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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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リスタート

 グサッ――。


 刃が届く。そう思った瞬間だった。


 ザザザザザザザザッ――!!


 世界が白黒のノイズに覆われた。


 空気が歪む。景色が揺れる。

耳鳴りのような音が頭の中に響いた。


 そして私はロインを刺す瞬間に戻っていた…

 

 どういうことなの? 

さっき確かに刺していたはず…なのに


「……っ」


 何?


 まただ。


 この世界が拒絶しているような感覚。

そう思った次の瞬間――。


 ザッ!!


 目の前に、人影が飛び込んできた。


「……なっ」


 私とロインの間に。


 まるでロインを庇うように。


 そこに立っていたのは――。


「ジョミナー……?」


 一人の青年だった。


 栗色の髪。優しい顔立ち。

柔らかな雰囲気。


 どこにでもいそうな、普通の青年。


 だけど。


 その手だけは違った。


 私のナイフを――。


 手で止めている。


「……っ!」


 私は息を呑んだ。


 ナイフは、それ以上進まない。


 ジョミナーの手によって完全に止められていた。

私とロインの間に立っているため、ロインからは手元が見えない。


 だから。

ロインは何も気づいていない。


 けれど。

私は分かっている。


(嘘……)


 ジョミナー・オーサー。


 ロイン・デルフォルの幼馴染。


 そして――このゲームの攻略対象。


 初心者向けルート。

特別なことをしなくても、自然と好感度が上がっていくキャラクター。


 誰にでも優しい。

困っている人を放っておけない。怒ることなんて、ほとんどない。


 そんな人物。


 それが今。


 私のナイフを止めている。


(なんで……?)


 これはゲームには存在しない。

ロインを刺すイベントなんて、最初から存在していない。


 そもそも。


 エラーラがこんな行動を取る展開すら存在しない。


 なのに。ジョミナーはここにいる。


 しかも。


 まるで、この瞬間を知っていたかのように。


(終わった……)


 そう思った。ジョミナーに見られた。


 私がロインを刺そうとした。

このことをロインに言われたら、すべて終わる。


 言い逃れなんてできない。


 どうする。


 何を言えばいい。頭が真っ白になる。


 その時。


 ジョミナーは私のナイフを素早く回収し。


「……ロイン」


 ジョミナーが静かに声をかけた。


「大丈夫か?」


「え?」


 ロインが目を丸くする。

突然現れた幼馴染を見て、驚いたように笑った。


「ジョミナー?」


「いつからいたの?」


 ジョミナーは、いつものように穏やかに笑う。


「さあ」


「なんとなく、かな」


「もう……びっくりしたよ」


 ロインは苦笑する。


 そして。

ふと、ジョミナーの手を見る。


「……あれ?」


「どうした?」


「ジョミナー、手……」


「……」


 ジョミナーが一瞬だけ自分の手を見る。

そこには、ナイフを止めたことでできた傷があった。


「怪我してるじゃない!」


 ロインが心配そうに近づく。


「これ?」


「これじゃないよ。血が出てるじゃない」


「大丈夫だって」


「大丈夫じゃないよ」


 ロインはそう言うと、身につけていたハンカチを取り出した。


「ほら、手を出して」


「ロイン、本当に大したことないって」


「いいから」


 半ば強引にジョミナーの手を取る。


 そして。

傷口を覆うように、ハンカチを巻いていく。


「……これで少しは大丈夫かな」


「ありがとう」


 ジョミナーが笑う。


「まったく。昔からロインは心配性だな」


「だって幼馴染なんだから、心配するよ」


「……そうだな」


 二人の会話を、私は黙って見ていた。


(なんか変だ……)


 その傷は。


 私のナイフを止めた傷だ。私のせいだ。


 なのに。


 ジョミナーは何も言わない。ロインも何も知らない。


 まるで。


 何も起きていなかったかのように。

その光景が、どうしようもなく不気味だった。


「ところで」


 ジョミナーがこちらを見る。


「エラーラ様」


「……!」


 その声は穏やかだった。


 けれど。私は身構える。今度こそ、言われる。


 ロインに。

私が何をしようとしたのか。


 そう思った。


 けれど。


「……あちらで、あなたを呼んでいる方がいるそうですよ」


「……え?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「誰が……?」


「そこまでは分かりません」


 ジョミナーは微笑む。


「ただ、あなたに会いたいそうです」


 私はジョミナーを見る。

彼の手には、ロインが巻いたハンカチ。


 その白い布に、わずかに赤が滲んでいる。


(……私を庇った?)


