夏の国
「ようこそ、四季の国へ」
天は笑顔で目の前の老人に告げる。
「ここはあの世かい?」
正造(しょうぞう)は天に向かって聞く。
「そんな感じだね。悲しいかい?」
正造は首を横に振る。
「わしはよく生きた。必死に生きて、老後は穏やかに暮らせた。家族に見守られながら静かに逝けた」
未練なんて無いはずだ。けれど、どうしても昔を思い出してしまう。
そんな正造に天は聞く。
「春夏秋冬、どれがいい?」
正造は少し考えた後、言った。
「夏がいい。老体には答えるが、わしはどうしても夏が忘れられん」
過去を振り返るように。
「それは問題ないよ。四季の国は皆に平等だ」
天がそう言うと雲が晴れる。
そこには澄みわたる青空が広がり、蝉がミンミンと鳴いていた。昨今のような酷暑ではなく、正造が子供の頃に感じていた爽やかな暑さだった。
「おお……」
「少し、歩こうか。案内しよう」
そう言って緩やかに歩き出す天に正造はついていく。
「やはり、夏はいいのぅ」
正造はしみじみと呟く。
「何か思い入れが?」
正造は空を見上げ、何かを思い出す。
「幼い時分、友達と遊び回ったことが今でも鮮明によみがえる。夏が特に印象に残っとる」
正造は景色を見回す。
「虫を捕り、川で遊び、きゅうりをかじる。そんな些細なことが楽しかった。しかし……」
正造は顔を暗くする。
「戦争が全てを引き裂いた」
天はただ正造の話を黙って聞いていた。
「親友の一人は空襲で死に、他の奴らも戦争のどさくさで離ればなれ」
正造の声が震える。
「悲しかった。怒りが溢れた。虚しかった。けど、どうすることもできなかった」
正造は手を握り締める。
「わしが送った人生の大半は幸せな記憶じゃ。家族にも恵まれた。じゃが、失われたものはもう戻ってこん……。親友も……楽しい子供時代も……。戦争は……いかんのじゃ……」
うなだれる正造に、天は優しい声をかける。
「ここは四季の国。失うものは何もない。ほら」
天が指をさす。その先を見た正造は目を疑った。
「みの……る……?」
空襲で死んだ親友が、子供姿のまま手を振っていた。虫捕り網とカゴを持って。
正造は駆け出した。老体であることなど気にせずに。体が軽かった。子供のようだった。
正造は親友にすがりついて泣いた。
「ミノ……! ミノ……! わしは、ずっとずっとお前ともう一度会いたかった……!」
正造の慟哭にミノは背中を叩く。
「何めそめそ泣いとんねん! 男がみっともない」
正造は顔を上げ、泣きながら笑った。
「変わっとらんな」
「さ! 遊びに行くで!」
ミノが正造の手を取るが、正造は少し戸惑う。
「わしはもう遊び回れる歳でもない……」
すると、いつの間にか後ろに来た天が口を開いた。
「言っただろう? 四季の国は皆に平等だと」
天がそう言うと、ぽんっと音がして、正造は子供の姿になっていた。
「これは……」
正造は自分の体を見回す。天は穏やかに微笑んだ。
「存分に遊べばいい。取り戻しておやり、失われたものを」
正造の顔が輝いていく。
「ありがとう!」
正造はそう言ってミノと共に走り出した。
「シゲも来とるで!」
「あいつも?」
「二十年くらい前やな」
「キヨは?」
「来とらん。あいつ百二十まで生きるとか言うとったまだまだ先ちゃうか」
正造は笑った。
「そうか!」
二人の笑い声が響いた。
ここは四季の国。何も苦しむことはない。失うこともない。だからどうか、笑って暮らしておくれ。




