第三話
俺とキマラはいつの間にか横に並んで、楽しそうに話をしながら歩いていた。
女の子とこんな親し気に話をしたのは、いつぶりだろうか?
「うーん、つまり気がついたらここにいたってこと?」
「う、うん」
「そんなこともあるのね……不思議ね、何かの魔法かしら?」
ふと、そんな彼女の格好に視線を向ける。
弓を右手に、腰には矢筒とナイフ、大きめの革の腰袋もつけている。膝上までのハイソックスにブーツ、革の腰巻きと胸当てだ。胸当ては両胸に一つずつ、背中から脇にかけてのパーツの三つに分かれており、隙間を革の紐でつないである。
「機動性を考えての軽装備なのか」
しかし、胸がでかい。こちらのエルフはみんなこうなのか。
そのまま隙間からあふれだす肉感に圧倒され、つい視線がそちらを向いてしまう。すると、じっと俺を見ている彼女に気がついた。
「あっ、その」
「冒険者って珍しい? この胸当てね、サイズが合うのがなくて。既製品のを切って紐で結んだの。自分でも上手くいったと思うんだけど、どうかな?」
一瞬どきりとしたが、問題ないようだ。サイズが合うのがないということは、この胸の大きさは標準ではないということか。
そう思いながら、つい近くでまじまじとそれを見てしまう。そして、その谷間に目がいった瞬間、俺は我に返り、顔を真っ赤にして動揺する。
「どう?」
つぶらな瞳で聞いてくる彼女。それに慌てて顔を胸から離すと、視線を宙に漂わせながら俺は答えた。
「お、大きかったです」
その答えに明らかに目が点になる彼女。しまったと、動揺する俺。
「えっ、あっ、それは」
慌てた俺は何か言い訳をしようとした時だった。よく前を見ていなかった俺は、何かにつまずき大きくバランスを崩した。
「あっ、危ない」
彼女はそんな俺の腕を掴み、ぎりぎりで転倒を免れる。それに安堵した二人は、その場に座り込んだ。
そして、俺のほうを見ると彼女は笑い出す。
「ふふふ、慌てすぎ。それにヒロって面白いのね」
「そ、そうかな。ははは」
なんか誤魔化せたようでよかった。そう安心する俺だった。
☆
そうだ、今は俺も女なんだ。彼女の距離感が近い行動は当たり前だ。
「自然に、自然に」
心でそう繰り返しているうちに、ついぽつりと口にでてしまう。慌てて彼女のほうを見ると、幸い聞こえなかったようで不思議そうに首を傾げている。聞かれても困るような言葉ではないが、つい気になってしまう。
「なんか言った?」
「いや」
「そっか」
そんな何気ない会話をしているうちに、森の木々はまばらになり、先には横に広がる石塀が見えてきた。先には建物も見える。
あそこが目指している町だろう。
川にかかっている橋を渡り、町の門にもうすぐ着くところでキマラは言った。
「じゃ、私は向こうの入り口だから。ここまで楽しかったわ」
「あ、あの」
「あっ、牙ね。忘れてたわ」
彼女は俺から二本の牙を受け取ると、紐を取り出し自分の腰からぶら下げた。
「ちょっと動きづらいけど、これでいいか。あっ、分け前がいるわね」
「ううん、そうじゃなくて……」
「何? 身分証を見せれば通れるし、無くても近くの村なら名前を言えば」
「身分証も無いし、近くの村でもないんだ」
「……そう、しょうがないわね」
困ったような口調でいいつつも、嬉しそうに彼女は俺の手を取って歩き出す。
「亜人街は大丈夫?」
「亜人?」
「もう、しょうがないわね」
そう言って前に聞いたばかりの台詞をにこにこと笑顔でもう一度言うと、意気揚々と話し出した。
どうやら、この世界の亜人たちは差別されているらしい。
「ノーマル……あっ、私たちの人間に対する呼び方ね」
「うん」
「その人間と亜人たちの区域は完全に塀で分かれているの」
「それが普通なのか?」
「そうね。たまにそうじゃない町もあるけど……ほんと、どこから来たの? 何も知らないのね」
彼女とそんな会話をしているうちに、亜人用の通用門へと到着する。
そこには二人の衛兵が立っており、門の先は木の塀で囲まれていた。衛兵たちは俺たちを一目見たが、特に何もするでもない。
「ねえ、仲間が冒険者証を無くしたの。ギルドに行きたいから入るわね」
「ああ、キマラか。いいぞ」
相手が話をしたから答える、彼らはそんな態度でキマラを通した。俺は左右に立っている衛兵に小さく頭を下げ、続いて門をくぐろうとする。
「待て」
右側の背の高い、中年男の衛兵が槍を降ろして引き止めた。俺はビクッと体を震わせ、心臓が大きく脈を打つ。
「お前、変わった服を着ているな。本当に冒険者か?」
いぶかしげにこちらを覗いてくる衛兵。こちらでは見たことがない、高校の制服を怪しく思ったのだろう。当然といえば、当然だ。
さらに心臓の鼓動が速くなり、もう駄目だと逃げ出そうとした時だった。
「もう、それはエルフの祭事服なの。その子、半分エルフの血が入っているのよ。そう見えて、精霊使いで結構強いんだから」
「なるほどな。よく見たら中々の器量だな。ハーフエルフだから当然か」
衛兵は俺の顔をじろじろと、品定めをするように覗き込む。それに俺は思わず顔をそむけた。
耳でばれないかと思ったが、ハーフエルフだと耳の尖ってないのもいるのだろう。そこは衛兵は気にも留めなかった。
「ふふん。まあ、通っていいぞ」
何に満足したのか、男はニヤつきながら俺の尻を軽く叩く。
そのまま逃げるようにキマラの元へ小走りした。
「行きましょ」
不満そうなキマラの顔。それにつられ後ろを振り向くと、男はニタニタと笑っていた。あいつ、俺が何もできないと思って、遊んでやがったな。
そう怒りを感じたが、今の俺は何もできなかった。
☆
「がはは、姉御、冗談きついぜ」
ドワーフの男性数人が、猫の獣人を中心に道脇で酒を飲んでいる。亜人地域は藁や木組みのバラック小屋が中心のようだ。
獣人は手足と顔はほとんど人間で、耳や髪型にその特徴がでるのか。姉御と呼ばれている彼女は、目が釣り目で猫の特徴がよくでている。
「おい、キマラ。そこの人間はなんだ?」
「仲間よ。ギルドに連れて行くの」
キマラがそう返事をすると、彼女はむくっと立ち上がった。そして酒瓶を持ったまま、こちらへとふらふら歩いてくる。
でかい。
身長は俺より20センチは高く、年上の女性のように見えたが、その手足は太くがっしりしていた。
「なあ、こっち来いよ」
彼女は酒臭い息を吹きかけると、俺に手を出そうとするが、ドワーフたちに止められる。
「な、何するんだよ」
「姉御、エルフに睨まれると面倒ですぜ」
「ちぇ、そうだな。早く行きな」
彼女はつまらなそうにそう吐き捨てると、キマラを一目見てドワーフたちと戻って行った。
「ここら辺はガラが悪いから、早く行きましょ」
「うん」
こうして俺はよく事情を飲み込めないまま、強引に冒険者ギルドへと連れていかれたのだった。




