第十一話
★ ヒロside ★
あれから俺とキマラに会話はなかった。部屋で顔を合わせると「あっ、忘れてたわ」と、慌ててどこかに逃げてしまう。
明らかに彼女の行動がおかしい。それは俺でも分かった。
「『女は怒ると口を利いてくれなくなる。その理由は考えても分からない、それでも早めに謝ってしまったほうがいい』と、昔、彼女持ちの友達が言ってたっけ。とりあえず、そうするしかないか」
さっき昼食を食べた時も「お昼」と短く言っただけで、顔を合わせることもなく黙々と食べて消えてしまった。時々顔を赤くしてそわそわしていたが、あれは怒りのあまり赤くなっていたのか。
「女はよくわからないな」
そんなことを思わずつぶやきながら、宿屋の周囲を一周して戻ってきた。あまり遠くにいくのは朝市の件もあって怖い。
俺は部屋にもいけず、外へ遊びにもいけなくなっていた。
「男の俺から謝るしかないんだろうけど。今は女だけどな……まあ、謝ればなんとかなるだろ」
どれだけ怒られるのだろうか。俺は不安で心臓をバクバクさせながら、宿へと戻ると二階にあがっていく。
そして、部屋の扉を開けた。
「あっ」
そこにはさっき、何か用事を思い出して出て行ったはずのキマラがベッドに座っていた。
彼女は俺の顔を見ると、すっと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
その腕を俺はさっと掴んだ。
するとキマラの背中が大きく跳ね、腕を振り払おうと力をいれた。
やばい、そのまま振り返って怒られる。
そう思った俺は、目をそらしつつも彼女に向かって謝った。
「ご、ごめん、今朝のこと……耳をいじって遊んだりして」
「えっ、えっ、えっ?」
「だから、ごめん。つい、触っているうちに楽しくなって。ごめんな」
俺の必死に謝る姿に彼女は力を緩めると、恥ずかしそうにこちらに向かって言った。
「い、いいのよ。私、少し嬉しかったし」
「えっ? 嬉しかった!?」
「もう、なんでもないわ! それよりその後のことだけど……」
彼女は上目遣いに俺を見る。
「何かあったっけ?」
「へっ!? じゃ、いいわ。もう心配して損しちゃったじゃない……」
ちょっと拍子抜けしたかのようにそう言うと、彼女はいつもの笑顔に戻った。そしてその大きな胸を強調するように張りだすと、上機嫌で言った。
「もう許してあげる」
急に機嫌の良くなったキマラの言葉に、俺は心底喜んだ。
「えっ、いいのか! やったー!」
「ふふっ、可愛い」
彼女はそう言うと、楽しそうに武器の手入れを始めたのだった。
☆
次の日。さすがにお金が無くなってきた俺たちは、冒険者ギルドへと向かうことにした。
この町の冒険者ギルドは、朝市の行われているメイン通りにあるらしい。キマラは何度か行ったことがあるらしく、俺はおとなしくついていく。
「なあ、俺のせいでお金が無くなったんじゃ……ごめん、いつか返すから」
前を歩くキマラに向かって俺がそう言うと、彼女は振り返った。そして、下を向いていた俺の顔を覗き込むと、にこっと笑顔を見せる。
「いいのよ。私が好きでやったことだし」
そのまま俺の頭を撫でる。それに少し抵抗がありつつも、俺はそれを受け入れた。
彼女の優しさに甘えるしかないからだ。
「ふふっ可愛い」
「もう、早く行こうぜ」
彼女の言葉に『よし、いつか必ずちゃんと返そう』と心に誓いつつ、『可愛い』という言葉に少し抵抗して見せる。
俺だって男だからだ。
「うん、そうね」
ちょっとやんちゃな男の子を相手にするような、お姉さんらしい口調でそう言うと彼女は右手を差し出した。
「ほら、またさらわれるといけないから」
「あ、ああ」
ぶっきらぼうに返事をすると、彼女の手に自分の手を絡ませる。さすがに昨日の出来事は怖かったからだ。
そして、二人同時に冒険者ギルドに向かって歩き出したのだった。
☆
この町の冒険者ギルドは、石造りの二階建ての建物だった。目立つ赤い色の屋根に、入口も装飾のある大きな扉がついている。
キマラは何度か来たことがあるらしく、その扉をすんなり開けると受付へとまっすぐに向かっていく。
「すみません。何か依頼を受けたいんですけど」
彼女が冒険者証を差し出すと、受付嬢はそのままカウンターの奥へと引っ込んだ。すると、しばらくして紙の束を持ってくる。
「Dランクの方が受けられるのはこれくらいですね」
「わかったわ。少し見るわね」
「はい」
キマラは紙の束を受け取ると、一枚一枚めくって確認していく。結構な数があるから、全部見るのに時間がかかるだろうと思った。
だが、案外すんなりと決まる。
「これにするわ。薬草探しは得意なの」
「これはモンスターの出現する地域での依頼ですが」
「大丈夫よ。一度その森には行ってるし、モンスターの確認依頼もあるんでしょ」
「はい。そこまで分かっていれば大丈夫です。うーんと、人数は二人でよろしいですか?」
「そうね。私たち二人で行くからよろしくね。あっ、ヒロの冒険者証も必要ね」
その言葉に俺が慌てて冒険者証を取り出すと、受付嬢へと手渡した。それを確認すると、何やら紙にいろいろ記入する。
どの冒険者がどの依頼を受けているかを管理しているのだろう。
「これで受付完了しました。お気をつけて」
頭を下げる彼女に俺は思わず頭を下げた。それに「ふふっ」と笑い返す彼女に、俺は慌てて頭をあげる。
その時、深くかぶっていたはずのフードが外れ、顔が見えてしまう。受付嬢は俺の顔をじっと見ると、ぽっと両頬を赤らめ、こちらに向かって小さく手を振った。
「もう、早く行くわよ」
それを見てキマラは急に怒り出すと、早足で歩き出す。
「えっ、あっ、失礼します」
「お気をつけて」
彼女の笑顔にほっとしつつも、俺はキマラの後を急いで追いかけた。
「ご、ごめん」
「何? 早く行くわよ」
明らかに怒り口調で返事をする彼女に、俺は聞き返す。
「お、怒ってるよな」
「怒ってないわよ。ただあの女がヒロに優しくするから」
「それが仕事じゃないのか?」
「そ、そうね。お仕事よね、お仕事お仕事、そうよ仕事よ」
なんか彼女はそう繰り返すと、さっきまで怒ってたのが嘘のように微笑みだす。
本当、言っていたとおりに『女の怒っている理由は分からない』ものだなと思う。
何を怒っていたのだろう。
「依頼は薬草採集だっけ」
「ええ、それと見慣れないモンスターが出没するから、情報収集も兼ねてって条件よ」
「えっ、それって危険なんじゃ」
「大丈夫よ。遭遇しても逃げればいいし、報告も簡単な姿形が分かれば、だいたいは誰かが知っているモンスターだから」
「そういうものなのか」
「そういうものよ」
彼女はそういうと、今朝と同じように手を差し出した。俺がその手を強く握ると、一緒に依頼のあった森へと向かったのだった。




