つのですけれど、やはり斧槍を扱える人間がトップにいる方が何かと都合が良いのは確かですね」
要するにジュスタンはミュラ家の斧槍兵をすべて動かせる訳だ。
「単体で最強と言われる斧槍兵を百名すべて投入する機会はほぼ無いだろうとは思うけれど、それはそれとして、斧槍兵と他の兵種との連動について研究して欲しいんだ」
俺は斧槍兵を知らないが、ジュスタンは斧槍兵しか知らない訳だ。
アターリ城へ帰還して、若伯爵とその友人二人を内城へ戻す。
「ようこそアターリ城へ」
出迎えてくれた次兄が深々と頭を下げる。
「オーエン女公ラシェルだ。こちらは俺の兄でサン・ナーブルの司教です」
と初対面の二人を引き合わせる。
「初めまして。お義兄さま」
とラシェルが先に声を掛けて、
「サン・ナーブル司教リシャールです」
「なるほど。お顔の系統が違うのですね」
と笑うラシェルに、
「ええ。拙僧だけが母親似だったのです」
兄は仕事が溜まっているからと俺と入れ替わりで自分の司教領へ戻った。
オーエン家には四天王と呼ばれる四つの譜代伯爵家がある。斧槍のミュラ家はその筆頭だが、他に大剣を使うアダーツ伯爵家。双剣を携えて隠密活動を担うワッター伯爵家。騎乗槍をお家芸とするナクァール伯爵家と続く。派遣軍の内で騎兵はナクァール家の管轄だ。
「アダーツの大剣兵が来なかった事に他意は無いでしょう。彼らは城の護衛が主任務なので。それよりも問題はワッター家の動向ですが」
と言ったラシェルの視線の先には、
「ワッター家は常に複数の選択肢を持って動きますが、ラシェル様のご結婚により分家からの養子縁組の線は消えました。その前提で送り込まれていた人員が整理されつつあります」
と侍女。
「彼女はワッター伯爵の長女なのです」
クレール・ド・ワッター嬢は主家のお嬢様のお傍にあってこれを守る事を任務としている。
「ワッター家の忠誠は個人ではなくオーエン家そのものに向かうと言う事か」
と念押しして、
「それならば、俺がワッター家の誰かを敵対者として処断したとしても、ワッター家が纏まって離反することは無い。と理解して良いのだな」
「そうですが、現状は人事異動の真っ最中なので」
「判っている。今後の話だよ。俺がオーエン家に関わる以前の作戦行動を遡って咎める気はないよ」
あとは向こうの出方次第だ。
「エルキュール・ブノア卿が到着しました」
と知らせが来る。
「じゃあちょっと行ってくる」
俺は出丸に幽閉中のベルナール子爵の元へ向かった。
ベルナールは後ろ手に縛られて床に正座させられている。俺はその前で椅子に腰掛けて、
「さて尋問を始める」
同席しているのはエルキュールと書記官の二人だけ。
「元はジュスタン卿が率いてくるはずだった派遣軍の指揮官の座を奪ったそうだが、それは貴様の一存か。それとも家の都合か?」
「父は関係ない。私が侯爵様に直接お願いしたのだ」
「では俺の行軍を遮ったのも貴様の一存か?」
「遮ったと言うのは誤解で、公爵ご夫妻の通過を見逃さないように兵を配置しただけだ」
「それなら、俺の軍が到着した時点でそちらから挨拶に来ないとおかしいよなあ」
と言って闘気を浴びせながら歩み寄る。
「と言って、俺の軍に戦いを仕掛けてきた訳でもない。こちらが思ったよりも多くの兵を連れていたから躊躇ったか?」
俺はニヤリと笑って、
「まああの状況で戦闘になっていたら、オーエン家は陛下によってお取り潰しにされただろうなあ」
キョトンとしているベルナールに、
「オルレアン家出身の陛下にとって、無傷のオーエン家は最後に残った目の上の瘤だ。先代は改易を回避するために俺との縁談を持ちかけたのだよ」
「アルチュール公は陛下の最側近だと聞いていたが?」
「俺がオーエン家を御すことが出来ればそれでよし。駄目なら俺ごと潰せばいい。その程度だよ」
とぼやき、
「俺としてはオーエン家内部の不穏分子を一掃して、身の安全を確保したい。故に貴様はその最初の生贄になってもらう」
と言って剣を抜く。
「貴族である私を勝手に処罰することは」
「戦場では貴族も平民も関係なく命を落とす。貴様を送り出した人間も、貴様の死は想定の範囲内だろうよ」
