春の国
「(ここはどこだろう……?)」
当麻(とうま)は雲のようなものに囲まれた空間に一人立っていた。
きょろきょろ辺りを見回すと、後ろから声をかけられる。
「ようこそ、四季の国へ」
当麻が振り向くと、そこには長い髪の男とも女とも言えるような人物が立っていた。二十代くらいだろうか。すごく綺麗な見た目をしている。ずいぶん古めかしい格好をしており、教科書で見た弥生人の服みたいだ。緑の勾玉の首飾りがキラリと光る。
「ずいぶん若いね」
その人物は当麻に言う。
「十二歳だよ。お兄さ……えーっと……お姉……」
なんと呼べばいいか迷っている当麻にその人物はくすりと笑う。
「私は男でも女でもないよ。呼び方に困るなら天と呼びたまえ。『天』と書いて『あめ』と言う」
当麻は言われた通りに天と呼ぶ。
「天さん、ここはどこ?」
「言ったろう? 四季の国だと。私はそこの案内人。君は春夏秋冬、どれがいい?」
説明にはなっていないが、とりあえず当麻は答える。
「春がいい」
「わかった」
天がそう言うと、さぁと雲が晴れ、景色が広がる。
満開の桜、咲き誇る美しい花々。この世のものとは思えない絶景に当麻は釘付けになる。
桜の木の下では宴会が行われており、花の小道では人々が散歩をしている。
「案内しよう。それが私の役目だから」
天は「ついてきなさい」と歩き出す。当麻は後ろを追いかけた。
桜の木の下を通ると、当麻は感動した。
「桜がこんなに近くにある……」
今まで見れなかった風景。
その時、宴会を開いていたおじさん達が当麻に声をかけた。
「お! 新入りか! 坊主!」
「あ、え、えっと」
急に話しかけられてなんて言えばいいのか戸惑っていると、天が助け船を出した。
「先ほど来られた方ですよ」
「そうか! こっちゃ来い!」
「は、はい」
当麻は靴を脱いで敷かれているブルーシートにお邪魔した。おじさんはお酒のようなものを片手に持っている。
「まあ、一杯飲め!」
おじさんは缶を差し出す。
「あの、僕未成年だから……」
当麻は遠慮するがおじさんにはそんなこと関係ないらしい。
「ここでは気にせんでいい! さ!」
缶をぐいと出すおじさんに押し負けて当麻は缶を受け取る。躊躇いの後にぐい、と一口飲んだ。
「不味っ!」
おじさん達は笑う。
「坊主にはまだ早かったか!」
「う~」
当麻はおじさん達を恨めしそうに見る。
「すまんすまん! ほら、ジュースも団子もあるぞ!」
おじさんがそう言うと、ぽんっとオレンジジュースの缶とプラスチック容器に入った三色団子が出てきた。
「これで機嫌直せ!」
どういう仕組みかはわからないが、当麻は団子を手に取り一口かじる。甘くて、美味しかった。
なんやかんやでおじさん達の宴会に馴染んだ当麻だった。
他のところにも行ってみたいから、と当麻がおじさん達に告げると、名残惜しそうにしながら「またいつでも来いよ!」と言われて嬉しかった。
当麻は花の小道を天と並んで歩く。
「楽しかったかい?」
そう聞く天に当麻は元気よく答える。
「うん!」
「それはよかった」
天はにこりと笑う。
「ねぇ、天さん」
「なんだい?」
「僕、もう死んでるんでしょ?」
「……気づいたんだね」
天は少し悲しそうな顔をする。
「ここは四季の国。死者の魂が還る場所」
天は続けて言う。
「悲しいかい? 寂しいかい?」
当麻は首を横に振る。
「僕は生まれた時からずっと病院で暮らしてた。満足に歩くこともできなくて。お母さん達はいつも疲れた顔をしてた。友達もいなかった」
当麻は桜を見る。
「病室の窓から見える桜だけがとっても綺麗だった。いつか桜の下でお花見をするのが夢だった。生きてるうちには叶わなかったけど……」
当麻は笑う。
「さっき叶った!」
天はふっと笑った。
「ならよかった」
「それと、僕の名字、『桜庭(さくらば)』っていうんだ。ぴったりでしょ?」
「ああ、とてもいい名前だ」
ここは四季の国。死した人間の魂が穏やかに暮らす場所。
今日もまた、そこに人がやって来る。




