↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/45

分岐点

「待ちなさい!」


 勢いよく扉を開けた。部屋にいた全員の視線が、一斉にこちらへ向く。


「…………」


 アルゴーが目を見開いた。


「どうした、エラーラ。部屋に戻れと言っただろう」


「……」


 私は息を整えながら、部屋の中を見る。


 そして――。


「ほう……」


 ヤーショルがこちらを見た。 黒いローブに隠された顔。

見えるのは口元だけ。その口元には、笑みが浮かんでいる。


(……この男)


 なぜだろう。


 ただ見られているだけなのに、妙に嫌な感じがする。


「お父様!」


 私はアルゴーを見る。


「部屋の外で聞いていましたわ」


「……エラーラ、わかっているなら黙れ。」


「ですが!」


 私は机の上に置かれた契約書を指差した。


「ウィクス家のすべてを売れば、本当に何もかも終わりよ!」


「…………」


「私も……」


 言葉が詰まる。アルゴーが困ったように口を開いた。


「……だが、しかし」


 どうすればいいのか分からない。そんな表情だった。


 すると。


「これはこれは」


 ヤーショルが口を挟んだ。


「エラーラお嬢様ではございませんか」


「……」


「聞くところによると――」


 口元がニヤリと歪む。


「ノーブル家のご子息、セレブス様に無礼を働いて、婚約破棄をされたとか?」


「ぐっ……」


 それを言われると、本当に痛い。


(……くっ)


(あれは……)


(勢いに乗って、思いっきり馬鹿をしたわよね……)


 あの時の私は、どうせこの後はゲームから退場すると思っていた。


 だったら。最後くらい、めちゃくちゃにしてやろう。


 そんな勢いでやった。


 結果。


 めちゃくちゃになったのは、今だった。


(……笑えないわね)


 ヤーショルが続ける。


「そんなお嬢様が、大事な大事な大人の商談に割り込んできて――」


 少しだけ首を傾ける。


「事情は外で聞いてて知ってるんですよね?」


「……ええ」


「では」


 ヤーショルの口元が再び笑う。


「何か、エラーラお嬢様から提案でもあるんですか?」


「…………」


 ない。


 正直に言えば、何もない。


 お金を稼ぐ方法も。事業を立て直す方法も。

具体的な案なんて、一つも。


 でも――。


(ここで「何もありません」なんて言ったら)


 机の上の契約書を見る。


(本当に終わる)


 ウィクス家が。この家が。


 そして――。


(私が)


 ゲームでは、エラーラの物語は終わっていた。


 婚約破棄。そして退場。


 その先なんて、描かれていなかった。


 でも。


 今なら分かる。あの先には、この家の没落があったのかもしれない。


 すべてを失って。エラーラ自身も――。


「…………」


 これは。


 ただの借金問題じゃない。私にとって。


 ここは――。


(ターニングポイント)


 いわゆる、分岐点だ。


 ここで何もできなければ。


 本当の意味で――。


 ゲームオーバーになる。


「……」


 ヤーショルが待っている。アルゴーも私を見ている。


 何か言わなければ。


「……」


 ――「ない」。


 そう言えばいい。


 何もないのだから。


 けれど。


(それだけは言えない)


 なら。


(「ある」と言えば?)


 その瞬間、ヤーショルはそこを突いてくるだろう。


 どんな提案なのか。どうやって金を作るのか。

いつまでにできるのか。具体的に答えろと迫られる。


 今の私には、何も答えられない。


(じゃあ……)


 私は必死に頭を回す。


 そして。


 一つだけ思いついた。


「……五日」


「…………?」


 ヤーショルが首を傾げる。


「五日?」


「ええ」


 私は自分でも驚くほど堂々と言った。


「五日、待ってちょうだい」


「…………」


「それで、なんとかするわ」


 言ってしまった。


(何をするのよ、私!)


 心の中で叫ぶ。


(なんとかするって何!?)


