↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善人が裁かれる日 ~人を救えば死刑、悪人ほど生き残る世界~  作者: ☆☆アダム☆☆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第14話 50ポイントを知る男

十二月六日、午後一時十五分。


「……五十ポイント、渡したんだろ?」


玄関の扉越しに聞こえた男の言葉に、母親は息を呑んだ。


娘へのポイント譲渡が成功してから、まだ三分ほどしか経っていない。自分のメーターは100から50へ減り、娘は0から50へ回復した。


その数字を、なぜ見知らぬ男が知っているのか。


母親は反射的に扉から離れ、鍵がかかっていることを確認した。


「……どちら様ですか?」


「少し話を聞きたいだけです」


男の声は落ち着いていた。


しかし、名乗ろうとはしない。


「何についてですか?」


「娘さんのことです。数字が0になっていたんでしょう?」


母親の背筋に冷たいものが走った。


娘が犯罪者認定されたことは、近所の人にも話していない。相談窓口には連絡したが、そこでも必要なことしか説明していなかった。


まして、五十ポイントを譲渡したことなど、誰にも伝えていない。


「どうして知っているんですか?」


「それを含めて、お話ししたいんです」


「先にお名前を教えてください」


扉の向こうが静かになった。


母親はスマートフォンを握り締めた。


必要なら、すぐに警察へ電話するつもりだった。


しばらくして、男が口を開いた。


「……分かりました。今日は帰ります」


廊下に足音が響いた。


母親は息を潜め、音が遠ざかるのを待った。しかし、完全に聞こえなくなっても、扉を開ける気にはなれなかった。


「お母さん?」


振り返ると、娘が廊下の入り口に立っていた。


「さっきの人、誰?」


「……知らない人よ。お家を間違えたのかもしれないね」


「怒ってた?」


「大丈夫。もう帰ったから」


母親は娘のそばへ歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。


「今日は知らない人が来ても、絶対に扉を開けないでね」


少女は不思議そうに首を傾げた。


「いつも開けちゃ駄目って言ってるじゃん」


「……そうだったね」


母親は小さく笑った。


娘は何も知らない。


自分たちが、どれほど奇妙な出来事に巻き込まれているのか。


ようやく命を救えたというのに、今度は見知らぬ男が現れた。


母親は娘を抱き締めた。


「今日は、お母さんのそばにいてね」


「うん!」


少女は嬉しそうに頷いた。


その笑顔を見て、母親は改めて思った。


この子だけは、絶対に守らなければならない。


*


午後一時三十分。


母親は警察の相談窓口へ電話をかけた。


「知らない男性が自宅に来て、娘のメーターについて聞かれたんです」


担当者は落ち着いた声で事情を確認した。


『男性は、お名前や所属を名乗りましたか?』


「いいえ。何度聞いても答えてくれませんでした」


『脅迫や暴力はありましたか?』


「それはありません。でも、娘の数字を知っていたんです」


母親は唇を噛んだ。


「それに、私が娘へ渡したポイント数まで……」


電話の向こうで、担当者が言葉を止めた。


『……ポイントを渡した、というのは?』


母親は一瞬、戸惑った。


「自分のメーターから、娘へ五十ポイントを渡したんです」


『他人へポイントを移せたということですか?』


「はい。娘は0だったんですが、今は50になっています」


担当者は少し待つように告げた。


保留音が流れる。


母親はスマートフォンを耳に当てたまま、娘の方を見た。


少女はテーブルに戻り、先ほどの絵に色を塗っている。


二人が手をつないでいる絵だった。


あの絵を描いていたとき、娘はまだメーター0だった。


それが今は50になっている。


たった十秒間、手を握っただけで。


母親はその事実を、改めて不思議に思った。


しばらくして、担当者が戻ってきた。


『お待たせしました。詳しい状況を確認させてください』


母親は頷いた。


「はい」


『ポイントの移動は、どのような操作で行われましたか?』


