第七話
その人物はいかにも仕事のできるキャリアウーマンといった感じだった。彼女は右手に本を抱えながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「どうしたの? 兄さん」
中年太りの男にそう言った彼女は、鋭い目つきは似ているものの容姿はそれなりに整っている。とても、兄妹とは思えない見た目だった。
それに男があごでこちらを指し示すと、彼女は不思議そうにこちらへと顔を向けた。
「あっ、キマラさんじゃない」
「ウッドデッキさん、こんにちは」
ギルド職員以外で亜人と分かって笑顔を向ける人間がいる。それに少し驚いている自分がいた。
まだ二日だけど、もうこの世界の感覚に慣れてきている。
「兄さん、キマラさんがいたから停まったのね」
「ああ」
彼は簡単な返事をすると、荷台から木製のバケツを降ろしてきた。
「馬に水をやってくる」
「わかったわ。私はキマラさんと話してくるわね」
彼女は少しスカートを上にあげ、白い足を見せるとゆっくり川へ下りてくる。少し派手な衣装、腕輪やネックレスは歩くのには少し邪魔そうにみえた。
キマラの知り合いならと、俺は彼女に向かって少し頭を下げた。
「この子、知り合い?」
「えーと、冒険者仲間かな。森で迷ってたところを助けたって言うか、助けられたと言うか」
「へえー、そうなの……ねえ、これとか興味ない?」
彼女は優しい笑顔でそう言うと、目の前にネックレスを持ってくる。それに特に興味がなかった俺は、「い、いえ」と短く答えた。
「ふふ、警戒されちゃったわね」
「これから、どっかの村で行商?」
「ううん。実はお店を出そうと思って」
「えっ!? お店を開くんですか!?」
「そう……でも、一年前の約束だったからどうかなとは思ってるんだけど、獣人の町に見込みのある子がいてね。その子と一緒に店を開く約束なんだけど、お金を貯めるのに時間がかかっちゃって」
「そうなんですね」
「待っててくれるといいんだけど」
二人はそんな話をしながら、近くの岩に向かうと並んで座る。楽し気な話し声が川原に響く中、ウッドデッキさんのお兄さんは水を汲んだバケツをその場に並べていた。
「派手な衣装だろ」
彼は俺がじっとその様子を見ているのに気がつくと、気さくに話しかけてきた。
「はい」
「あれな。商品の見本になってるんだよ」
「なるほど……そうなんですね」
自分が歩くマネキンになってる感じか。
俺の返事に少し機嫌をよくした彼は、荷台のほうをあごで指し示す。
「いくつか見てもいいぜ。キマラの知り合いなら歓迎だ」
「えっ、いいんですか?」
俺がそう彼に向かって返事をした時だった。後ろからウッドデッキさんが大声で叫んだ。
「兄さん! 驚かせちゃ駄目よ!」
その言葉に彼はビクッと体を震わせた。よく見ると無造作に伸びた無精髭に突き出たお腹、その割には首の付け根や肩回りは異様に盛り上がっている。
俺的にはよくいるおじさんと言った感じで気にならなかったが、女の子には敬遠される容姿なのは間違いなかった。
ああ、なるほど。
「大丈夫です! 少し荷台を見せてもらっていいですか?」
ウッドデッキさんへ俺は大きな声でそう答える。すると彼女は立ち上がり、笑顔をこちらに向けた。
「良いわよ。兄さん見せてあげて」
「ああ、わかった」
彼は少し上機嫌でそう返事をすると、水のたっぷり入ったバケツを軽々と持ち上げ、馬車へと向かうのだった。
☆
「指輪はここで、ネックレスはこんな感じかな」
彼は荷台から荷物を取り出すと、装飾品が入った箱を持ってくる。キラキラとしたものや、鳥や動物の装飾が施されたものが並んでいた。
そういうのには興味ないんだけどな。
俺はそう思いながらも、せっかく見せてくれたものなのでじっとそれらを見つめていた。
「触ってもいいよ」
「は、はい」
言われても……そう思ってた時、奥のほうに小さめの革の小手を見つける。それに興味がわいた俺は指差して言った。
「あの、あれも売り物ですか?」
「あ、ああ。持ってくる」
「す、すみません」
それは近くで見てもやはり小さく、でも今の俺の腕にはちょうど合いそうなサイズだった。
二つのベルトで腕に装着するタイプらしい。
「横にナイフなんかも装着できる」
そう言うと横の細いベルトを二本緩め、手持ちのナイフを固定して見せた。
「便利ですね」
「ああ、気に入ったかい?」
「ええ、他にも何かありますか?」
いくつか装備を見せてもらう。だが、行商で積める荷物が限られているためか、そんなに目新しいものはないようだった。
もっとも高価なものは、俺の前には出してないだけかもしれないが。
「その小手がそんなに気に入ったかい?」
「え、ええ。でもお金が」
俺がそう答えた直後だった。
「ねえ、それが欲しいの?」
「うわっ!?」
突然、耳元で聞こえたキマラの声に、俺は大声で叫び驚いた。驚く俺を見て、キマラはいたずらっ子のような顔をすると、にっこりと笑ってお兄さんに話しかけた。
「これ、ちょうだい」
「い、いいのか?」
「ええ、大丈夫よ」
二人は何やら指で合図をすると、商談が成立したようでキマラが財布からお金を出した。
「本当に、買ってもいいのか?」
「うん。欲しかったんでしょ。もうヒロったら、何が欲しいとか言わないから」
俺の言葉に彼女はそう返事をすると、男から小手を受け取った。
「さっきの指のやつは何?」
「ああ、あれはエルフたちがよくやる商談の時の決まり事なのよ。指で値切りの交渉とかするんだけど、エルフの中にはお金のことを口にしたくない人もいるの」
「なるほど」
説明に俺が納得したのを確認すると、彼女は小手を俺の前へと差し出した。
「はい」
「ありがとな」
嬉しさのあまり満面の笑みをキマラに向ける。それを見て彼女は「うーん」と顔を真っ赤にして悶えると、隣にいたウッドデッキさんへと抱き着いた。
「ちょっ、何よ急に!?」
「もう! 可愛すぎてダメえええ……っ!」
それに困惑した顔をしたウッドデッキさんは、俺のほうへと視線を向ける。
「話は聞いたわ。ちょうど、通り道だからエイルまで一緒に行くことになったの」
「そ、そうなんですか。御迷惑じゃ」
「大丈夫よ。護衛もお願いしたいし……ただし、商品もあるから狭いわよ」
その言葉に、ウッドデッキさんの胸に顔を埋めていたキマラが顔をあげる。
「歩くよりかは乗せてもらった方が全然楽よ。それでいいでしょ」
「うん、いいけど……」
キマラに向かってそう返事をすると、お兄さんのほうを見る。女性ばかりだと彼の肩身が狭いのでは、と思ったからだ。
「ああ、兄さんはああ見えても優しいし、怖くないのよ。いざという時は守ってくれるし……」
ウッドデッキさんは、俺が彼を嫌がっていると思っている。そうじゃないことをアピールするため、慌てて首を横に振ってこう言った。
「いえ! そうじゃなくて、お兄さんに迷惑じゃないかと思って」
その言葉に彼女はちょっと驚いた表情をみせるが、すぐに笑顔を見せる。
「ふっ、大丈夫よ。まあ、少し騒がしくなるけど、ねえ、平気でしょ兄さん」
「ああ」
彼は少し笑顔を見せてそう返事をすると、馬のところへと歩いて行ったのだった。




