第九話
助けを求めようと店主を見ると、彼はニヤニヤと笑っていた。
あいつも仲間だったのか……そう思った瞬間、強引に布を口に噛ませられる。
「えへへ、黙ってな」
「しかし、こいついい女だな。高く売れそうだぜ」
こいつら、人さらいの集団か。
男たちが俺を取り囲みそんな話をする。一人はがたいのいい大男、俺を引っ張りこんだやつだ。
あとは後ろのほうに一人か二人いるみたいだが、俺の方からは見えていない。
「こいつの連れもいい女だったな」
「ああ、でもエルフは仲間意識が強いからな。どこまでも探しにくるぞ」
「じゃ、こいつだけで我慢するか」
その言葉とともに両手を後ろに持っていかれ、手首を紐で縛られた。ちくしょう、女の力じゃ抵抗できない……悔しさが表情に出る。
「へへへ、悔しそうだな……っ!?」
俺の顔を大男が覗き込んだ瞬間、白目をむいてこちらへと倒れ込む。その後ろにはキマラが恐ろしいほどの怖い顔で男たちを睨み、立っていた。
「次は誰が相手?」
彼女は倒れた男の背中に右足を乗せ、素早くナイフを構える。
「げっ、冒険者かよ」
身のこなしからか、一瞬で彼女が冒険者だと当てた悪人たちは大男を残したまま逃げていった。
後には身動きのできない俺が残る。
「もう、なんですぐに声を上げないの!」
そう文句を言いながら、彼女は俺の手首の紐を切り、口の布を取り外す。そして、俺の顔をじっと見つめた。
「ご、ごめん」
「あんた、可愛いんだから気をつけないとダメでしょ!」
キマラは青い髪を振り乱しながら、さらに熱く語り始めた。
「まったく、なんでフードを被っておくように言ったか考えれば分かるじゃない! 少しは自分の価値を意識しなさいって言うか、これで分かったでしょ! あんた可愛いの! 凄く凄く……もーう! 凄く可愛いんだから!」
「か、可愛い!?」
その赤い瞳が俺の瞳に触れるのではないかというほどに顔を近づけて怒る。俺は男の時には言われたことない『可愛い』という言葉に、戸惑いと動揺からフードを被りなおした。
「そう、ちゃんと被っておきなさい」
「う、うん」
そうだ、先輩の顔だから当たり前……っか。
俺はキマラの顔をちらりと見る。彼女だってエルフだし、美少女だし。でも、そんな子に可愛いとか言われたら、本気で可愛いのかもしれない。
「俺って可愛いのか?」
俺のぽつりと言った言葉に、キマラは振り向くと俺に右手を差し出した。その長い指に、先輩の小さな手になった俺の指を絡めていく。
二つの白く小さな手が一つになった。
「さあ、行くわよ。離さないでね」
「ああ、でもこいつは?」
「途中で衛兵でも見つけて……あっ、すみません! こっちに人さらいがいます!」
たまたま巡回していた衛兵を見つけた彼女は、左手を大きく振って呼び寄せる。そして、冒険者証を見せると、ことの成り行きを話した。
「またこいつらか……」
その顔に覚えがあったらしい衛兵二人は、大男をしばりあげると二人でどこかに連行していく。
「さあ、もう少し見て回りましょ。もう、この手はぜえええったい離さないこと! いいわね!」
「わかった」
返事を聞いた彼女は、満足そうに大きくうなずくと上機嫌で俺の手を引っ張って歩き出したのだった。
☆
俺たちはいろいろなお店を見て回った。キマラは「何、これ可愛いいいい」とか、「すてきいい」とか、相変わらずの女子高生ムーブをかましていた。
エルフはだいたいこんなノリなのかな、と思って周囲を確認する。だが、人間に対して値切り交渉をしている連中以外は、比較的静かに買い物をしていた。
どうも彼女だけが特別らしい。まあ、見ていて飽きないけど。
「ねえ、これとこれどっちが似合うと思う?」
「えーと、こっち」