母親は覚えている限りのことを説明した。


突然《ポイント譲渡》という表示が現れたこと。


条件を確認すると、相手と直接接触し、十秒間その状態を維持する必要があったこと。


五十ポイントを指定し、娘の手を握って実行したこと。


そして、母親の数字が50へ減り、娘の数字が50へ増えたこと。


担当者は一つひとつ確認しながら、記録を取っているようだった。


『娘さんの数字は、現在も50ですか?』


母親は娘へ声をかけた。


「ねえ、今の数字はいくつ?」


少女は色鉛筆を置き、視界を確認した。


「五十だよ!」


母親は電話へ向き直った。


「……はい。変わっていません」


『ありがとうございます。非常に重要な情報です』


その言葉に、母親は胸がざわついた。


「ほかの人は、まだ知らないんですか?」


『少なくとも、こちらでは十分に確認できていない情報です』


母親は娘を見つめた。


「……だったら、早く知らせてください」


『え?』


「娘と同じように、メーターが0になっている人がいるんですよね?」


担当者は黙っていた。


「その人たちにも、家族がいるはずです。助けたいと思っている人がいるはずなんです」


母親の声が震えた。


「お願いします。私たちのことは、どう使っていただいても構いません。だから、助かる方法があるって、早く知らせてください」


『……分かりました。いただいた情報は、担当部署へ報告します』


母親は深く息を吐いた。


「ありがとうございます」


電話を切った後も、しばらくその場から動けなかった。


娘は助かった。


しかし、世界にはまだ、同じように苦しんでいる人がいる。


その人たちにも、間に合ってほしかった。


*


同じ頃。


都内の一室で、一ノ瀬雅臣は電話を受けていた。


「……そうか」


相手の報告を聞きながら、机の上に置かれた資料へ視線を落とす。


「母親の数字が減って、娘の数字が増えたんだな?」


『はい。五十ポイントの移動が確認されています』


一ノ瀬は椅子の背もたれに身体を預けた。


「方法は?」


『聞き出せませんでした。母親は警戒していて、扉も開けませんでした』


「無理に接触する必要はない」


一ノ瀬は落ち着いた声で答えた。


「重要なのは、ポイントが人から人へ移動したという事実だ」


電話の向こうで、相手が何かを確認していた。


『では、引き続き監視しますか?』


「いや。今はそれより、仕組みを調べろ」


一ノ瀬は資料を閉じた。


「同じことがほかの人間にもできるのか。それが分かれば十分だ」


『承知しました』


通話が切れた。


一ノ瀬は窓の外を見つめた。


九条重光の処刑以来、富裕層からの問い合わせが増えていた。


どうすれば数字を守れるのか。


悪行以外に回復する方法はないのか。


金はいくらでも払うから、安全な方法を探してほしい。


そんな依頼が、次々と届いていた。


しかし、これまでは確実な方法がなかった。


悪行によって数字が増えることは知られていたが、誰もが自分で犯罪を起こせるわけではない。


ところが今、他人からポイントを受け取れる可能性が出てきた。


一ノ瀬は小さく笑った。


「……なるほどな」


もし、この仕組みを自由に利用できるとしたら。


金を持つ人間は、自分で危険を冒さずにメーターを回復できるかもしれない。


そして、ポイントを渡す側には、それ相応の見返りを求める人間も現れるだろう。


一ノ瀬はスマートフォンを手に取った。


久世隆臣へ連絡を入れる。


「久世か。少し面白い情報が入った」


『何だ?』


「他人へポイントを渡せるらしい」


電話の向こうが静かになった。


『……本当か?』


「ああ。まだ条件は分からないが、実際に数字が移動した」


久世はしばらく黙っていた。


やがて、低い声で答えた。


『それが本当なら、状況が変わるな』


「そういうことだ」


一ノ瀬は窓の外へ視線を向けた。


「まずは確認だ。急いで動く必要はない」


『分かった』


通話が終わった。


一ノ瀬は再び資料を開いた。


そこには、九条の処刑以降に寄せられた問い合わせが並んでいる。


資産家。


企業経営者。


多額の財産を持つ人々。


彼らは、自分の命を守るためなら、いくらでも金を払うと言っていた。


