第八話
たくさんの商品を積んだ二頭立ての馬車は、歩くのとそんなに変わらないスピードで進んで行く。道が舗装されていないこともあるだろう、振動がかなり尻にくる。
荷台の頑丈な木組みには商品が固定されており、外側には布が張ってあった。
「なるほど、3日かかるんですね」
「ああ、そうだ」
ウッドデッキさんのお兄さんの名前は、ウッドブロックさんと言うらしい。座る場所も限られているので、少し広めの御者台に俺は彼と一緒に座っていた。
俺たちの会話を聞いて、荷台にいたキマラが声をかける。
「えっ、私、3、4日って言わなかったっけ?」
「ううん。港町に向かうから付いてきてとしか……」
「うふふ、それで付いていくほうも変じゃない?」
ウッドデッキさんの言葉に俺は恥ずかしそうに下を向いた。
そうだな、旅の計画ぐらい聞くべきだな。
「でも、キマラも信用されているのね」
「そうなのよ。もう、頼れる先輩って感じ」
彼女がそう言って胸を張ると、ウッドデッキさんがその背中をパチンと軽く叩き、笑い合った。その様子を見て、彼女たちは親友に近い関係なのだろうと思う。
やっぱり亜人を差別しない人間もいるんだ。
「俺たちは亜人相手の商売をしているんだ。俺も妹も元冒険者で仲間の亜人に助けられたりしてるしな」
「ああ、それで……」
俺は少し身を乗り出すと、彼の腕などを観察する。確かにお腹は中年のそれだが、腕や首周りの筋肉は鍛え上げられた冒険者を思わせた。
「あっ、な、なんだ。あれだったら、時間がある時に少し鍛えてやってもいいぞ」
顔を反らした彼は、少し戸惑いながらそう言った。
「えっ、本当ですか!?」
元冒険者、たぶんキマラより経験があるであろう彼に鍛えてもらえる。その嬉しさに俺は思わず、彼の腕をぐっと掴んだ。
そして、そのまま顔を近づけると、上目遣いで彼を見上げる。
「うっ!?」
急に近づいたので驚いたのか、彼は顔を赤くして持っていた手綱を思わず、ぐっとひっぱりあげた。
すると馬がいななき、馬車が停まってしまった。
「おっと……どう、どう!」
彼がそう掛け声をかけ、手綱を操作すると再び馬が歩き出す。どうも左側の馬の動きに合わせて、右側の馬が動いているらしい。
「す、すみません。嬉しくて」
「大丈夫」
彼は一言そういうと、ニッと小さく笑って見せた。
「兄さんはBランクまでいった冒険者よ。強いんだから」
「待て、俺はCランクだったぞ」
「面倒くさがってBランクの試験を受けてないだけじゃない。実質Bランクと同じよ」
そう言われて食い下がったのか、彼はそのまま前を向くと何事もなかったかのように馬車の操作に専念するのだった。
☆
それから目的地の港町まで、街道沿いにある宿場町に宿泊しながら進んだ。ウッドデッキさんたちは港町より先まで進みたいそうなので、空が明るくなると同時に宿屋を出る。
朝のうちに港町には到着するみたいだ。
「凄いですね」
「いや、そんなことはないよ」
「いえ、ダンジョンで妹さんを背負いながら、帰ってくるなんて」
ここまで彼の話を聞いた様子だと、この世界はゲームやラノベで言うところの異世界ファンタジーぐらいの文明レベルらしい。町には石造りの建物が立ち並び、移動は主に馬車のようだ。モンスターもいる。
「たまたま強い敵に出会わなかっただけだ。あっ、ダンジョンに潜る時は松明も用意しておいたほうがいいぞ。いざという時は武器にもなるしな」
「なるほど、わかりました」
この二日間、休憩の合間や夕食後にナイフの使い方を、移動中に冒険者としての基礎知識をお兄さんに教えてもらう。
男どうし(今は女だけど)、なんとなく気が合うみたいだ。
「おっ、あれがエイルだ」