「そうかあ、やっぱり薄い青のほうかぁ。でも、こっちの赤いペンダントもすてがたいのよね」
「うん」
「やっぱりぃ、ねえ、そう思うでしょ」
「うん」
「悩みどころよね」
終始こんな感じで買うのかと思うと、次の店へと移っていく。それを何回か繰り返していたせいか、思ったより荷物が増えていた。
正直、どこで何を買ったのかは記憶になく、楽しそうなキマラの笑顔だけが記憶にある。
「こっちね」
そんな中でも店から移動するときは必ず俺と手を繋いで歩いていく。ちょっと過保護過ぎて恥ずかしい気がするが、一回彼女を心配させてしまっているので素直に手を握ってついて行った。
さっきの店が最後だったのだろう。
彼女は朝市から遠ざかると橋を渡り、細い路地へと歩いていく。そして、幅1メートルくらいの水路沿いの道を歩いていくと、さらに路地裏へと入って行った。
「大丈夫」
俺の不安が伝わったのだろう。彼女は握る力を少し強めると安心させるように後ろを振り向いて言った。
「おう」
俺が強がってそう返事をしてみせると、キマラが急に立ち止まる。
そこは半分壊れかけた看板が掲げられている、いかにも怪しいお店の入口だった。営業中とは思えないその扉をギィーという嫌な音とともに彼女は開けていく。
「おお、元気か」
「ええ、元気よ」
一人の客がキマラに気がつくと、親し気に挨拶をした。それに愛想よく答えた彼女は、俺と手をつないだまま中へと入っていく。
扉を閉めようと立ち止まった俺に、「いいのよ」と言うとさらに奥へとすすむ彼女。心配そうに扉を見る俺に、一人の美女がウインクすると扉を閉めてくれた。
「す、すみません」
お礼に対して美女が笑顔で小さく手をあげると、急にキマラに腕を引っ張られる。
周囲を見ると美女、美男だらけ。ここはエルフたちが集う酒場のようで、お酒の匂いがツンと鼻についた。
「ねえ、人間の子と泊まるのにちょうどいいところない?」
コップを磨いていた店主らしきイケおじにそう尋ねると、彼はコップにふうと息を吹きかけ言った。
「水でいいか?」
「ええ、二杯ね」
『飲むでしょ』と言わんばかりに、受け取った飲み物を俺の前に差し出すキマラ。
この世界の水は薄めた葡萄酒である。少し濃い目のそれに少し俺が口をつけると、すぐにコップをカウンターに置いた。
キマラのほうは一気飲みである。
「あー、生き返るわね」
これは薄めていない葡萄酒だ。匂いから分かる。
俺とは違って、彼女はかなり飲めるほうらしい。移動の間は水しか飲んでなかったので分からなかったが。
「おとなしい子だな……そうだな、最近できたところだがいいところがあるぞ」
「えっ!? どこ?」
「この店の前の水路沿いをまっすぐ行くと、パン屋だったところがあるだろ」
「えっ、あのパン屋潰れたの!?」
「潰れちゃいない。大通りに移っただけだ……って、続きいいか?」
「あっ、ごめんなさい。もう一杯たのむわ」
「あいよ」
キマラがコインを置くと、瓶に入った飲み物がトクトクッと注がれていく。色からして、やはり薄めていない葡萄酒だ。
「そのパン屋……を右に曲がって大通りをまっすぐ横断した先に路地があるから、その角にある宿屋だ」
「へえ、そんな目立たないところにあるのね」
「ああ、でも常連は結構ついてるみたいだな」
「そうなのね。なら安心だわ」
そのやり取りを聞きながら、俺は『水』を一口含む。
さすがに喉が渇いていても、これを水のように飲むのは勘弁だ。酔っちまう。
俺は咳き込みそうになるのを必死に抑え、平気なフリをしてみせた。
「ふふっ、ゆっくり飲みなさい」
それでも彼女にはばれていた。
俺はすでに頬が赤くなっている彼女の言葉に甘え、「ごめん」と言って椅子に座ると、少しずつチビチビと飲み始めたのだった。




