↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/45

悪の道は甘くない

 翌朝。


「…………」


 眠い。

とにかく、眠い。

昨日は放課後から、初めてのケーキ作りに挑戦した。


 結果は惨敗。

おまけに、散らかったキッチンの掃除まで待っていた。

おかげで、部屋に戻った頃にはすっかり疲れ果てていた。


 当然、十分に眠る時間もなかった。


「……これ、腕が筋肉痛ね」


 私は腕を軽く回した。

確かに、昨日は色々なものをかき混ぜた。

けれど、たかがケーキ作りだ。

それだけで筋肉痛になるなんて。


「…………」


 改めて、自分の腕を見る。


 ……貧弱すぎない?

普段から力仕事なんてしないのかもしれない。

そう考えると、妙に納得できてしまった。


「…………はぁ」


 私はため息をつく。


 なぜ、ゲームの世界なのに、こういうところだけ妙に現実的なのだろう。

ゲームなら、料理スキルがゼロでも、

アイテムを選んでボタンを押せば完成してくれてもいいじゃない。


「……まあ、いいわ」


 私は鞄からノートを取り出した。


 昨日の失敗を、いつまでも引きずっているわけにはいかない。


 今日は今日で、やるべきことがある。

私は朝の準備を済ませ、三階にある教室へ向かった。


◇


 教室には、まだ教師の姿はなかった。


 生徒たちはそれぞれ友人と話したり、授業の準備をしたりしている。

いつもと変わらない朝の光景。


 けれど、私だけは少し違った。


「…………」


 机の上には、二冊のノート。


 一冊は普段の授業で使っているもの。

もう一冊は――。


 昨日のケーキ作りで使ったレシピと、私が書き込んだ記録をまとめるためのものだった。

私はレシピを開く。次に、自分のノートを開く。


 そして、交互に見比べた。


「…………」


 どこで失敗したのか。

何が悪かったのか。レシピの手順を間違えたのか。

材料の分量を間違えたのか。それとも、火加減や焼き時間に問題があったのか。


「…………」


 考え始めると、次々に疑問が浮かんでくる。

私はペンを手に取り、ノートに書き込んだ。


 失敗したこと。上手くいったこと。

自分が覚えている限りの手順。思い当たる原因。


 そして、次に試すべきこと。


 とにかく、書く。思いついたことは、何でも書く。

必要かどうかなんて、後から考えればいい。

私は昔から、そうしてきた。


 ブラック企業に勤めていた頃。


 私は、とにかく何でもノートに書き残していた。

上司から言われたこと。仕事で必要な情報。

その場では意味が分からなかった指示。

いつか必要になるかもしれない知識。


 今思えば、どうでもいいことまで書いていた気がする。


 けれど――。


 何を聞かれても答えられるように。何か問題が起きても、すぐに対応できるように。

そうやって、必死に書き続けていた。そのおかげで、身についたこともある。

情報を整理すること。原因を探ること。


 そして、分からないことを分からないまま放置しないこと。


「…………」


 私は、自分のノートを見下ろした。

前の世界で身につけた、数少ない実用的なスキル。


 それが――。


 今も役に立っている。

実際、私はゲームを攻略する時も、同じことをしていた。


 『恋する姫と終わらない奇跡』。


 あのゲームをプレイしていた頃、私は独自の攻略ノートを作っていた。


 イベントの発生条件。選択肢による好感度の変化。

攻略対象ごとのイベント。期間限定のイベント。

細かい条件や、見落としやすい情報まで。

とにかく、分かったことを片っ端から書き込んでいた。

攻略サイトの情報と照らし合わせることもあった。


 けれど、最終的には――。


 自分のノートの方が、ずっと詳しくなっていた。少なくとも、私が知りたい情報については。


「…………」


 何でも書いていくうちに、見えてくるものがある。

一つひとつの情報は、些細なことかもしれない。

けれど、それらを並べてみると、思いがけない共通点が見つかることもある。

だから今回も、同じようにすればいい。


 私はノートに、新しく見出しを書いた。


 ――チョコレートケーキ攻略。


 その下に、昨日の失敗を一つずつ書き出していく。


 卵を混ぜすぎた。小麦粉を勢いよく入れすぎた。

チョコレートを焦がした。焼き上がりを何度も確認した。

生地の状態も、思っていたものとは違った。


「…………」


 そして、レシピと照らし合わせる。


 本当に分量は合っていたのか。手順は間違っていなかったのか。

次は何を変えるべきなのか。


 キルザに会いに行くまで、あと三日。

その間に、アンラを攻略しなければならない。

そのためには、チョコレートケーキを完成させる必要がある。


「…………」


 間に合うのだろうか。


 そもそも、私は本当にケーキを作れるようになるのだろうか。

不安は尽きない。


 けれど、ペンを動かしているうちに、少しずつ頭の中が整理されていく。


 ノートは文字で埋まり、余白には簡単な図まで描き込まれていった。

気がつけば、私は夢中になっていた。


「…………」


 ……うん。


 いい。この感じ。

バラバラだった情報が、少しずつ形になっていく。

原因を探し、可能性を考え、次に試すことを決める。


 私は、この作業が好きだった。ノートが文字や図でいっぱいになっていく。

それを見ると、不思議と満足感が湧いてくる。

胸の奥が、少しだけ高揚する。

まるで、攻略の糸口を掴んだような気分になる。


 ……けれど。


「…………」


 私は、ふとペンを止めた。


 ノートを見下ろす。そこには、びっしりと文字が並んでいた。

失敗の原因。改善案。

次に試すこと。考えられる可能性。

これだけ書けば、きっと何か分かるはずだ。


 そう思っていた。


 けれど――。


「……チョコレートケーキは、所詮チョコレートケーキなのよ」


 そう。


 いくらノートを埋めたところで、ケーキが完成するわけではない。


