↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季の国  作者: 露(つゆ)
PR
2/5

夏の国

「ようこそ、四季の国へ」

 天は笑顔で目の前の老人に告げる。

「ここはあの世かい?」

 正造(しょうぞう)は天に向かって聞く。

「そんな感じだね。悲しいかい?」

 正造は首を横に振る。

「わしはよく生きた。必死に生きて、老後は穏やかに暮らせた。家族に見守られながら静かに逝けた」

 未練なんて無いはずだ。けれど、どうしても昔を思い出してしまう。

 そんな正造に天は聞く。

「春夏秋冬、どれがいい?」

 正造は少し考えた後、言った。

「夏がいい。老体には答えるが、わしはどうしても夏が忘れられん」

 過去を振り返るように。

「それは問題ないよ。四季の国は皆に平等だ」

 天がそう言うと雲が晴れる。

 そこには澄みわたる青空が広がり、蝉がミンミンと鳴いていた。昨今のような酷暑ではなく、正造が子供の頃に感じていた爽やかな暑さだった。

「おお……」

「少し、歩こうか。案内しよう」

 そう言って緩やかに歩き出す天に正造はついていく。


「やはり、夏はいいのぅ」

 正造はしみじみと呟く。

「何か思い入れが?」

 正造は空を見上げ、何かを思い出す。

「幼い時分、友達と遊び回ったことが今でも鮮明によみがえる。夏が特に印象に残っとる」

 正造は景色を見回す。

「虫を捕り、川で遊び、きゅうりをかじる。そんな些細なことが楽しかった。しかし……」

 正造は顔を暗くする。

「戦争が全てを引き裂いた」

 天はただ正造の話を黙って聞いていた。

「親友の一人は空襲で死に、他の奴らも戦争のどさくさで離ればなれ」

 正造の声が震える。

「悲しかった。怒りが溢れた。虚しかった。けど、どうすることもできなかった」

 正造は手を握り締める。

「わしが送った人生の大半は幸せな記憶じゃ。家族にも恵まれた。じゃが、失われたものはもう戻ってこん……。親友も……楽しい子供時代も……。戦争は……いかんのじゃ……」

 うなだれる正造に、天は優しい声をかける。

「ここは四季の国。失うものは何もない。ほら」

 天が指をさす。その先を見た正造は目を疑った。

「みの……る……?」

 空襲で死んだ親友が、子供姿のまま手を振っていた。虫捕り網とカゴを持って。

 正造は駆け出した。老体であることなど気にせずに。体が軽かった。子供のようだった。

 正造は親友にすがりついて泣いた。

「ミノ……! ミノ……! わしは、ずっとずっとお前ともう一度会いたかった……!」

 正造の慟哭にミノは背中を叩く。

「何めそめそ泣いとんねん! 男がみっともない」

 正造は顔を上げ、泣きながら笑った。

「変わっとらんな」

「さ! 遊びに行くで!」

 ミノが正造の手を取るが、正造は少し戸惑う。

「わしはもう遊び回れる歳でもない……」

 すると、いつの間にか後ろに来た天が口を開いた。

「言っただろう? 四季の国は皆に平等だと」

 天がそう言うと、ぽんっと音がして、正造は子供の姿になっていた。

「これは……」

 正造は自分の体を見回す。天は穏やかに微笑んだ。

「存分に遊べばいい。取り戻しておやり、失われたものを」

 正造の顔が輝いていく。

「ありがとう!」

 正造はそう言ってミノと共に走り出した。

「シゲも来とるで!」

「あいつも?」

「二十年くらい前やな」

「キヨは?」

「来とらん。あいつ百二十まで生きるとか言うとったまだまだ先ちゃうか」

 正造は笑った。

「そうか!」

 二人の笑い声が響いた。


 ここは四季の国。何も苦しむことはない。失うこともない。だからどうか、笑って暮らしておくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。