 具体的な方法なんてない。


 ただ。


 今は時間が欲しかった。五日あれば。


 何か思いつくかもしれない。何か見つけられるかもしれない。


 この世界には、私が知らないものが多くある。


 だったら。


 探すしかない。


「…………」


 ヤーショルは黙っている。


 やがて。口元だけが、ゆっくりと笑った。


「三日っす」


「…………え?」


 私は固まった。


「三日ならいいっすよ」


「…………」


 聞き間違いかと思った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし」


「五日じゃないと困ります?」


「そういう問題ではなくて!」


 思わず声が大きくなる。


「なぜ三日なのよ!」


 思わず声を上げた。


「いやー」


 ヤーショルは、相変わらず軽い調子で答える。


「五日も待つ理由がないんで」


「……」


「てか、三日でもかなり優しい方っすよ?」


「…………」


 何も言い返せない。確かにそうだ。


 ヤーショルからすれば、私を待たせる理由なんてない。


 借金を返せる保証もない。ウィクス家を立て直せる保証もない。


 そんな状況で「五日待って」なんて、都合のいい話だ。


「……三日」


 私は小さく呟いた。


「ええ」


 ヤーショルが頷く。


「本当なら、そんな提案は受けませんけどね」


「……」


「待つ理由が、本当にないんで」


 そう言いながら、ヤーショルは笑っていた。


 けれど――。


「……だが」


 その言葉と同時に。


 ヤーショルが、こちらへ歩いてきた。


「……っ」


 一歩。また一歩。距離が縮まる。


 そして――。


 ヤーショルが私の目の前で足を止めた。


「…………」


 その瞬間。


 私は初めて――ヤーショルの目を見た。


 ローブの影から覗く瞳。

それまで隠されていた目が、私を真っ直ぐ見つめている。


「…………っ」


 目が合った。


 その瞬間、背筋が凍った。


(……怖い)


 今までとは違う。軽口を叩く男。


 冗談を言う商人。


 そんな印象が、一瞬で消えた。


 ただ――。


 目の前の男が怖い。何を考えているのか分からない。


 なのに。こちらのことを見透かされているような感覚だけがある。


 ヤーショルは、私の目をじっと見つめた。


 そして。


「……貴方」


 声が変わった。


 軽くない。


 笑ってもいない。


「本当に、エラーラお嬢様っすか?」


(え。まさか転生のことに)


「…………」


 何も答えられなかった。


 なぜだろう。


 たったそれだけの言葉なのに。


 怖い。何も言い返せない。


 私が黙っていると――。


「…………」


 ヤーショルも、しばらく私を見つめていた。


 そして。


「……いやー」


 突然、いつもの軽い口調に戻った。


「失敬、失敬!」


「……え?」


「いやいや、あまりにも――」


 ヤーショルは楽しそうに笑う。


「いつものエラーラお嬢様なら、こんなこと思いつくとは想像できなくて」


「…………」


「そりゃあ――」


 口元が歪む。


「すべてを失うと分かれば、人も変わりますよね」


「……」


 何か引っかかる。


 まるで――。


 私の変化を知っているような言い方。


 けれど、それ以上ヤーショルは何も言わなかった。


「まあ、いいっす」


 踵を返す。


「では――」


 扉へ向かいながら、ヤーショルが振り返る。


「三日後に、また来ます。楽しみですよ。」


 そう言って。ヤーショルは大男を連れて、部屋を出ていった。


「…………」


 残された私は、しばらく動けなかった。


「……三日」


 たった三日。


 その間に――。


 私はウィクス家を救わなければならない。


 ゲームの知識だけでは、もう足りない。


 だったら。


「……考えるしかないじゃない」


 私は拳を握った。


 ここが――。


 私の知っている『恋する姫と終わらない奇跡』から外れた、最初の大きな分岐点だった。


 そして扉が閉まった。


 ヤーショルの気配が遠ざかっていく。


「…………」


 私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 何も考えられない。


 ただ――。


「…………疲れた」


 その一言が、口から漏れた。


 さっきまで必死だった。


 ウィクス家を守らなければ。


 三日以内に何とかしなければ。


 そんなことばかり考えていた。


 でも。


 ヤーショルがいなくなった途端――。


 全身から力が抜けた。


「…………あ」


 足に力が入らない。


「ちょっと……待って……」


 視界がぐらりと揺れる。


 そういえば。


 朝から屋敷を歩き回って。


 そして今――。


「ヤーショルと……交渉……」


 限界だった。


「…………もう無理」


 私はその場に――。


 バタンッ。


 倒れ込んだ。


「…………」


 エラーラ・ウィスクは、完全に力尽きた。


 ウィクス家の運命を左右する日まで、あと三日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。