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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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アナザー

「そういえば、エラーラ様」


 ロインが何かを思い出したように、こちらを見る。


「大変ですよ!」


「……何かしら」


「セレブス様をビンタしたことで、セレブス様の従者の方たちがエラーラ様を探していましたよ」


「……あ」


 忘れていた。完全に忘れていた。


「今だったら、セレブス様に謝れば許してもらえるかもしれません」


「……無理ね」


「え?」


 私は即答した。

セレブスのゲーム内での性格を思い出す。


 あの男が。あの場で婚約者に思い切り頬を叩かれて。

謝ったくらいで許す?


(ありえない)


 むしろ、もっと面倒なことになる。


「私は逃げるわ」


「え?」


「失礼するわね!」


 私は踵を返した。


「ちょっと、エラーラ様!?」


 ロインの声を背中に聞きながら、私は走り出す。庭園を抜ける。

廊下を抜ける。


 とにかく、この場から離れる。


「おい!」


 背後からジョミナーの声が響いた。


「まだ、俺の話は終わってないぞ!」


「知ったことじゃないわ!」


 振り返らずに叫ぶ。今はそれどころじゃない。


 ジョミナーのことも。世界のノイズのことも。

全部あとだ。


 今は――。


 セレブスから逃げる。


 それだけ。


 ◇


 屋敷の外へ飛び出した私は、そこで足を止めた。


「……あら?」


 一台の馬車が停まっている。

その横には、一人のメイドが立っていた。


「お待ちしておりました、お嬢様」


「あなた……」


 見覚えがある。

確か、ゲームのイベントで登場するエラーラの専属メイド。


 たしか――。


 私は思い出す。

以前、エラーラがセレブスとの婚約について、


『この婚約があれば、お金も地位も手に入るもの』


 などと、うっかり口にしてしまった時。

その場にいたメイドだ。


 ……つまり。


 味方ってことね。


「お嬢様?」


「……なんでもないわ」


 メイドは首を傾げる。


「お急ぎですか?」


「ええ!」


 私は即答した。


「とにかく逃げるのよ!」


「かしこまりました」


 メイドは迷うことなく馬車へ向かう。


「お乗りください」


「…ええ!」


 私は急いで馬車へ乗り込む。


 そして。


 馬車が走り出した。ガタガタと揺れる車内。


 窓の外の景色がどんどん後ろへ流れていく。


「……ふぅ」


 ようやく一息ついた。


 けれど。


 ふと、私は違和感を覚えた。


(……あれ?)


 馬車の前を見る。


 手綱を握っているのは――。


 さっきのメイドだった。


「……ねえ」


「はい、お嬢様」


「こういう馬車って……」


「はい」


「普通、運転する専門の方がいるのではなくて?」


 メイドの手が一瞬だけ止まった。


「……」


「……?」


 そして。


 メイドは振り返らずに、静かな声で答えた。


「……あの、失礼ですがお嬢様」


「はい?」


「ウィスク家の事情を知らないわけでは、ありませんよね?」


「……」


 私は固まった。


(ウィスク家の事情?)


 そんなもの。私が知るわけがない。


 だって――。


 ここから先は。


 私が何十回ゲームをプレイしても、一度も見たことのない場所なのだから。


「……」


 私は窓の外を見る。

見慣れない景色が続いている。


 ゲームの中では、エラーラが家へ帰る場面なんて存在しなかった。


 せいぜい。


 イベントの合間に、エラーラの実家が裕福な貴族だという説明が出てくる程度。


 だから。


 私は知らない。

エラーラがどこに住んでいるのか。


 どんな屋敷なのか。どんな家族がいるのか。どんな生活をしていたのか。


 何も。何一つとして。


「……本当に、知らない」


 思わず呟く。


「はい?」


 メイドが振り返る。


「いえ、なんでもないわ」


 慌てて誤魔化す。


 やがて。


 馬車がゆっくりと速度を落とした。


「到着いたしました」


「……え?」


 私は窓から外を見る。


 そこにあったのは――。


「…………」


 古びた館だった。大きい。


 確かに大きな屋敷ではある。


 けれど。


 壁にはところどころ古い傷があり、庭も綺麗に整えられているとは言い難い。


 華やかな貴族の屋敷。


 そんな言葉からは、少し遠かった。


「ここが……?」


「はい」


 メイドが馬車から降りる。


「ウィスク家でございます」


「…………」


 私は館を見上げる。


(ここが……エラーラの家?)


