チョコレートケーキ攻略開始
食堂中に、私の声が響いた。
「…………」
静まり返る。いや。
正確には――。
静まり返ったわけではない。
食堂にいた全員が。
私の方を見ていた。
「…………」
たくさんの視線が、私に突き刺さる。
「…………」
私はゆっくりと周囲を見回した。
そして――。
「…………」
頬が熱くなる。
「……っ」
恥ずかしい。何をやっているの、私は。
思いついたことを叫んでしまった。
完全に失敗した。私は慌てて咳払いをする。
「こほん……」
そして、何事もなかったかのように姿勢を正した。
「……失礼」
アンラが、ぽかんとした顔で私を見る。
「急に大声出すから、びっくりした」
「それはごめんなさい」
私は小さく息を吐く。
そして、頭の中を整理する。
落ち着いて。考えればいい。
私はアンラを見る。
「アンラ」
「ん?」
「もし――」
私は少しだけ間を置いた。
「チョコレートケーキのホールを用意できたら」
「…………!」
アンラの目が――。
キラッと輝いた。
「できたら!?」
さっきまで眠そうだったのが嘘のようだ。
身を乗り出している。
「……今朝に言った、魔力過敏症の女の子を見てくれる?」
「…………」
アンラが考え込む。
「……うーん」
少し首を傾げる。
「そうきたか……」
「…………」
私は内心、驚いた。
(え?)
(悩むところなの!?)
(そんなにも外に出たくないの!?)
チョコレートケーキのホール一個よ?
それでも即答しないって――。
どれだけ出不精なの、この子。
「まあ……」
アンラはしばらく考えたあと。
「それなら、いいかな」
「本当!?」
「うん」
アンラは頷く。
「でも」
「何?」
「チョコのケーキ、ホールなんて用意できるの?」
「…………」
私はニヤリと笑った。
「フフン」
そして、胸を張る。
「任せなさい」
「…………」
「これでも私はウィクス家よ」
そう。ウィクス家。
我が家は――。
「事業も、今は安泰していると聞いているし」
そして何より。
「私には、優秀なメイドもいるのよ!」
ナイナ。あの子なら大丈夫。
家事全般をこなせる優秀なメイドだ。
ケーキくらい――。
ホールで作れるでしょう。
「フーン」
アンラはあまり興味なさそうに返した。
「まあ、用意できたら教えてよ」
「ええ」
私は自信満々に頷いた。
「任せなさい」
こうして私は――。
アンラに、チョコレートケーキのホールを用意する約束をした。
これで一歩前進。まずはアンラを動かす。
そのための条件は、チョコレートケーキ。
攻略チャート第一段階。
――順調ね。
◇
食事を終え。午後になり。
そのまま午後の授業を受ける。
そして――。
授業が終わると同時に。
私は早足で自室へ戻った。
「…………」
机に向かう。
そして、便箋を取り出した。
ナイナに手紙を書く。
『チョコレートケーキのホールを用意して』
余計な説明はいらない。ナイナなら、これだけで分かる。
私は手紙を封筒へ入れた。
「…………」
これでよし。
ナイナは優秀なメイドだ。
あれでも、ウィクス家に仕えている。
ケーキのホールくらい――。
きっと作れる。明日になれば。
ナイナが、立派なチョコレートケーキを持ってきてくれるはずだ。
「…………ふふ」
私は小さく笑った。
これでアンラを動かせる。
そして――。
あの子に、ラベンを見てもらえる。
順調。順調なはずだった。
◇
翌日。
「…………」
ナイナは――。
来なかった。
「…………」
私は窓の外を見る。まだ来ない。
昼になっても。来ない。
「…………」
おかしい。
さすがに遅すぎる。
そう思っていたところ。
「エラーラ様へ」
手紙が届いた。
私は封筒を受け取る。
そして、中身を開いた。
『すみません、エラーラ様』
『チョコレートケーキのホールは、私、作ったことがないので用意できませんでした』
「…………」
『ほかの使用人たちにも聞いてみましたが、誰も作ったことがないと言っていました』
『本当に申し訳ありません』
「…………」
私は、しばらく手紙を見つめた。
「なんだって……」
思わず呟く。
そんなメイドだったら――。
「ケーキくらい作れてもいいでしょう!」
私は思わず声を上げた。けれど。
「…………」
すぐにため息をつく。
……言ったところで仕方がない。
ナイナだって、できないものはできないのだ。
「はぁ……」
私は肩を落とした。
すると――。
ピラッ。
「……ん?」
手紙の中から、もう一枚の紙が落ちた。
