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第二話

 すると大きな地響きが辺りを揺らし、再びあの衝撃が俺たちを襲った。

 キスをしたことに照れて、お互いに顔を赤くして距離をとる。彼女は唇に手を当てて、何やらぶつぶつと独り言を言っていた。


「もしかして、出てくるまで体当たりするつもりかな」


 沈黙を破ろうと思わず口にした俺の言葉に、彼女は弓を手にとった。


「ごめん。私のせいよね」


 そう言うと、彼女はそのままほら穴の入口へ向かいだす。


「えっ、何をするつもり」

「わ、私がおとりになるから、その間に逃げて」

「で、でも」


 思わず伸ばした俺の左手に向かって、彼女は微笑み返す。そして猪がもう一度距離をとったのを見て、一気に外に飛び出した。


「ほら、走って!」


 彼女の怒号とともに、俺は入口から這い出る。そのタイミングで勢いをつけたモンスターに向かって、彼女は弓を構えた。


「やっぱり、俺」


 あんな巨体に通用するはずがない、彼女は死ぬ気だ!

 俺は彼女を突き飛ばし、盾になろうと走り出す。今のこの体でもギリギリ間に合うはずだ。そう思って地面を蹴り、跳んだ瞬間だった。


 ズドン!!


 なぜか轟音を発した矢は一直線の光線となって、巨大な猪の頭をあっさりと貫通した。

 しかし俺はすでに跳んでしまっている。止まるわけにもいかず、そのまま彼女に抱き着くと、勢いあまって一緒に草むらへとなだれ込んでいった。


 また猪がくるかもしれない。

 彼女はそれを覚悟したのか、緊張をほぐすようにぎゅっと俺の手を握りしめる。それを俺は自然と握り返した。だが何も起きずにしばらく時間が過ぎる。

 そして、沈黙が長いと思ったのだろうか、彼女はゆっくりと顔を出した。


「……えっ? ええっ!?」


 彼女の戸惑いと驚く声が森にこだまする。腕を引いてくる彼女に俺も顔を出すと、猪はゆっくりとその巨体を地面に横たえているのが見えた。


「わ、私、なんとなく使える気がして命中補正用に風魔法を使っただけなのに……でも、なんか魔力がいつもより高まっているみたい」


 彼女は興奮しているのか、早口でそうしゃべりだした。そして言い終わると、何かを思い出したようにすっと立ち上がる。それを見上げるように俺が視線を合わせると、すぐに視線をそらしてこう言った。


「ちょっ、怒りにくくなるじゃない……」

「えっ?」

「もう、なんで助けようとしたの! 逃げろって言ったじゃない!」


 急に弓を放り投げ、彼女は人差し指をぐっとこちらに向けると強い言葉で怒り出す。


「ご、ごめん。危ないと思って」

「もう……ちょっと格好いいと思っちゃったじゃない」


 言葉の最後の方が小さくて聞き取れない。けど、とにかく怒っているのだろうと思った俺は、じっと彼女のほうを見つめていた。

 彼女は視線を再びそらすと、すっとこちらに右手を差し出す。


「ほら」

「えっ?」

「ありがと、助かったわ」

「あ、ああ」


 俺はそう答えるとその右手を掴んだのだった。


 ☆


 彼女はナイフで器用に巨大猪の肉片を切り抜いた。


「さすがに全部は持って行けないけど」


 そして切った肉を布に包むと、くるくるっと巻いて背中に背負う。血がしたたり落ちるかと思ったが、不思議とそれはなかった。

 何かの魔法か、それともモンスターとはそういうものなのか。

 そう思っている間に彼女は、さらに口元の牙にも手をかける。


「それは?」

「ギルドの証明に必要なの」


 彼女の説明によると、どうも討伐した証明を冒険者ギルドに持って行くと、報酬がもらえるらしい。

 あるんだ、冒険者ギルド。ゲームやラノベみたいだな。

 さらに嬉しそうに、『これだけの大物ならそれなりの額になる』と言っていた。


「それにしても、なんであんな威力が出たのかしら。ねえ、わかる?」


 そう言うと彼女はこちらに視線を向ける。

 知ってるけど、条件が条件だけに言いにくい。秘密にしておいたほうがいいだろう。

 そう思った俺は怪しまれないよう、あえて真顔で彼女を見つめて言った。


「うーん、わからないな」

「そうよね、わからないわよね」


 それに残念そうな、でも納得したような複雑な表情をする彼女。そして、なんとかモンスターの牙を抜き取ると、地面に置いた。


「ふう。ねえ、貴方……じゃないわよね。えーと、名前を教えてもらっていい?」

「えっ」

「あっ、ほら、名前が分からないと呼びづらいじゃない。私はキマラって言うの」


 そうか、名前か。この世界に苗字はないのかな? あっても貴族だけとか。

 なら、名前だけの方がいいかも……ヒロシが生前の名前だけど女の子らしくないかな?

 うーん、悩むな。

 いろいろ考え悩んでいると、キマラがいぶかし気な顔でこちらを覗き込む。


「ひょっとして、名前を明かせないような感じ?」


 その言葉に俺は慌てて答えた。


「ヒロ……そう、ヒロって言うんだ」


 これなら元の名前に近いし、急に呼ばれても戸惑うことはないだろう。我ながらいいことを思いついたと思う。


「ヒロ、ちょっと珍しい名前ね。よろしくね、ヒロ」

「うん、よろしくキマラ」


 お互いの名前を知ると、急に仲良くなった気分になるのはなんでだろう。

 俺は親し気な表情を見せる彼女に笑顔を返す。


「ねえ、ヒロ。さっそくで悪いけど、この牙を持ってもらっていい?」

「あっ、うん」


 俺は彼女から牙を二本受け取ると抱きかかえた。それなりの大きさと重さもあるが、持ち歩けないことはないと思う。


「ねえ、迷子なのよね。どこに行く途中だったの?」

「えっと、ここがどこだかも分からなくて」

「……行き先も分からないのね。まあ普通、人間の女の子がこんな森の中にいるわけないわよね」


 言い終わると、彼女は俺の腕を急にひっぱり歩き出す。


「あの……」

「近くの町まで一緒に行ってあげるから、付いてきなさい」


 彼女は優しく腕を引き、数歩歩いてはこちらを確認するのを繰り返す。そうして何度か目があったのち、急に俺に向かって怒り出した。


「もう、なんて格好してるの!」


 なんのことか分からず、俺が呆然としていると彼女は指を差す。


「ねえ、それよ! それ!」


 俺は彼女の指先の『それ』に思わず視線を向けた。すると制服のスカートが太もものあたりまで縦に大きく裂けている。さっき、草むらに飛び込んだ時にでも破れたのだろう。

 その隙間からは白い太ももが見え、下着の一部がちらついていた。


「破れてたのか」


 この場ではどうしようもないし、相手は女の子だ。そう思い、平然と答える俺。

 それにキマラは自分の荷物から布を一枚取り出すと、パレオのように腰に巻き付けた。


「もう一枚持ってきていて正解ね。あなた……ヒロも少しは女の子なんだから気をつけなさい」


 彼女はその仕上がりに満足した様にうなずき、得意げに注意する。

 そして再び俺の手を引くと、ちょっと浮かれ気味に歩き出したのだった。

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