山間の道を抜けると、眼下に町と海が広がっていた。
思ったよりも大きな町に背中からくる朝日がキラキラと海に反射している。
俺はその絶景に思わず、「わあ」と声を上げた。
「ふふっ、子供みたい」
キマラの言葉に、なんとなく居心地が悪くなり黙りこむ。そんな俺の頭をお兄さんはその大きな手をポンと乗せた。
「身内もいないんじゃ、この先苦労すると思うけど頑張りな」
「う、うん」
そう、今はキマラが一緒だけど、女神が言ってたエルフに会えば別れることになるかもしれない。俺はそんなことを思いながら、再びその光景を見つめるのだった。
☆
町の手前には畑が広がっており、そこまで来ると風に乗って海の匂いが強くなる。
周囲は石壁で囲まれており、道の先にある馬車も抜けられるような門を衛兵三人がちょうど開けているところだった。
ウッドデッキさんたちは町に入らず、門の手前を右に進んでいくらしい。
その分岐で馬車を止めると、ウッドブロックさんは言った。
「じゃ、俺たちはここまでだ」
「あっ……はい」
俺は気の抜けた返事をする。せっかく仲良くなれた人たちと別れるのは寂しい。
すると彼は荷台の奥に向かい、何やら手に持って戻ってくる。
「なに、また会えるさ。獣人の町に来た時はよろしくな」
そう言って、漆黒の小さな革の帽子を俺の前に差し出した。
「えっ、これ……」
「頭は大事だから守っとけ」
彼は俺に向かってそう言うと、さらにウッドデッキさんに向かって尋ねる。
「なあ、これやってもいいだろ」
「兄さんがこんなに上機嫌なのも珍しい。いいわよ、あげて」
彼女の嬉しそうな返事に、俺はその帽子を受け取った。
「大事にします」
「ああ」
俺の言葉にお兄さんは笑顔を見せる。
「ねえ、ヒロ。手伝って」
キマラの言葉に俺は「おう」と返事をすると荷台に飛び乗った。そして、二人で荷物を降ろすのだった。
☆
「よし、行っていいぞ」
二人と別れた俺たちは、開いたばかりの門に向かった。今度は冒険者証があるせいか、わりとすんなり通してもらえる。
キマラのほうは衛兵にしばらく止められ、その大きな胸をじろじろと見られていた。
「意外とすんなり通れたな」
「もう、三人でじろじろ見ることないじゃない!」
衛兵に聞こえないところまできたところで、彼女は怒りを露わにする。ここ数日の会話で分かったことだが、彼女は他のエルフとは違う大きな胸をかなり気にしているらしい。
そんなことを考えていると、つい大きく揺れる二つの丘に思わず目がいってしまった。
「ねえ!」
「えっ、あっ、あの……」
俺も怒られる。そう思って、体を跳ねさせた。
「ごめん、驚かせちゃって。ねえ見て、朝市よ」
その言葉に前を向くと、先の方にいろいろな露店が並んでいるのが見える。彼女は俺の手を取ると、そこに向かって歩き出した。
「ちょっ」
「早くいきましょ。掘り出し物があるかもしれないわ」
彼女の勢いに俺はただ従うしかなかった。
キラキラとしたペンダントを売ってる店や、果物を売ってる店。それらを一緒に見て回る。
「ちょっと向こうの店を見てくるわね」
キマラが道の向かいにある、何やら小さな瓶の並んでいる店を指差すと向かって行く。一人取り残された俺は、露店のたこ焼きみたいな料理に目がいった。
「なんだろ、たこ焼きのような」
その色は青く、小麦粉ではないのが容易に分かる。俺はそれをもっとよく見ようと、フードを後ろへ外した。
そうするとわずかだが、刺激臭が鼻にくる。
「うわっ、これは絶対たこ焼きじゃ……えっ!?」
俺がそう言いかけた時、見知らぬ男に腕を強く掴まれる。そして、細い体ごと路地裏へと引きずり込まれたのだった。