 なぜ。


 どうして。私は今、ロインを傷つけようとしたのに。


 なのに、この人は。

私のことをロインに告げなかった。


 それどころか。

私をこの場から逃がそうとしている。


「……分かりましたわ」


 私は小さく頷いた。


「行ってみます」


「うん」


 ロインも笑う。


「気をつけてくださいね、エラーラ様」


「……ええ」


 私はその場を離れた。

背中に、ジョミナーの視線を感じながら。


 ◇


 指定された場所へ向かう。


 庭園の奥。


 人気のない通路。


「……誰もいない」


 周囲を見渡す。誰もいない。風が吹いているだけだった。


「騙された……?」


 そう思って振り返った瞬間。


「俺が呼んだんだ」


「……っ!」


 背後から声がした。体が固まる。


 ゆっくりと振り返る。


 そこには――。


 ジョミナーが立っていた。

足音も聞こえなかった。気配すら感じなかった。


「……あなたが?」


「ああ」


 ジョミナーは答える。


 そして。


 ロインの前で見せていた優しい笑顔を――。

ゆっくり消した。


「少し、話そうか」


 空気が変わった。


 同じ顔なのに。


 さっきまでのジョミナーとは、まるで別人に見える。


「……エラーラ」


「……え?」


 呼び捨て。

その瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「さっきのことを聞かせてもらう」


「……さっき?」


「とぼけるな」


 ジョミナーは一歩近づいた。

私は思わず後ずさる。


「お前がロインに何をしようとしたのか」


「……」


 答えられない。当然だ。


 私はロインを殺そうとしていた。その事実は変わらない。


「……俺は、お前がロインを傷つけようとしたことを許さない」


 低い声だった。

怒鳴っているわけではない。


 なのに。怖い。

ゲームの中で何十回も見てきたジョミナーとは、まるで違う。


「じゃあ……なぜ」


 震える声を押さえながら、私は聞いた。


「なぜ、私を庇ったの?」


 ジョミナーが黙る。


「私を庇う必要なんてなかったでしょう」


「……」


「私がロインを傷つけようとしていたなら、あなたはロインに全部伝えればよかった」


「そうだな」


「なのに……」


 ジョミナーは自分の手を見る。

ロインが巻いてくれたハンカチ。その白い布には、まだ赤い跡が残っている。


「……」


 ジョミナーはハンカチをゆっくりほどいた。

布の下から、ナイフを受け止めた傷が現れる。


 手には小さな穴が残っていた。


「……っ」


 私は息を呑む。


 あの瞬間。私のナイフを止めた証拠。


「これが、お前がロインを刺そうとした証拠だ」


 ジョミナーは、その傷を私に見せるように手を上げた。


「俺は、お前を庇ったつもりはない」


「……え?」


「ロインを庇ったんだ」


 その言葉に、私は黙り込む。


「ロインは優しいからな」


「さっきの状況の真実を知ったらロインきっと…いや必ず悲しむ」


 ジョミナーは目を伏せる。


「だから、言わなかった」


「……」


「お前を助けたかったわけじゃない」


 その言葉が、妙に胸に刺さった。


「俺が守りたかったのはロインだ」


 ジョミナーは顔を上げる。


「それだけだ」


 私は拳を握る。


「……じゃあ、なぜあそこにいたの?」


 今度は私から問いかけた。


「私とロインしかいなかったはずよ」


「そうだな」


「あなたは、どうしてあの瞬間に現れたの?」


「……分からない」


「え?」


 ジョミナーは少しだけ眉を寄せた。


「俺にも分からない」


「気付いたら、あそこにいた」


「ロインがあの場所にいるのを見て……」


「気付いたら走っていた」


「そして、お前がナイフを持っていた」


「だから止めた」


 淡々とした説明。


 でも。


 それが一番怖かった。本人にも理由が分からない。


 まるで、自分の意思とは別の何かに動かされたような――。


「……そんなこと」


 あり得るはずがない。


 ただのゲームのキャラクターが。

自分でも理由の分からない行動をするなんて。


 その時だった。


 ザッ。


 ジョミナーの左目に、一瞬だけ小さなノイズが走った。


「……!」


 私は目を見開く。


(今の……)


 間違いない。

私がこの世界に来てから何度も見てきたノイズ。


(ジョミナーにも……?)


 けれど、ジョミナーは何事もなかったかのように私を見つめている。


「俺は自分でも分からないことを答えた」


「だから――」


 ジョミナーが一歩近づく。


「次はお前の番だ」


「……」


「なぜロインを刺そうとした?」


 答えられない。殺そうしていたからだ。

そんな答えを言えるわけがない。


「……答えられないか」


 ジョミナーの声がさらに低くなる。


「なら、俺もそれなりに考える」


「何を……?」


「お前をどうするか」


 その瞬間。遠くから声が響いた。


「ジョミナー!」


「……!」


 ジョミナーが振り返る。


 庭園の向こう。

そこにはロインが立っていた。


「もう、こんなところにいたんですか!」


 ロインは少し息を切らしながら近づいてくる。


「探したんですよ?」


 そして、ジョミナーの顔を見る。


「……って、ジョミナー?」


「何?」


「そんな怖い顔して女の子を追い詰めちゃダメですよ」


「……」


「エラーラ様、困ってるじゃないですか」


 ロインは困ったように笑う。

ジョミナーは一瞬黙った。


 そして。


「……悪かったよ」


 いつもの優しい声に戻った。


「もう怒ってないから」


「ほんとですか?」


「ああ」


 ロインは安心したように笑う。


「ならよかった」


 私は呆然と二人を見る。


 ロインが来た瞬間。


 ジョミナーが、いつものジョミナーに戻った。


 まるで。

さっきまでの恐ろしい男など存在しなかったかのように。

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