「私は自分の意志で」
と言いながら立ち上がろうとするベルナールに、
「あまり動くな。楽に死ねないぞ」
俺の闘気で威圧しているので、正直動けることに驚いている。
「違う。私は騙されたんだ」
俺は振り落とした剣を九十度傾けて峰打ちにした。俺が片手半剣を選んだのがこの融通性だ。右手一本で扱う時には空いている左手で別の敵を牽制する。両手で持つと当然に威力が増すが、左手の握りを九十度傾ける事で、寸前で主導権を左に移すことで自然に峰打ちに切り替えられる。それでも闘気を込めて打てば肩の骨は砕けていただろう。
「宜しく」
俺は剣を鞘に納めてエルキュールに声を掛けた。
「この為に呼んだんですか?」
エルキュールは苦笑しつつも活性の副次効果を用いて意識を取り戻させる。
「続きを聞こうか」
「姫御前は、強い男と結婚すると言っていたから、姫御前が選んだ男を殺すことが出来ればチャンスはあると」
吹き込まれたらしいが、
「誰に?」
と訊くと、答えが曖昧だ。
「父上では無かった。あれは…」
と頭を抱え込む。
「副次効果による暗示ですね」
とエルキュール。
「そんな事も出来るのか?」
「対象がやりたくないことをやらせるほどの強制力はありません。実際に貴方と対峙して、勝てないと悟って手を出さなかったでしょう」
と笑うエルキュール。
「それに闘気使い相手には効果がありません。自分の闘気を相手に注ぐ訳ですから」
なるほど。その時点で共鳴が起こるから、対象を害するような効果は発動しない。だとすれば、
「死ぬなよ」
俺はベルナールの額に手を当てて闘気を放った。これで覚醒条件は満たされるはずだ。
子爵は俺の計算通り闘気を身に着けた。
「どうだ。思い出したか?」
子爵の縄を解いて先程と同じ体勢で座らせる。違いは自由になった彼の手が前で組まれていることだ。
「マルセル。私の幼少期からの護衛役だった、マルセル・ド・ワッター」
「そのマルセルは貴様になんと言ったんだ?」
「姫御前に私の力を認めさせるには、姫御前が選んだ男を倒すしかないと」
「殺せとは言われなかったんだな」
「私に無理だと言われたから、私はやって見せると言い返した」
つまり俺に対する敵愾心を煽って、あわよくば俺を殺せれば、か。
「貴方を本気で殺す気なら、刺客としてはやや不足ですね」
俺を殺すのが目的ではなく、この子爵に俺を殺させること。それも失敗すると判っていて、恐らくは彼と彼の実家までを巻き込むのが目的だ。
「気に入らないな。やり口も陰険だが、幼少期から仕えた相手を陥れるその性根が」
これがワッター家のやり口だとすれば、
「あの」
とベルナールが姿勢を正して、
「ウェダ子爵ベルナール、オーエン侯爵アルチュール閣下に忠誠をお誓い申し上げます」
俺は改めて剣を抜いてベルナールの両肩を叩き、
「子爵の忠誠を受け入れる」
俺はエルキュールに向き直り、
「子爵は君に任せるから、こっそりとコーバス城へ連れ帰って鍛えてくれ」
闘気は身に着けたが肝心の武芸がさっぱりの筈だ。
「素性を隠せと言う事ですね?」
「ああ。子爵はまだここに幽閉されたままと言う事にしておく」
俺は内城へ戻るとラシェルの侍女を呼び出して、
「マルセルと言う男が君の家にいるか?」
と問うた。
「次兄の名がマルセルですが?」
「今どこに居るか知っているか?」
「五歳からサガーエン伯爵家に仕えています」
なるほど。伯爵の次男で間違いなさそうだ。
「ワッター伯の子供は君を入れて何人だ?」
「六人です。兄が二人に弟が一人。他に妹が二人」
次兄は分家に送り込まれて、長女は本家のお嬢様付きか。
「長兄は派遣軍に紛れてこの城に来ていますよ」
「え。双剣使いは居なかったと思うが」
「もちろん双剣以外も使えます。潜入作戦の場合にはそれが格好のカモフラージュになりますからね」
確かにそうだ。
「密命を帯びているのだと思って声は掛けませんでしたけれど、呼び出しましょうか?」
「いいや。呼びたいのは君の父上の方だ」
「それならば私の方で手紙をしたためましょう」
とラシェルが請け負ってくれた。




