第十話
部屋にベッドが二つあって助かった。馬車での移動中は彼女たちと同じベッドに入れずに椅子で眠ってたっけ。
あの時は目のやり場に困る事も多々あったけど、俺が部屋から抜け出して何とかした。
「今日はゆっくり眠れたな」
俺は目を覚ますと、天井を見つめながら言った。久々のベッドは硬いながらも寝心地はいい。
顔にまとわりつく自分の髪の毛を、邪険に右手で横になぎ払う。すると、何かやわらかいものが右手に当たった。
「なんだ?」
それを確かめるべく俺は顔を横に向ける。すると、俺の右手がキマラの頬に当たっていた。
「ご、ごめっ……ん?」
「ん~」
柔らかい頬の感触から手をどけると、まだ熟睡中のキマラは何やら言葉にならない言葉を発している。
「なんで……こっちのベッドで寝てるんだ?」
そう思いながら、いつの間にかベッドの端にきていた自分の体をキマラのほうへ向けた。仰向けになって寝ている彼女は、時々、尖った長い耳をピクピクッと動かしている。
「猫みたいだな。ちょっとだけ」
俺は好奇心から、その耳をちょんと指先で触れてみる。すると、それに合わせてビクッと左右に耳が動いた。
これは面白い。そう思った俺は顔を近づけると、今度は息をふっーと吹きかける。
「ははっ」
それに合わせてピクピクッと耳を払うように動かす彼女。
しかし、改めてみると凄い美少女だ。
「昨日の酒場にいたエルフの中でも一番の美人じゃないかな」
耳の動きが面白くてやめられない。俺は時々息を吹きかけながら、そんなことをぽつりとつぶやいた。
そういえば、他のエルフの胸は全体的にそんなに大きくなかったな。彼女だけが特別にグラビアアイドル並みの爆乳なのだろうか、それともあそこにいないだけだろうか。
そんなことを考えてぼーっとしていると、突然目の前から声がした。
「ねえ、くすぐったい」
いつの間にかこちらを向いていた彼女、その顔に俺は息を吹きかけていた。風に合わせて、リズムよく彼女のまつ毛が揺れ動いている。
俺とキマラはお互いの瞳を合わせ、そのまましばらく黙り込んだ。
「……」
「……」
まずい何か言わないと、慌てて唾を飲んだ俺は頭を今までにないほどフル回転させる。
……何も思い浮かばねえ、俺はバカだった。
そんな絶望の中で黙っていると、彼女はそれを察したかのように腕を大きく伸ばし起き上がった。
「んー、ごめんなさい。夜にトイレに行って間違えたみたい。ちょっと顔を洗ってくるわね」
「あっ、そうなんだ。いってらっしゃい」
やばい、怒られるかと思った。助かった。
俺は安堵の気持ちとともに、何も無かったことにしてくれた彼女に感謝する。
「心臓がマジ止まるかと思った」
まだキマラのぬくもりが残るベッドの上で、そんな言葉が自然と出た俺だった。
★ キマラside ★
私はベッドから降りると、タオルを手に取った。そのまま宿屋の二階の廊下へと出て行く。
やっぱり胸のドキドキはそのままだ。私は早足で一階へと降りる階段のところまで進むと、大きく深呼吸をした。
「ふう」
そういえば昨日の夜にトイレに行って、戻ってきたらヒロの寝顔が可愛いからじっと横で見ていたらそのまま寝ちゃったのよね。
「でも、ヒロったら私の耳で遊んでるんだもの」
すぐに起きて怒ろうかとも思ったけど……あの言葉を耳元で言われたら怒れないじゃない。
思い出すだけで、自分の顔が熱く火照るのを感じる。
「もう、私が世界中で一番可愛いなんて……もう、ヒロったら」
その言葉を思い出しただけで一気に耳まで熱くなった私は、さらに落ち着くべく、もう一度深呼吸をした。
「すーはー、すーはー」
ここは冷静にならないと。落ち着け、落ち着け私。
私は目を開けようとしたのよ、そしたらあんなに無邪気で楽しそうに息を吹いてるんだもの。
「そうよ、止められないじゃない!」
私は右拳を強く握りしめ、思わず声を荒げる。ヒロのあんな可愛い顔を見たら、しばらく見ていたくなるのがエルフってものよ。
「でも、あまりにくすぐったいから思わず言っちゃったのよ……そしたら、くうううう、驚いた顔のヒロもまた可愛いんだもの!」
今度はその勢いで思わず私は右足で床を蹴った。その勢いで左足でも床を蹴る。
「思わず見とれちゃって」
でも、ヒロって女の子でしょ、なんでこんなにドキドキしているのかしら。私、何かおかしいのかしら。
そう思うと誰かに確認したくてしょうがなくなった私は、思わずそれを口に出した。
「ねえ、私っておかしいかしら?」
「あっ、あの……お客様静かにしていただいていいですか? 他のお客様の迷惑になりますので」
私の目の前には猫耳をした宿屋の従業員が立っていた。彼女は申し訳なさそうな顔をして、恐る恐る私に聞いてくる。
あれ……もしかして私、全部口に出していたの?
