秋の国
『あなたは秋の国に行きなさい』
杏(あんず)は、いつか、誰かにそう言われた気がする。いつだっただろう。誰だっただろう。
「ようこそ、四季の国へ」
杏は気がつくと、一面の紅葉が見事な場所に立っていた。
「ええと……」
「私は案内人の天。ここは秋の国。さあ、案内しよう。ついておいで」
天は歩き出す。杏も慌ててついていく。何故だかすんなり受け入れられた。これが初めてではない気がしたから。
「ご覧、もみじが綺麗だ」
「ええ……そうね……」
確かに綺麗だ。けれど、真っ赤なもみじを見ると杏の心はざわめいた。思い出してはいけないような、思い出さなければいけないような……。
「歩こうか」
「……はい」
「美しい景色には心癒されるだろう?」
ここも、もみじが見事だった。だけど……。
「銀杏とかは無いんですか?」
赤は心がざわつくから。なので聞いてみた。
しかし、天はただにこにこと笑うだけだった。
「歩こうか」
「……はい」
天と歩いて川辺についた。やはりもみじが見事だった。
「川に落ちたもみじが綺麗だね」
天は指差す。
「……そうですね」
まるで、流れる血のように。どこかで、見た気がする。どこかで……。
「ほら、あそこには流れずにもみじが溜まっている」
天が、すいっと指先を動かした先を杏は見る。
見た気がする。『最期』に見た、あの血だまり。
突如、杏の頭に『今まで』の記憶がフラッシュバックした。止めどなく溢れる記憶に杏は頭を抱える。
「うう……うう……!」
しゃがみこんだ杏の背中を天は優しく撫でる。
そうだ、全部思い出した。
天は杏に穏やかに問う。
「思い出したかい?」
「……ええ。私、殺されたのね」
杏の言葉を天は苦しそうに肯定する。
「ああ」
「ストーカーに付きまとわれて、勝手にキレられて、部屋に押し入られて、包丁でお腹を一突き」
最期に見た光景は、流れ出す自分の血だまり。
「怖かった。憎かった。恨めしかった」
「だから君は悪霊になった」
杏はうなずく。
「このままじゃ私の魂は救われない。だから、私が全てを受け入れるまで、あなたは私の記憶を消して、何回も、何十回も付き合ってくれたんでしょう?」
天は静かに笑った。
「あなたは、これからどうする?」
天の質問に杏は笑って答える。
「もう、大丈夫。ここにあいつはいないし、ずっと憎んでても仕方ない。ここは怖い所じゃないんでしょう?」
「ああ、ここは四季の国。怖いものなんて何もない」
杏は立ち上がった。
「あなたが、ここまでしてくれたんだから、私も前に進まなくちゃ」
天もゆっくりと立ち上がる。
「よく頑張ったね」
そう言って天は微笑んだ。
ここは四季の国。救える魂に安寧を。お節介な案内人があなたを導くかもしれない。




