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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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悪意のレシピ

 ナイナは一礼すると、乱れた服を整えた。


「いやー……でも、本当にびっくりしましたよ。あの手紙を読んだときは」


「そうかしら?」


「そうですよ!」


 ナイナは呆れたように私を見る。


「『私のケーキ作りを手伝ってほしい。食堂の窓から入ってきなさい。地図を渡しておくわ』って……」


「ちゃんと来られたでしょう?」


「来られましたけど!」


 ナイナが声を上げた。


「普通、従者にそんなことを頼みます? しかも、学園に忍び込めだなんて……」


 そこで、ナイナは大きく息を吐いた。


「それに、ウィクス家、私が抜けると実は結構大変なんですけど……」


「分かっているわ」


 私は何でもないことのように答えた。


「でも、あなたは私と一緒に悪をするんでしょう?」


「…………」


 ナイナが、じっと私を見る。


「……確かに、そんな感じのことは言いましたけど」


「なら、問題ないわね」


「問題ありますよ!」


 ナイナは思わず声を上げた。


「私が言っていたのは、もっとこう……重大なことというか、危険なことというか……!」


「ケーキ作りも重大なことよ」


「…………」


 ナイナは調理台に目を向けた。

そこには、ケーキの材料が並んでいる。


「……これが?」


「ええ。」


「……ケーキを作ることが、悪なのですか?」


「そうよ」


「…………」


 ナイナは深いため息をついた。


 ナイナを学園に忍び込ませたのには理由がある。

 

 カリバー学園は、正当な理由があれば、外部の人間が入るための申請を出すこともできる。

ただし、それには手続きが必要だ。従者にケーキ作りを手伝ってもらいたい。

そんな理由で申請が通るかどうかも分からないし、許可が下りるまでに時間がかかる可能性もある。


今の私には、そんなものを待っている余裕はなかった。


 だから、ナイナに来てもらった。

正規の手続きを使わずに。


 ……窓から。


(まさか、こんなところで役に立つとはね)