 結局のところ。私は、料理が下手なのだ。


「…………」


 さっきまでの高揚感が、急にしぼんでいく。


 ……正直に言えば。


 ノートに書き込んでいた時間は、ただのストレス発散だったのかもしれない。

もちろん、無駄ではないと思う。

けれど、どれだけ分析したところで、実際に作る技術がなければ意味がない。


「…………はぁ」


 私はペンを置いた。その時だった。


「なに書いてるの?」


「うわぁっ!?」


 突然、耳元から声がした。

私は思わず肩を跳ねさせた。


「ちょっ……! びっくりした! それ、やめなさいよ!」


「…………?」


 隣には、いつの間にかアンラが立っていた。

相変わらず、何を考えているのか分からない顔。

私の反応を気にする様子もなく、アンラは机の上のノートを覗き込んだ。


「…………」


 そして、文字で埋まったページを眺める。


「もしかして、ケーキ作ってるの?」


「……まあ、そんなところよ」


 私はノートを閉じようとした。


 けれど、アンラはそれより先に、別のページへ視線を移した。


「へえ。いっぱい書いてるね」


「…………」


「失敗したところとか?」


「……そうよ」


「ふーん」


 アンラは、特に感心した様子もなく頷いた。


 そして――。


「ウィクス家だから用意できるって言ってたのに、できなかったんだね」


「…………」


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


 ……この子。今、何と言った?


「…………」


 いや。落ち着きなさい、エラーラ。

アンラに悪意があるとは限らない。


 おそらく、ただ事実を口にしただけだ。


 そう。この子は、たぶん天然なのだ。


「…………」


 だからこそ、余計に腹が立つ。


「……何が言いたいのよ」


 私はアンラを睨んだ。


「チョコレートケーキのホールなんか、もう期待できなくなっちゃったって思って」


「…………」


 ……この子。

やっぱり、わざと言っているのではないだろうか。

いや。アンラの表情を見る限り、どうやら本気で言っているらしい。


 それが余計に腹立たしい。


「それはどういう意味よ」


「うーん……」


 アンラは少し考えるように首を傾げた。


「だって、エラーラって見るからに料理したことなさそうだし」


「…………」


「それに、エラーラって貴族でしょ?」


「……そうだけど」


「だったら、普段は使用人に何でもやらせてるんじゃないの?」


「…………」


「なんていうか、面倒なことは全部、人に押しつけるタイプ?」


「…………」


 ……違う。


 いや、元のエラーラなら、あながち間違いでもないのかもしれない。

けれど、今の私に向かって言うことではないだろう。


 私は拳を握りしめた。

この子、どこまで言えば気が済むのだろう。


 すると――。


「なんていうか……」


 アンラが、私の顔をじっと見つめた。


「『悪役の令嬢みたい』なんだよね」


「…………」


 その瞬間。


 さっきまで胸の中で膨らんでいた苛立ちが、ふっと消えた。


「…………え?」


 私は思わず聞き返した。


 悪役の令嬢。


 悪役令嬢。


「…………」


 ……なんだろう。


 どうして、今の言葉がこんなに引っかかるのだろう。


 私は、自分が何者なのかを知っている。

少なくとも、普通の人間ではない。


 この世界で、私はエラーラ・ウィクスとして生きている。


 そして――。


 私は、悪になると決めた。


「…………」


 なのに。


 アンラの言葉を聞いた時、なぜか怒る気が失せてしまった。


 むしろ、少しだけ。


 笑いそうになった。


「…………?」


 アンラが不思議そうに首を傾げる。


「あれ?」


「…………」


「ちょっと言い過ぎちゃった?」


 アンラは、ようやく自分の発言を振り返ったらしい。


「怒ってない?」


「…………」


 私はアンラを見つめた。

この子は、私を怒らせるつもりだったのだろうか。

それとも、本当に何も考えていないのだろうか。


 ……たぶん、後者ね。


「……別に」


 私はノートを閉じた。


「怒ってないわよ」


「ほんと?」


「ええ」


「そっか」


 アンラは、あっさりと頷いた。


「なら、よかった」


「…………」


 ……本当に、調子が狂う。


 私は小さく息を吐いた。


 けれど――。


 さっきの言葉が、まだ頭の片隅に残っていた。


 悪役の令嬢。


「…………」


 私は、閉じたノートに目を落とす。

そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 ……悪役令嬢、ね。


 確かに、私は貴族だ。

料理なんて、できなくても生きていける。


 使用人に任せればいい。

わざわざ自分で作る必要なんてない。


 ――普通なら。


「…………」


 でも。


 私は、アンラにチョコレートケーキを食べさせると決めた。

それも、ホールで。ここで失敗したまま終わるなんて、あり得ない。


 だって――。


 私は、悪なのだから。


 この程度のことで、引き下がるわけにはいかない。


 その時だった。


 キーン、コーン――。


 授業開始の鐘が鳴り響いた。

そして、鐘の音に重なるように。


「ケーキ、完成させて見せるわ」


「……え?」


 アンラが目を瞬かせる。


「何か言った?」


「…………」


 私は、ゆっくりとアンラを見た。


「何も」


「ふーん?」


 アンラは不思議そうに首を傾げたあと、あっさりと自分の席へ戻っていった。


「…………」


 ……よし。

明日こそ、絶対に成功させてみせる。


 チョコレートケーキ攻略、二日目。


 今度こそ、勝つわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。