第四話
冒険者ギルドに到着すると、説明もそこそこに俺は受付へと連れて行かれる。
「はい、ご登録ですね」
どう見ても初心者にしか見えなかったのだろう。
若い女性の職員はこちらの顔を見ると、さも当たり前のように言った。
それを横目で確認すると、キマラが小さくうなずく。
「はい、お願いします」
「では、この紙に名前と種族名、アピールポイントなどを書いてください」
アピールポイント?
就活の時の自己PR欄みたいなものか。志望動機やガクチカなどを書かなくていいだけ楽かもしれない。
そんなことを考えながら、鉛筆のような道具で俺はすらすらと名前と種族名を書いた。あとは自己PRを書くだけだ、そう思った時だった。
「何、この文字?」
横から覗き込むように見ていたキマラが、怪訝そうに眉をひそめる。何って、普通の日本語だけど……そう思って俺はハッとした。
「えっ、あ……そうか!?」
周囲をよく見ると、読めない文字がそこかしこに書いてある。そうか、言語理解は話すことができるだけで、読み書きはできないのか。
女神様も中途半端な能力を与えたものだ。
「もう、こんな文字誰も読めないわよ。いいわ、私が代わりに書いてあげる」
「ご、ごめん」
キマラは小さな声で「もう、しょうがないわね」と言いながら、すらすらと文字を書いてみせる。
「種族は人間でいいわよね。アピールポイントは、なんかある?」
「うーん、特に何もないかな?」
「何もないし、知り合いもいない……ねえ、良かったらでいいんだけど」
「何?」
「一緒に旅しない? 私ね、旅をしながら冒険者をしているの。それでね、だいたい一か所には二週間から一ヶ月ぐらいいて。凄く楽しくて……」
急に目を輝かせると、キマラは一気に話し出す。それを見ていた受付のお姉さんは、困ったような顔をした。
「あの~、早くしていただかないと次の方が」
「あっ、ごめんなさい。私ったら」
キマラはそう言うとすらすらと文字を並べる。そして、書きあがったそれをサッと彼女に手渡すと、俺の耳元でささやいた。
「私から『冒険者の基礎を教わっているところです』と書いておいたわ」
「ああ、すまない」
「そう書いておけば、大概通るから安心して」
彼女は握った拳を、顔の高さまであげて見せる。たぶん、こちらの世界のピースサインなどのようなものか。
そう思い、同じように拳を上げると満足したように微笑んだ。どうやら、正解だったらしい。
「これが冒険者証になります。無くさないようにしてください」
俺がそれを受け取ると、『次のかた』と言って対応を始める職員。
「ほら、邪魔よ」
「あっ、うん」
俺たちはそこから離れると、近くのテーブルに座った。
小さなプレートを首からかけられるようにした物、これが冒険者証らしい。
プレートにはさっきの俺の名前を文字にしたものと、横にGというアルファベットが書かれていた。
「なんでGだけアルファベットなんだ?」
「あー、それは読めるのね」
普通にアルファベットはあるのか。
「なんか、最初にギルドを作った人が決めたマークみたい。AからGがあって、それは一番下ね。Aの上にAAとかSとかあるみたいだけど、そこまで行くと国の仕事などをする人たちだから私達には関係ないわね」
「そうなんだ」
「ねえ、見て見て。私はDなの! こないだ、昇格したのよ」
「う、うん」
「うーん、ちっとも驚いてくれないのね」
俺の薄い反応にがっかりしてうなだれる彼女。
「ごめん。それがどの位凄いかわからなくて」
「そうよね。ギルドに登録するのも初めてだものね……あっ、そうそう。この名前の周りの彫刻があるじゃない?」
「うん、なんか細かく木とか草とかが描かれてる」
「それがね、どのギルドとか発行場所とかを表しているみたいなの」
「そうなんだ」
見た目を良くするだけじゃないんだ。そう思い、俺はプレートを上に掲げてまじまじと観察する。
よく見ると木の先に鳥が描かれていたりする。こんなミリ以下の精密な作業ができるのは、やっぱりさっき見かけたようなドワーフたちなのだろうか。
そんなことを考えていると、キマラがまた話し出した。
「あっ、それでね。さっきの話なんだけど、一緒に旅しない? もしかしたら知り合いとかに出会えるかもしれないじゃない?」
「それはこっちとしてはめちゃくちゃありがたいけど、本当にいいのか?」
「いいわよ。一人旅も飽きてきたし……それに、ヒロが無自覚なのがちょっと心配だし」
キマラはそこまで話すとごにょごにょと口ごもり、顔を真っ赤にして横を向く。
そして、それを誤魔化すように「うーん」と両手を伸ばしたかと思うと、次はこちらへ顔を向け、俺に期待するように目を輝かせた。
「じゃ、決まりでいいのね」
女神が言ってた「危機が迫っているエルフの少女」に会うためにも、同じエルフであるキマラについていったほうが良いだろう。
それに行く先もないしな。
「うん、よろしく」
「やったー!」
彼女は両手を一気に上へとあげると、満面の笑みでそう叫んだ。それに何事が起きたのかと周囲の冒険者がこちらの方を一気に向く。
俺はそれに動揺するが、彼女はそれに気づかずにこちらへと身を乗り出して話を続ける。
「ねえ、ねえ、そうと決まったら早速装備を整えなきゃね。いいのよ、私がとりあえず立て替えてあげる。あとね……」
一方的に話しかけるキマラに向かって、周囲を見るように目で合図をする。それに言葉を止めた彼女は、その青く長い髪を振り回すように周囲を見ると……慌てて「ごほん」と咳ばらいをして座りなおした。
「つい、嬉しくてはしゃぎすぎちゃった」
そう小さくウインクすると、彼女はとても可愛らしい笑顔をこっちへ向けるのだった。
☆
そして、俺はなぜか着せ替え人形になっていた。
「これも良いわよね。もう、これも素敵! ねえ、どっちがいい?」
「うーん、どっちでも……こっちかな?」
「そうね、こっちのほうが色合い的にいいかも」
とりあえず、今の制服姿は町中では目立ちすぎるということで、服を買いにいった。こちらでは古着を着るのが一般的らしい。
意外といろいろな色の服が揃っていて、これは時間がかかりそうだ。
「あっ、あれなんかいいかもしれないな」
俺は鞄などを売っている棚を見つける。
これも中古品だろうか。ところどころ少しキズがついているが、まだまだ使えそうだ。
「あっ、いいの見つけたじゃない」
彼女はそれを後ろからひょいと手に取ると、入念に細かいところをチェックし始める。
「ここを後で縫い合わせれば、まだまだ使えそうね。ねえ、ここに同じ色をつけてお揃いにしましょ。そうすればすぐに自分のだって分かるでしょ」
一緒の色にしたら、どっちがどっちだか分からなくなりそうなものだが、そこは大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えているうちに、彼女は今持ってきた服をバッバッと広げて比べ始めた。
「よし、これとこれ。あと、これも買っちゃおう」
朝までかかるかと思った服選びは、その一言で意外と早く終わる。
そして……。
「これも良いわよね。もう、これも素敵! ねえ、どっちがいい?」
――またか。
俺の装備選びが別の店で始まったのだった。