一ノ瀬は資料を一枚ずつ確認しながら、静かに呟いた。


「……欲しがる人間は、いくらでもいる」


*


午後二時十分。


井出勇気は会社の休憩スペースで、スマートフォンを見つめていた。


白石奈々が亡くなってから、まだ一日も経っていない。


彼女の机には、使いかけの筆記用具が残されている。


勇気はそれを片づけることができずにいた。


「……井出」


小用卓が入ってきた。


「まだ調べてるのか?」


「うん。何か方法があったんじゃないかって思って」


卓は椅子へ腰を下ろした。


「昨日から、ずっとそればっかりだな」


「……そうだね」


勇気は小さく笑った。


しかし、その笑顔には力がなかった。


「白石さんを助けられなかったこと、まだ考えてる」


卓は黙って聞いていた。


「もし、僕たちが知らなかっただけで、何か方法があったとしたら……」


勇気はそこで言葉を止めた。


自分でも、何を言いたいのか分からなくなっていた。


奈々はもう戻ってこない。


どんな方法が見つかったとしても、彼女を救うことはできない。


それでも、考えずにはいられなかった。


「……井出」


卓が静かに言った。


「お前、自分を責めすぎなんじゃないか」


勇気は首を横に振った。


「そうじゃないよ。ただ……」


そのとき、スマートフォンが震えた。


ニュース速報だった。


『善悪逆転システムに関する新たな情報』


勇気は画面を開いた。


そこには、見慣れない言葉が表示されていた。


《ポイント譲渡》


「……え?」


勇気は思わず声を漏らした。


卓が顔を上げる。


「どうした?」


勇気は記事を読み進めた。


『本日、ある親子の間でメーター残高の移動が確認されたとの情報が入りました』


勇気の指が止まった。


『母親が自身のポイントを娘へ渡し、メーター0だった娘の残高が回復したとされています』


「……嘘だろ」


勇気は画面を見つめた。


他人へポイントを渡せる。


そんな方法が、存在していたのか。


「井出?」


卓が声をかけた。


勇気は答えられなかった。


記事には、さらに詳しい情報が続いていた。


『譲渡には一定の条件が必要とみられ、現在、関係機関が確認を進めています』


勇気はスマートフォンを握り締めた。


もし、この方法を昨日知っていたら。


もし、奈々が生きている間に知ることができていたら。


その考えが頭をよぎった瞬間、胸が締めつけられた。


「……白石さん」


声が漏れた。


卓も記事を覗き込んだ。


「……何だよ、これ」


勇気は画面から目を離せなかった。


ポイントを譲渡できる。


他人の命を救える。


そんな方法が、本当に存在していた。


しかし、奈々はもういない。


勇気は両手で顔を覆った。


「……あと一日、早ければ」


その言葉を最後まで口にすることはできなかった。


*


同じ日の夕方。


母親は娘の隣で、静かにテレビを見ていた。


画面には、ポイント譲渡についての速報が流れている。


少女は嬉しそうに母親を見上げた。


「お母さん、私たちのこと?」


母親は小さく頷いた。


「……そうかもしれないね」


「じゃあ、ほかの人も助かる?」


その問いに、母親はすぐに答えられなかった。


自分たちは、確かに助かった。


しかし、ポイントを渡す側にも危険がある。


誰もが同じように譲渡できるとは限らない。


それでも、娘と同じように苦しんでいる人がいるなら、助かってほしかった。


「……そうなるといいね」


母親は静かに答えた。


少女は安心したように笑った。


母親は娘の手を握った。


あの十秒間、絶対に離さなかった手。


その温もりを確かめながら、母親はテレビへ視線を戻した。


画面には、ポイント譲渡についての情報が次々と表示されている。


世界中の人々が、新しい仕組みに注目し始めていた。


善悪逆転システムが現れてから、初めて見つかった救済の可能性。


しかし、その仕組みが人々に希望だけをもたらすとは限らない。


他人の命を救うために使えるものは、他人の命を利用するためにも使える。


その事実に気づいた人間たちが、すでに動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。