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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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ヤーショル


「…………」


 アルゴーの表情が変わった。


「かしこまりました」


 メイドが一礼する。


「エラーラ、お前は部屋に戻れ」


「……私が?」


「ああ。これは大人の話だ」


「……分かりましたわ」


 私は立ち上がった。


 けれど。


(……ヤーショル?)


 さっきアルゴーから聞いたばかりの名前。


 ウィクス家に金を貸し、事業の立て直しを手伝った商人。


 そして――。


 借金を作ることになった。


(気になる…… またゲーム外の存在…)


 私は素直に部屋へ戻るふりをして、廊下へ出た。

扉が閉まる。


 私は少しだけ歩き――。


 振り返った。


(……やっぱり気になる)


 そっと扉の近くまで戻る。


 そして、少しだけ開いた隙間から中を覗いた。


「……!」


 まず目に入ったのは、大きな男だった。

いや。大きいという言葉では足りない。

まるで壁のような身体。鋭い目つき。


 そして、その手には鎖が繋がれている。


 鎖の先には――。


「…………何、あれ」


 私は思わず小声で呟いた。

その鎖を握っているのは、一人の男。

黒いローブを深く被っているため、顔はほとんど見えない。


 見えるのは――口元だけ。

その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。


「いやー、どうもどうも」


 声は若い。


 少なくとも、老人には聞こえない。

だが、年齢は分からない。


「……あきらかに胡散臭い闇商人じゃない」


 私は小さく呟いた。


「何なのよ、あんなのに借金して……」


 どう見てもまともな商人には見えない。


(現実世界でいう闇金じゃない……?)


 そんなことを考えていると、アルゴーが口を開いた。


「今回、どういったご用件で……」


 アルゴーの声が少し上ずっている。


「金を用意したら、こちらから連絡すると言ったと思いますが……?」


「ああ、それっすね」


 ヤーショルは軽い調子で答えた。


「そうだったんすけど――」


 そこで、口元の笑みが少しだけ深くなる。


「そちらの事情、聞きましたんで」


「…………」


 アルゴーが黙った。


「どうやら、私の提案」


 ヤーショルは楽しそうに言った。


「ノーブル家と娘さんを結婚させて、その金で借金を返すって話――」


「うまくいかなかったみたいっすね」


「…………」


 アルゴーは何も言わない。

私は目を見開いた。


(……え?)


(これ……)


(セレブスとの婚約を利用して借金を返すっていう話)


(ヤーショルの提案だったの?)


 私は思わず額を押さえた。


(つまり、この男が……)


(ウィクス家にセレブスとの婚約を持ちかけた張本人……?)


 ヤーショルは、まるで世間話でもするように続ける。


「……で?」


「これからどうするんです?」


「…………」


「まさか、私から借りた金を返せません、で終わりじゃないっすよね?」


 ヤーショルの隣に立っていた大男が、一歩前へ出た。


 ジャラ……。


 鎖が鳴る。


「ひっ……」


 アルゴーの顔が青ざめる。

大男がアルゴーを睨みつけた。


「こいつがアンタの首を絞めてもいいんすよ」


「そ、それだけは……!」


「ははっ」


 ヤーショルが笑った。


「冗談っすよ」


 軽い。あまりにも軽い。


「アンタ殺しても、金になんないっすから」


「…………」


 アルゴーが明らかに安堵した。


 私は――。


「…………」


 身体が震えていた。


(怖い……)


 隣の大男が怖い。確かに怖い。

あんな男に睨まれたら、普通に逃げ出したくなる。


 でも。


(……違う)


 私が震えている理由は、あの大男だけじゃない。


 むしろ――。

その隣にいる男。


 ヤーショル。


(なんなの……こいつ)


 黒いローブ。見えない顔。軽い口調。

冗談のように人の命を口にする。


 なのに――。


 余裕がある。ずっと。

最初から。何もかも分かっているような顔をしている。


(……怖い)


 私は扉の隙間からヤーショルを見つめる。


(あの大男が怖いんじゃない)


(こいつが……)


 なぜか。ヤーショルという男そのものが。


(――怖い)