「あの……すみません、私どこから話してました?」
「うーんと世界で一番のところからだと思います」
「えっ、それって全部じゃない!!」
思わず大声を出した私の口を、猫耳の従業員は右手でふさぐ。
「しー、お客様迷惑になるので、苦情もきてるので」
「あっ……ごめんなさい」
「いえ、注意していただければ大丈夫ですので」
深々と頭を下げる私に、彼女はそう言ってくれた。
「もう、ヒロがいないから」
この場にヒロがいても何にもならないことは分かっている。でも、半ば八つ当たり気味に私はそう言うと、一階へと降りて行ったのだった。
☆
「あー、恥ずかしかった」
私は井戸のところで顔を洗うと、タオルで拭きながら、そうつぶやく。
「でも、あれよね。ヒロが女の子なのに『俺』とか男っぽい言葉を使うから……それに妙に男らしい時もあるし」
そのことを思い出していると、ウッドデッキさんのお兄さんと仲良くしていたヒロを思い出す。
「だいたい、気が合うからってお兄さんとくっつきすぎなのよ。そりゃ、冒険者として先輩だから色々教わりたいのは分かるわよ。でも、私のほうが先に知り合ったんだから、もっと私のそばにいてもいいじゃない」
あの時、ヒロと仲良くしていた彼がすごく羨ましく思ったのを思い出す。
「もう、ヒロが男だったらよかったのよ。そしたら話が簡単じゃない」
そう思うと私はヒロが男だと想像して、一人で会話してみた。
「キマラ、さっきはごめん」
「いいの。少し驚いただけよ」
「そうか……ところで俺たち付き合わないか」
「えっ、でも私たち種族も違うし」
「種族のことなんて関係ないさ」
ここでヒロが私を壁に追い詰めて、顔の横にドンと手をつくの!
くぅぅぅ。格好いいヒロの姿が頭に思い浮かぶ。
「それに俺たち、もうキスをした仲じゃないか」
「そ、そうだけど、心の準備が」
「もう我慢できないんだ……」
「ヒ、ヒロ……」
私が妄想の中でキスをするべく、ヒロの名前を口にした時だった。
「なあ、キマラ。呼んだか?」
「ヒ、ヒロ!」
そこに現れた彼女に私は驚きつつもたずねる。
「なんで?」
「宿屋の従業員さんが『ヒロがいない』って、お連れ様が探しているようだって」
「えっ、えっ」
探していないわ……そう思いつつも、私の会話をいつから聞かれていたのかそれが気になった。
ヒロの目をじっと見ると、私は恐る恐る口を開く。
「ねえ、どこから今の聞いてたの?」
「うーんと、『驚いただけよ』ぐらいからかな」
「それって全部じゃない!!」
私はさっきも言った言葉をそのままの勢いでもう一度叫ぶ。そしてヒロと顔を合わせないまま、その場から逃げたのだった。
「えっ!? 何か用があったんじゃ……」
後ろから聞こえるヒロの声に心の中で「ごめんなさい」と言うしかない私だった。