 ナイナの持つスキル。


 それは――『泥棒』。


 この能力のおかげで、ナイナは人目を避けて行動することができる。

従者としては、少々変わった能力かもしれない。

けれど、今の私にとっては都合がよかった。

普通なら難しいことでも、ナイナならできる。

今回の件も、そうだった。


「……まるで忍者ね」


「忍者?」


 ナイナが首を傾げた。


「それって、何ですか?」


「何でもないわ」


 私は調理台へ向き直る。


「それより、手伝いなさい」


「……はいはい」


「返事は一回」


「はい!」


 ナイナは慌てて姿勢を正した。

私は小さく笑った。


 さて。ここからが本番だ。


「まずは、材料の確認をしますね」


 ナイナは調理台へ近づき、並べられた材料を一つずつ確認し始めた。

小麦粉、砂糖、卵、バター。それから、ケーキに使ういくつかの材料。


「…………」


 しばらくして、ナイナの手が止まった。


「……エラーラ様」


「何?」


「私、結構な量の材料をお渡ししたはずなんですが……」


 ナイナは調理台を見渡した。


「もう、こんなに少なくなっているんですか?」


「あら? そうかしら?」


 私は首を傾げた。


「十分あると思うけど」


「いや、十分かどうかという話ではなくてですね……」


 ナイナは残った材料を数え直した。


「この材料でケーキを作れるのは、あと二回、あと二回……いえ、頑張って三回くらいが限界かと」


「まぁ、いいじゃない」


 私はあっさりと言った。


「一回でも成功すればいい話よ」


「…………」


 ナイナが、ゆっくりとこちらを向いた。


「……つまり?」


「つまり?」


「今まで、何回も失敗したんですか?」


「…………」


 私は視線を逸らした。


「……細かいことは気にしないの」


「気になりますよ!」


 ナイナの声が、調理室に響いた。


 ◇


 それから、私たちはケーキ作りを始めた。


「エラーラ様、そこはもう少し丁寧に混ぜてください」


「分かっているわ」


「本当ですか?」


「本当よ」


 私は自信満々に答えた。


 そして――。


「…………」


「…………」


 焼き上がったケーキを前に、私たちは黙り込んでいた。


 表面は妙に硬く、中央は沈んでいる。形も少し変だ。


「……これは?」


「おそらくケーキよ」


「違います!」


「……ケーキの一種ではあるでしょう?」


「そんな分類はありません!」


 ナイナが頭を抱えた。


 ……おかしい。

 材料は間違っていないはずだ。

手順だって、ちゃんと確認した。

なのに、どうしてこうなるのだろう。


「……もう一回よ」


「エラーラ様?」


「次は成功するわ」


 私はそう言って、再び材料に手を伸ばした。

ナイナは不安そうな顔をしていたけれど、結局は手伝ってくれた。


 そして、二回目。


「…………」


「…………」


 今度は、生地を作っている途中から様子がおかしかった。

私が担当した工程で、何かを間違えたらしい。

ナイナが慌てて調整してくれたものの、時すでに遅し。

焼き上がったものも、先ほどとは別の意味でひどかった。


「…………」


 私は、そっとケーキみたいな物から目を逸らした。


「……失敗ね」


「失敗ですね」


 ナイナが即答する。


「…………」


「…………」


 しばらく沈黙が続いた。

やがて、ナイナがこちらを向く。


「エラーラ様」


「……何?」


「なぜ失敗するのですか!」


「…………」


「というか、これ以上は手を出さないでください!」


 ……そこまで言わなくてもいいじゃない。

私は少しだけ口を尖らせた。


「……それじゃ駄目だと思って」


「……どういうことですか?」


 ナイナが眉をひそめる。


「ケーキを作ることが大切なのですよね?」


「えぇ……」


 私は、失敗したケーキを見つめた。


「最初は、そう思っていたわ」


「…………」


「私なんかにケーキが作れるわけがないって」


 ぽつりと、言葉がこぼれる。


「色んな人に言われたわ」


 アンラの顔が浮かんだ。


『だって、エラーラって見るからに料理したことなさそうだし』


 ……失礼な女。


 そして、ロイン。


『一人でケーキを作るのは大変だと思いますが、頑張ってくださいね』


 あの言葉にも、腹が立った。

まるで、私が失敗することを分かっているみたいだったから。


「…………」


 けれど。

考えてみれば、前世の私だって似たようなものだった。

仕事から帰れば、疲れ果てていた。料理をする気力なんて残っていない。


 結局、カップ麺で済ませる。

そんな生活を繰り返していた。

ケーキなんて、作ったことがあるはずもない。


「…………」


 私は小さく息を吐いた。


「……少し話すわ」


「……はい?」


 ナイナが、戸惑ったようにこちらを見る。


「私は、何も持っていないのよ」


「…………」


「魔法も使えない。特別な才能があるわけでもない」


 私は、自分の手を見つめた。


「それでも、悪を貫くためなら何だってやってやると思っている」


「…………」


「これは、ただの意思よ」


 私はナイナを見る。


「私には、意思しかない」


 だからこそ。せめて。


「こんなケーキ作りくらい、成功させたいの」


「…………」


「わがままだと思うかもしれないけれど」


 ナイナは、しばらく黙っていた。


 そして――。


「……分かりました」


「……え?」


「正直に言いますと、いきなりケーキ作りは難しいですよ」


「……そうなのね」


 私は素直に頷いた。


 ……いや、そこは少しくらい慰めてくれてもいいのでは?

そんなことを考えていると、ナイナが続けた。


「でも、ケーキじゃなかったら、エラーラ様でもきっとできます」


「…………」


 私は、ナイナを見つめた。


「……なるほど」


 確かに。

その通りかもしれない。

私は、ゆっくりと頷いた。


 ◇


 それから、私たちは作るものを変えた。

ケーキではない。けれど、今の私にできることを考えた結果、ようやく形にすることができた。


「…………」


 私は、調理台の上に置かれた完成品を見つめた。


 ……できた。


 ケーキ作りは失敗した。

けれど、ここで諦めるわけにはいかなかった。

私は、アンラに必要なものを用意する。

目的は変わってない。

アンラとラベンを引き合わせること。

そして、ラベンを救う手段を見つけること。


 そのためなら、私は何だってする。


 たとえ、最初に考えていた方法がうまくいかなくても。


「……エラーラ様」


「何?」


「本当に、これをそのアンラ様という人に渡すんですか?」


「ええ。」


 私は頷いた。


「これでいいわ」


 ……いや。


 これで、いいはずだ。

私は完成品を見つめ、静かに息を吐いた。


(……さて)


 これを見たアンラは、いったいどう受け止めるのだろうか。

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