 そして。ヤーショルは楽しそうに口元を歪めた。


「じゃあ――」


 軽い声。


「もう一個の提案しかないっすね」


「……それだけは……」


 アルゴーが戸惑ったように答える。

その声には、明らかな恐怖が混じっていた。


「いやー」


 ヤーショルは肩をすくめる。


「もう、それしかないって分かってますよね?」


「…………」


「まだ自分がウィクス家を立て直せると、本気で思ってるんすか?」


 その瞬間。声が変わった。

さっきまでの軽い口調ではない。

低く。冷たい声。


「……」


 アルゴーが黙り込む。


「……しかし」


 アルゴーが何か言おうとした。


 その瞬間。


「おい」


 ヤーショルが短く言った。

大男が動く。


 ジャラッ――。


 鎖の音が響いた。


「ぐっ……!」


 次の瞬間。

大男の手がアルゴーの首を掴んだ。


「うっ……ぐ……!」


「あっ!」


 私は思わず声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

アルゴーの顔がみるみる青ざめていく。


「……」


 ヤーショルはそれを見ながら、静かに言った。


「あんまり態度が舐めてると――」


 口元だけが笑う。


「その首、絞めますよ?」


「…………!」


「よし」


 ヤーショルが手を上げる。


「離せ」


 大男はすぐに手を離した。


「うっ……げほっ……!」


 アルゴーは咳き込みながら、机に手をついた。

ヤーショルは何事もなかったかのように服を整える。


「では」


 そして、再び軽い口調に戻った。


「改めて、商売の話をしましょうか」


「…………」


 ヤーショルが指を一本立てる。


「もう一つの提案」


「土地、屋敷、財産――」


「ウィクス家のすべてを――」


「私に売る」


 アルゴーの顔が強張る。


「……すべて、だと?」


「ええ」


 ヤーショルは笑った。


「借金の清算も含めて、全部です」


「そんなことをしたら……」


「ええ」


 ヤーショルは楽しそうに答える。


「ウィクス家はなくなるっすね」


「…………」


 私は息を呑んだ。


(は?)


(なに、それ……)


 あまりにも現実的すぎる。

ゲームのイベントなんかじゃない。


 これは――。


 家そのものを失う話だ。


(ていうか……)


 私は混乱する。


(この世界、本当に『恋する姫と終わらない奇跡』の世界なの?)


 魔法。


 剣。


 恋愛。


 学園生活。


 私が知っているゲームの世界。


 なのに。


(あまりにも違いすぎる……)


 そもそも、私は主人公ですらない。

ゲームの脇役の脇役。


 悪役令嬢のエラーラ。

だから、ゲーム外の出来事なんて知らなくて当然なのかもしれない。


 でも。


(ゲームの外では……)


 こんなことが起きていた?


 その時。ふと、私は思い出した。


 本来のゲーム。エラーラの最後。

セレブスから婚約破棄を言い渡される。


 そして――。


 そのまま物語から退場する。

以降。エラーラは二度と登場しない。


(……そういうこと?)


 私は目を見開く。


(ゲームでは、エラーラがどうしてその後出てこなくなったのか……)


 理由なんて描かれていなかった。

ただ。婚約破棄されて。悪役令嬢として敗北して。退場する。


 それだけだった。


 でも――。


(もし)


(婚約がなくなったことで、ウィクス家が借金を返せなくなったとしたら?)


 その先に待っているのは。

家の没落。財産の売却。


 そして――。

エラーラ自身の人生の終わり。


(……辻褄が合う)


 ゲームは、そこまで描かなかった。描く必要がなかったから。

主人公ロインの物語にとって。エラーラが退場した後の人生なんて――。


 どうでもよかった。


「……」


 私は拳を握る。


(じゃあ)


(私が知っていた『悪役令嬢エラーラ』は――)


 本当は。ゲームに映っていた部分だけだったのかもしれない。


「では」


 ヤーショルの声で、思考が途切れた。

彼は机の上に一枚の紙を置く。


「アルゴーさん」


 紙を指で軽く叩く。


「サインを」


「…………」


 アルゴーは紙を見る。

その手が震えていた。私は息を呑む。


「…………」


 ダメだ。これにサインをしたら。


 本当にウィクス家が終わる。


 ゲームのエラーラが消えた理由も。


 もしかしたら――。

全部、ここに繋がっている。


「……」


 アルゴーがペンを取った。


 このままいけば私の人生……いいえ、私とエラーラはゲームオーバーだ!


「待って!」


 私はもう、黙って見ていられなかった。


 バンッ!!


 扉を勢いよく開ける。


「その話――」


 全員がこちらを見る。

私はヤーショルを睨みつけた。


「待ちなさい!」

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