拾い上げる。
『ケーキは作れませんでしたが、レシピと材料はそちらに送っておきました』
『もしお急ぎでしたら、参考にしてみてください』
「…………」
私は机の横を見る。
そういえば。
さっきから、何やら荷物が多い。
箱。袋。
そして――。
「…………これ」
材料。
「ケーキの材料だったの……?」
私は呆然と荷物を見る。
なるほど。ナイナは作れない。
でも、材料とレシピは用意した。
「…………」
私は手紙をもう一度見る。
「しかし……」
私は小さく笑った。
「よくできたメイドね、ナイナって」
自分で作れないことを確認して。
材料まで用意して。
私が困らないように、レシピまで送ってきた。
「……さすがね」
私は感心しながら、レシピを見る。
「…………」
そして――。
固まった。
「…………」
私は、昔から。学生の頃から。
一つだけ。
どうしても苦手だった科目がある。
それは――。
「家庭科……」
私は、ぽつりと呟いた。
料理。裁縫。調理実習。
どれも苦手だった。
特に――。
「料理……」
私は目の前に積まれた材料を見る。
卵。小麦粉。チョコレート。生クリーム。
そして。
見慣れない調理器具。
「…………」
レシピを開く。
「…………」
数字。分量。手順。
「…………」
私は、そっとレシピを閉じた。
転生する前の私は――。
社会人だった。
それなりに働いて。それなりに生活して。
それなりに毎日を過ごしていた。
けれど。
自炊だけは――。
一度もしたことがなかった。
仕事から帰れば。カップ麺。
コンビニ弁当。
たまに適当に買った惣菜。
それで十分だった。
「…………」
そんな私が。いきなりケーキを作る。
しかも――。
ホールで。
「…………」
私はレシピを見る。
もう一度見る。
そして。そっと目を逸らした。
「無理でしょ……」
思わず呟いてしまう。
けれど――。
アンラを動かすには。
チョコレートケーキが必要だ。
ナイナには用意できなかった。
それは分かっている。
そして――。
キルザに会いに行くまで、あと四日。
「四日で作れって……」
私は頭を抱える。
「無理ゲーすぎる……」
そもそも。料理をしたことがない人間が。
たった四日で。ホールケーキを。
作れるようになるのか。
「…………」
普通なら。諦めるところだろう。
でも――。
「やってみるしかないようね」
私はレシピを手に取った。
そう。やるしかない。
アンラを動かすために。ラベンを助けるために。
そして――。
私自身の計画のために。まず必要なのは。
ケーキを作る場所だ。
「…………」
私は考える。カリバー学園には、立派な調理場がある。
ゲームの中でも知っている。あの食堂だ。
家庭科の授業を行う時。
生徒たちは食堂の調理場を使っていた。
つまり。ここを使わせてもらえばいい。
問題は――。
許可。
一つ星の私が。
勝手に食堂の調理場を使わせてもらえるはずがない。
なら。
やることは一つ。私は立ち上がった。
直談判だ。
◇
校長室。
「なるほど……」
ケインは、私の話を聞きながら頷いた。
「放課後に食堂を使わせてほしい、と」
「はい」
私は姿勢を正す。
「どうしても使いたいのです」
「…………」
ケインが私を見る。
「一つ星のお前が?」
やっぱり。そう言うと思った。
一つ星。
この学園では、食堂の利用にもそれなりの制限がある。
勝手に調理場へ入るなんて。
普通なら許可されるはずがない。
だから――。
「月雫を用意します」
「…………」
ケインの表情が変わった。
「よし」
即答だった。
「分かった。許可しよう!」
「…………」
「遠慮なく使ってくれ」
「…………」
私は思わず固まる。
……早い。話が早すぎる。
「ありがとうございます……」
私は頭を下げる。
そして。心の中で叫ぶ。
(ありがとう、トニックおじい様!)
月雫。それが、ここでも役に立つ。
「では、放課後から使わせていただきます」
「構わん」
ケインは頷く。
「ただし、食堂の設備を壊すなよ?」
「もちろんです」
私は笑顔で答えた。
……壊すわけがない。
ケーキを作るだけなのだから。
たぶん。私は校長室を出る。
「…………」
これで。場所は確保できた。
あとは――。
作るだけ。
「…………」
私は手に持ったレシピを見る。
「…………」
なんだろう。妙に不安だ。
でも。
「やるしかないわね」
私は小さく呟いた。
放課後。
いよいよ――。
チョコレートケーキ作りが始まる。