 知らない。本当に知らない。


 ゲームの背景にも出てこなかった。

こんな場所が存在していたことすら、私は知らなかった。


「お嬢様?」


「……行きましょう」


 私は馬車を降りた。館の中へ入る。


 古い廊下。少し軋む床。


 壁に飾られた、見覚えのない肖像画。

どれを見ても、私の記憶には存在しない。


(ゲームでは、エラーラの家なんてほとんど描かれてなかった)


 私は歩きながら周囲を見る。


(なのに……)


 ちゃんと存在している。当たり前のことなのに。


 妙に恐ろしく感じた。


「こちらです」


 メイドが一つの扉の前で立ち止まる。


「旦那様がお待ちです」


「……旦那様?」


 嫌な予感がした。


「ええ」


 メイドが扉を開く。


「お嬢様がお戻りになりました」


「入れ」


 低い声が響いた。


 私はゆっくりと部屋へ入る。

そこにいたのは、一人の男だった。

机の前に座り、こちらを見つめている。


 鋭い目。疲れた表情。


 そして――。


「……お父様?」


 口から自然と言葉が出た。男は静かに私を見る。


「帰ってきたか、エラーラ」


 その名前を聞いて、私は思い出した。

ゲームの設定資料。


 ほんの少しだけ存在した名前。エラーラの父親。


 ゲーム本編には、登場しない人物。


 名前だけが設定資料として存在していた。


 ――ウィクス・アルゴー。


(そうだ……)


(こんな名前だったような気がする)


 アルゴーは私をじっと見つめる。


「それで?」


「……?」


「ノーブル家との婚約は、うまくいっているのか?」


「…………」


 一瞬、言葉が詰まった。


 そして。


「え、ええ」


 反射的に答えてしまう。アルゴーは小さく頷いた。


「ならいいが」


「……?」


「上手くいかなければ、ウィクス家は終わりだからな」


「…………え?」


 私は思わず聞き返した。


「終わり……?」


 アルゴーは眉をひそめる。


「何をとぼけている」


 そして。


「ウィクス家には、今、多額の借金がある」


「…………」


「それを解決するために、我々はあの高貴なノーブル家との交渉を進めている」


「……交渉?」


「ああ」


 アルゴーは淡々と続ける。


「お前とセレブス・ノーブルの婚約は、ただの婚約ではない」


「ウィクス家の存続そのものが懸かっている」


「…………」


 頭の中が真っ白になる。


(待って)


(そんな設定……知らない)


 私はエラーラを知っているつもりだった。


 ゲームを何十回もプレイした。


 エラーラがどんな台詞を言うのか。


 どんな場面でロインを嫌うのか。


 どんな選択肢を選べば、どういう反応をするのか。


 全部知っている。


 そう思っていた。


 だから私は。


 エラーラという女を――。


 ただ金と富に目がくらんだ、嫌な悪役令嬢だと思っていた。


 セレブス・ノーブルという高位の貴族と婚約できることを喜び。


 その地位と財産を手に入れるために、彼に近づいた。


 ロインに嫉妬し。


 自分の立場を守るためなら、何でもする。


 それが。


 私が知っていた「エラーラ」だった。


(……違ったの?)


 胸の奥がざわつく。


 金が欲しかった。地位が欲しかった。


 セレブスと結婚したかった。


 ゲームでは、そういう風にしか描かれていなかった。


 でも――。


(もし……)


(エラーラが金に執着していた理由が、別にあったとしたら?)


 家を守るため。借金を返すため。


 自分の家族を生き残らせるため。

もし本当にそうだったのなら。


 私は今まで。

何も知らずに、この女を悪役だと決めつけていたことになる。


「……お父様」


「なんだ?」


「その話……詳しく聞かせてください」


 自分でも驚くほど、真剣な声が出た。

アルゴーはしばらく私を見つめる。


「……ようやく少しは興味を持ったか」


「え?」


「お前は今まで、この家のことなど何も気にしていなかったからな」


「…………」


 胸が痛んだ。

もちろん。今の私は知らない。


 けれど。


 アルゴーの言葉を聞けば聞くほど、分かってくる。


 この身体には。


 私が知らないストーリーがある。ゲームには描かれなかった。


 エラーラの生活。エラーラの家族。


 そして――。


 エラーラが抱えていた事情。


(……どうなってるの?)


 私は拳を握る。


(私は、エラーラというキャラクターになっただけだと思っていた)


 でも。違う。


 ここにいるエラーラは。

私が知っているゲームのキャラクターより、ずっと複雑な人生を生きている。


(……私が知っていたエラーラは)


(本当のエラーラじゃなかったの?)


 その疑問だけが、頭から離れなかった。

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